44.精霊結晶石
それから数刻ぐらい経過した頃だろうか。
一時的に先程の部屋から通路を少し戻ったところまで避難していた僕たちは、再び例の部屋まで戻ってきていた。
既に煙はどこかに消え去っていて、液体もすべてが蒸発していた。
それらがどこへ行ったのかわからなかったけど、空気が汚染されているような気配もなかった。
普通に息をしてもまったく害悪が感じられない。
「私たちは外で待機していましたので状況がよくわかりませんが、ここに残ってる微かな残留物などから判断すると、おそらくリルが見たという液体は精霊力を液状化させたものだと思います」
「精霊力を液状化……か。本当にザーレントはとんでもないことするな」
「そうですね。本来、精霊力は目にすることすらできませんからね。生命力と置き換えてもいいような代物ですので。ですが、古代王国時代には、エルオールからそういったエネルギーを作り出せないかとする研究も盛んに行われていたそうですので、もしかしたら、それを成し遂げてしまったのかも知れませんね」
大気汚染だけでなく、逃げていったシュバッソたちやそれ以外の危険な奴らが潜んでいないかどうか、一通り確認をすませてから、僕たちはこの小部屋に足を踏み入れていた。そしてそのときに、オルファリアがそう教えてくれた。
この、通路と小部屋が一つになったような場所は、この区画に入ってすぐ左手が今僕たちがいる小部屋で、棚やよくわからない機械みたいなものが置かれている。
対して、入ってすぐ右手側には、外から繋がっている束になった管が延びている場所。
おそらく霊力路と思われるその太い管は、通路奥の斜め前方へと延びるその先へと一直線に続いていた。
出入口の足下には蓋のされた側溝のようなものが作られていて、その中に、右側の霊力路に設けられたコックから続く細い管が収納されていた。
どうやら、既に朽ちてしまっている小部屋内の機械へと繋がっているようだった。
シュバッソとの戦闘によって、部屋奥の壁一面に設置されていた棚のうち、右半分は原形をとどめないほどに粉々に砕け散ってしまったけど、まだ半分ほどは無事に残っていた。
そこにはどす黒い石柱のようなものが山積みされていて、一見するとエルオールなんじゃないかと疑ってしまうほど、見た目がよく似ていた。しかし、実際にはそうではないらしい。
「おそらく、リルが見たと言っていた液体状のものは、精霊力吸収機構で森中からかき集めた精霊力を液体にしたものだと思います。ザーレントがどのようにしてそれを生み出したのかはわかりませんが、残っていた残留反応から推察すると、液体状のものは大気中や生物の中に混ざっているものよりも、かなり高密度なエネルギー体になっていたんだと思います。だからそれを浴びてしまったあの方は、高濃度ゆえに大火傷して細胞が壊死してしまったんだと思います」
「そういうことか。だから熱した油を浴びたみたいになってたのか」
「はい。ある意味、過ぎた精霊力は生物にとっては毒ですから。ですが、それは液体だからこそです。ザーレントはおそらく、その液体を更に結晶体へと物質変性することにも成功していたんでしょうね。そうすることで、毒性を弱め、使いやすい形にしたことで更に利便性も格段に向上した」
「それがその精霊結晶石ってわけか」
「はい」
僕はオルファリアの隣に並んで正面の棚を見た。黒光りした石みたいなそれ。彼女が言うには、これこそが精霊結晶石というものらしい。液体状のものと濃度は変わらないけど、それを結晶にして固め、更にその表面を生物が触れても大丈夫なように加工してあるのだという。
「リル?」
「うん?」
「多分ですが、これさえあれば、エルオールを剣の形に変え、高濃度の精霊力が宿る武器へと昇華させることができるかもしれません」
「え……? 本当?」
「はい」
そう応じた彼女は、ニコッと笑い、だけどどこか憂いを帯びた、複雑な色を浮かべていた。
他者を傷つけるために存在しているような武器である長剣。本当ならそんなものを作りたくないだろうに、今後の未来を切り開くために、気持ちを切り替え作ろうとしてくれている。
