46.悲劇を乗り越え完成された剣
「これは……なんだ? なんなんだ……これは……。この、身体の中に流れ込んでくる躍動感みたいな感覚は……」
オルファリアから渡された、どす黒い剣身を備えた長剣。
ただ柄を握っているだけで、身体中の精霊力が活性化されていくようなおかしな感覚に襲われていた。
しかも、その異常さは秘められた性能だけではない。見た目まで恐ろしく凝った作りとなっていた。
僕が愛用している長剣とよく似た意匠となっている柄や柄頭。剣身や柄に対して垂直に延びる精巧な彫り物がされた鍔。
どれもこれも一級品以上の芸術的過ぎるほどの見た目だった。どんな名工ですら、これほどのものは早々作れないだろう。
「その剣には莫大な精霊力が宿っています。完成させるまでに精霊結晶石を三本も消費しましたから」
「そんなに?」
「はい。あれ一本で人間二人か三人分に相当する精霊力が宿っていますので、そこから考えてみましても、常識の範疇では考えられないぐらいの逸品となっています」
「そうか。じゃぁ、これさえあれば」
「はい。おそらくあの方の障壁以上の精霊力は宿せたと思います」
そう語る彼女の表情には、どこか疲れが見え隠れしていた。やはり、結晶石を使ったとは言え、長時間にわたっての作業は大変だったのだろう。
僕は改めて心の中で彼女に感謝しながらも、黒い剣身をじっと眺めた。
僕の目には物体の中に流れる精霊力を目視する能力はない。オルファリアたちが先程光って見えたのは、おそらく精霊神術を行使していたからだ。
僕も自分で使うときには精霊力を見ることができる。普通の人間の目にどう映るかはわからないけど。
だけど、この剣は。
僕の目には黒光りする剣身から靄のようなものが溢れ出ているように見えていた。おぞましいほどに強烈な力を宿しているのが一目でわかる。だって、僕の中に、剣に宿った精霊力が流れ込んでこようとしているんだから。
しかも――
僕は両刃を備えた完璧な状態に仕上がっているエルオールの剣を見て、なんとも言えない気分となってしまった。
本来の歴史では、あんなにもがんばって作ってくれていたのに、結局完成することはなかったのだから。だけど、今を生きる僕の手には、完全体として姿を見せてくれている。
本当にこの気持ちをどう表現したらいいのかわからなかった。
「オルファリア、ありがとう。これで僕たちは前に進めるよ」
「はい。そう言ってもらえて何よりです」
彼女はそう答えてクスッと笑ったあと、じっと上目遣いに僕を見つめてきた。
「あの、リル? あなたが知っている本当の歴史でも、私はこうやってエルオールの剣を作っていましたか? エルオールを加工して、剣として完成させ、リルに差し上げていましたか?」
何かを探るような視線に、僕は一瞬言葉に詰まりそうになってしまったけど、
「うん。もちろんさ。本来の歴史でも僕たちはあの廃村遺跡でフランデルクと戦った。だけどそこで、持っていた武器を壊されてしまったんだ。そんな僕のために、君は争い事が嫌いにもかかわらず、作ってくれた。戦う術、自分たちを守るための手段が欲しいという僕のわがままを聞いてくれて」
本当は未完成だったけど、それをバカ正直に言う必要なんてない。もしそんなことを言ったら、どうしてそうなったのか、彼女の未来に待っている悲しい結末まで話さなければならなくなる。
さすがの僕もそこまで阿呆ではなかった。
オルファリアは、にっこり微笑んでいる――つもりの僕をしばらく黙って見つめていたけど、やがて軽く深呼吸してから何かを決意したかのような凜とした表情を浮かべた。
「リル」
「うん?」
「私は、この期に及んでもまだ、ずっと迷っていました。なんとかして争わない方法はないものかと。そう思いながらこれを作っていました。ですが、未来に生きたもう一人の私もあなたのために剣を作ったのです。おそらくそれは、あなたとともに戦うと覚悟を決めた証。だったら、私もすべての迷いを捨て、正面から挑み、戦い、あなたとともに歩んで行こうと思います。もっと多くの事を知り、争いのない平和な未来を作っていきたいから。その剣が、人を傷つけるためのものではなく、未来を切り開くための道しるべとなってくれることを信じて」
彼女はそこまで言うと一歩前へ前進し、僕と身体が触れあってしまいそうなぐらい急接近してきた。
「ですからリル。私も、あなたの隣に立って、ともに歩んでもいいですか?」
何かを期待するかのように、少しだけ陶然としたような表情を浮かべていた。水色の美しい双眸が微かに潤んでいる。じっと見つめていると、その非現実的とも思える美しくて愛らしい美貌に、心のすべてが吸い込まれてしまいそうだった。