僕はいろんな意味で胸が熱くなってしまい、何も言えなくなってしまった。その代わりに、抱きしめたくなる衝動を抑えながら、彼女の頭を撫でてあげた。
ぽか~んとするオルファリア。とそこへ、
「んんっ。あ~……二人の世界に入るのは勝手だが、結局、どうするんだ?」
この区画を手分けして調査していたルードがやってきて、ばつが悪そうに頭をかいていた。
僕は急に顔が沸騰したような気分に陥った。
「だ、誰が二人の世界だよっ。そんなんじゃないからっ」
しかし、僕の抗議は無視された。
「で、どうなんだ? 何か使えそうなもん見つかったか? こっちは何もなかったが」
「私の方も何もなかったわ。この部屋以外はこれまでの通路と同じような作りしているだけで、めぼしいものは何もなかったわね」
そう言いながらベネッサも近寄ってきた。彼女の近くにはすっかり懐いてしまったちびっ子二人がいる。
アーシュバイツさんは小猿を引き連れて、シュバッソたちが消えていった出口付近を見張っていた。
「そのことなんだけど」
僕はオルファリアを見た。彼女は黙って頷いたあと、ルードたちに説明し始めた。
「これは、精霊結晶石と呼ばれる、かなり高密度な精霊力を含有した結晶石です。これを使えば、おそらく、無事にエルオールを加工できると思います」
そう言って、手にした精霊結晶石をルードに見せる。
「つまり、そいつさえあれば、あのクソ野郎をぶっ飛ばせるような剣が作れるってことか?」
「はい。ですが残念ながら、現在所有しているエルオールはリルが持っているものしかありません。他にどこかで調達できればいいのですが、多分、難しいと思います」
「なら、作れる剣っていうのは」
「多く見積もっても一本だけになってしまうと思います」
そう告げたオルファリアにルードとベネッサは顔を見合わせたけど、すぐに肩をすくめて笑った。
「まぁ、それでも一本あれば、あいつの障壁を破壊できる可能性が高くなるんだよな?」
「おそらくは。ですが、絶対とは言えませんので、その辺はなんとも」
「……わかった。やれるだけのことはやってみよう。それでダメなら、そんときゃそんときだ」
ダメだったら困るんだけどなぁと、ふと思ってしまったけど、口には出さなかった。ルードの言う通り、今僕たちにできるのはこれぐらいしかなかったから。
他の方法を探すという手もあるけど、フランデルクがどこにいるかわからないし、古の時代にアルメリッサが遺体保護装置の他に何を稼働させたのかも気がかりだった。
僕の知識にない魔の領域の異変だって、多分、何かを暗示するものなのだと思うし。
焦ってどつぼにハマったら泣くに泣けないけど、のんびりしてもいられない。これに賭けるしかなかった。
「オルファリア、エルオールを剣にするのにどのくらい時間がかかりそう?」
「そうですね。本来であれば何十時間もかかると思いますが、精霊結晶石を使えば一時とかそのぐらいですむと思います」
「え……? そんなに早いの?」
「はい」
そう答えてニコニコするオルファリア。僕が知っているエルオールの剣は、オルファリアが自身の中に眠る精霊力を使って、こつこつ長い時間かけてやっと作ってくれたものだった。しかも、結局片刃しか刃がついていないような未完成品。
それなのに、そんな短時間ですんでしまうとは。いやはや、精霊結晶石様々だった。
「リル兄ちゃん! おいらたちも姉ちゃんのお手伝いするから、すぐ終わるよっ」
「うん~! アーリたちもがんばるのです! とってもすごいのができるのです!」
「ピュリリ~!」
「「キキッ」」
僕の前に移動してきて下から見上げてくるちびっ子二人。片や得意げに、片や楽しそうににかっと笑っている。
緑髪の少年の頭からはリスともネズミとも取れる見た目のピューリが顔を出し、知らない間に集まってきていた金色の小猿二匹も、僕の足下で後ろ足立ちになって小さく鳴いていた。
僕はそんな彼らを見て、少しだけ照れくさくなってしまった。
「わかった。みんな、頼んだよ」
「もちろんだよっ」「うん~!」
両手を同時にちびっ子二人の頭に乗せて、撫でてあげていると、僕と目が合ったオルファリアがクスッと笑った。
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