僕は襲い来る誘惑に必死で耐えながら、
「僕も君の力になれるように全力で支えるよ。この広い世界、多分とても険しい道のりになると思うけど、いつか平和な世界になることを夢見て」
争い事のない世界を作るために、差し迫った争い事に立ち向かっていかなければならない矛盾。本当に心折れそうになることがやがて必ず訪れるだろう。だけど、僕は幼少期に誓ったんだ。どんなことをしてでも、必ず彼女を助けて見せると。そのためなら僕は……。
「ありがとうございます、リル」
オルファリアは少し涙目になると、そのまま僕の胸に飛び込んできて、ぎゅっと、両腕を背中に回してきた。
僕も彼女を抱きしめたかったけど、残念ながらエルオールの剣が邪魔してそんなことはできない。
ちょっぴり残念な気分になりながらも、そのまま成り行きに身を任せていたら、
「あ~! お姉様とリルにぃに、イチャイチャしてるのです!」
「これってあれだよねっ。このあとチュッチュとかしちゃうんだよね!」
「それは本当なのですか!? チュッチュすると子供ができると聞いたことがあるのです!」
「ホントか、それ!?」
急にちびっ子どもがキャッキャし始めた。
あまりにも予想外な展開に大慌てになっていると、
「なんだぁ? お前ら何騒いで……て、おい、お前ら。そういうことはすべてが終わってからにしてくんねぇかな?」
「あらあら、うふふ」
騒ぎを聞きつけ姿を見せたルードとベネッサ。二人はそれぞれ、ばつが悪そうに舌打ちしたり、楽しそうに口元を押さえて笑ったりしていた。
すぐ側にいたアーシュバイツさんは呆れたように肩をすくめ、ちびっ子どもは小猿やピューリたちと一緒に床にしゃがみ込んで、かしましいぐらいにキャッキャし続けている。
そして肝心のオルファリアと言えば……。
僕の胸の中に収まったまま、僕より少しだけ背の低い彼女は下から僕をじっと見つめてくるだけだった。
「もう……勘弁してよ……」
ぼそっと呟いた僕の一言は、騒々しい周りの連中の声にすべてかき消された。
◇◆◇
貯蔵されていた精霊結晶石の何本かを背負い袋の中に詰め込んだ僕は、持っていた布でエルオールの剣身を覆うと、腰に下げた。
形的に見ればベネッサと同じく二刀流みたいに見えるけど、残念ながらまともな剣術として同時に扱えるのは一本だけだ。
本当は鞘も欲しいところだったけど、こちらはエルオール不足で作れなかった。今後、もしフランデルクとの戦いで剣が壊れなければ、すべてが終わったあとで鞘だけ新調すればいい。
僕たちは身支度をすませ、森の中に抜ける出口目指して通路をひたすら突き進んでいった。そうして外に出たときにはすっかり夕方になりかけていた。
本来であればここで野営した方がいいんだろうけど、姿をくらましたシュバッソたちがどこに潜んでいるかわからないし、オルファリアの話だと、この辺は本当に危険な獣も出没するそうだ。だったら、夜になってしまっても構わないから廃城へと向かった方がいいと、僕たちはそう判断した。
研究塔の場所もなんとなくわかっているし、いきなりそっち目指すという手もあったけど、多分、普通の方法では入れない。そんな気がした。
「リル、どっち方向かわかるか?」
「うん。多分、あっち。僕が先頭を歩くよ」
そう宣言し、いざ、東の湖目指して歩き出そうとしたときだった。
「な、なんだ!? 何が起こったっ」
「くっ……これはいったい……!」
いきなり大地が鳴動し、立っていられないほど激しく揺れた。周囲の木立もまるで悲鳴を上げるようにざわめいている。そんな中、僕はしゃがみ込みながらそれを目撃し、愕然と目を見開いていた。
「バカなっ。なんだあれは!? 空が……虹色に輝いているだって!?」
見上げた東の空が薄紫ではなく、銅色の夕空でもなく、毒々しいまでの輝きに満ちていたのである。しかも、空や大地が唸り声を上げているかのような共鳴音まで鳴り響き、一瞬だけ、視界が二重にブレた。
白い靄のようなものが虹色の空を漂い、しばらく僕たちの頭上を渦巻くように舞い狂っていたけど、やがては東へと流れていくような幻覚まで見えた。
「くっ……これはっ……まさか、暴走が始まったのか!? 僕たちは間に合わなかったとでも言うのか……!?」
全員が地面にしゃがみ込む中、僕は一人、嘲笑う狂人の姿を脳裏に思い浮かべ続けた。
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