43.霊力路の先に待つもの2
金属と金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響いていた。
遅れてその場に駆け付けた僕の目の前には、激しくやり合っている二人の男の姿があった。
それまでいた通路と似たような作りとなっている通路兼小部屋みたいな場所。入ってすぐが一直線に延びる通路で、その左手側が、壁のない奥へと続く一つの小部屋。
通路突き当たりは壁となっていて、そこから斜め左向こう側へと通路が続いている、そんな場所だった。
そんな狭苦しい通路で、大剣を振り下ろしたルードの攻撃を、黒金色の髪の男が手にした小剣でかろうじて受け流していた。
「きゃぁ~! あなたはあのときのっ……」
ルードとやり合っているシュバッソのすぐ近くには、槍を持った金髪の長身男と、素朴な感じの金髪少女が立っていた。
二人とも呆然と立ち尽くしていたけど、僕の姿を認めた少女の方が、うっとり顔で悲鳴を上げた。
対して長身男の方は、次から次へと繰り出されるルードの豪剣によって、後方へと追い詰められていくシュバッソの姿を見てようやく我に返ると、二人の間に割り込むように槍でルードの大剣を受け止めた。
「待てっ。待ってくれっ。俺たちはあんたたちと争う気なんて毛頭ないんだっ。だから、まずは話し合おうっ」
「争う気がないだと? だったらなぜ、この男はあのとき、俺たちを攻撃してきた?」
「そ、それは、ちょっとした行き違いだったんだよっ。だ、だからだな――」
声だけで人を殺せるんじゃないかというほどの冷徹な声色で問い詰めるルードを、脂汗浮かべながら必死に宥めようとしている金髪男。
だけど、それがまるで視界に入っていなかったのか。
入口付近で成り行きを見守っていた僕のもとへ、呆けた表情を浮かべていた女の子が物凄い勢いでにじり寄ってきた。
「あなたっ。名前は!? 歳は!? どこの生まれ!? 好みの女の子は? ていうか、あたしとこのあと二人きりでどこかに行かない!?」
両手を胸の前で組んで、うっとり顔となっている女の子に僕は唖然とした。
「は……? ちょ、ちょっとっ。君はいったい何を言ってるんだ!?」
あまりにも場違いで、しかも勢いよく迫られたせいで思わず一歩後退し、仰け反ってしまった。だけど、それでも彼女は意に介さず迫ってくる。
そんな僕たちに何を思ったのか、この子の兄と思しき長身男が絶叫した。
「ぅぉおおぉ~~い! ディアナてめぇ、こんなときに何やってやがんだっ」
「うるさいわね、バカ兄貴! こんなときだからこそやってるんじゃないのっ。ここで逃げられたらあたし、一生後悔するわよっ」
そう振り返って金髪男に罵ったときだった。
「てめぇはあのときの化け物かっ」
ディアナと呼ばれた少女の叫び声をかき消すように、シュバッソが大音声を迸らせた。
奴はこの奇妙な状況のせいで生まれた一瞬の隙を突いてルードの包囲から逃れると、一気に僕へと距離を詰めてきた。
そしてそのまま、僕のすぐ目の前に奴の仲間がいるというのに、容赦なく小剣を振り下ろしてきた。
「ちぃっ。やっぱりこいつはこういう奴じゃないかっ。何が争う気はないだよっ」
僕はディアナを左手で突き飛ばすようにしながら手にしていた長剣で斬撃を受け止めると、そのまま力任せに振り抜いた。
シュバッソはそれを見抜いていたように、僕の一撃が完全に振り抜かれる前に一歩後退し、威力を相殺していた。そしてそのまま再び接近して横薙ぎに一閃してくる。
そのときに浮かべていた表情はまるで修羅のようだった。血走った瞳をかっと見開き、怒りで歪みきった顔には、無数の血管が浮かび上がっていた。
「死ねやっ、化け物がっ」
憎悪すら感じるその気配に一瞬、気圧されそうになってしまったけど、僕の身体の中に占めていたこいつへと感情はそれ以上に強かった。
この世界に初めて触れたとき、すぐに一番の推しとなったオルファリアという女の子がこいつによって殺されてしまったのだから。
もう二十年近くも経っているというのに、あのときに思い浮かんだ情景が今も脳裏から離れてくれない。
こいつが手にした長剣が彼女の腹部を刺し貫き、更にこいつは狂った表情を浮かべながら彼女を袈裟懸けにしようと――
「――ふざけるなっ。死ぬのはお前だ、クズ野郎がっ」
僕の心の奥底で何かが鎌首もたげたような気がした。
横から一閃された一撃を長剣で思い切り弾き返すと、そのままの勢いで体勢が崩れたシュバッソ目がけ、思い切り振り下ろした。しかし、咄嗟に反応した奴は間一髪、小剣でそれを受け流して後方へ一回転する。
奴は左手側の小部屋のように広くなっている場所へと素早く退避した。
なんらかの機械や棚が壁際に置かれている場所。
そんな場所へと後退したシュバッソ目がけ、僕は一気に距離を詰めた。
愕然とするあいつに僕は剣を振り下ろそうとする。それに反応したシュバッソが小剣を上方へと向けて、僕の剣を防ごうした。しかし、その攻撃はフェイクだった。防御ががら空きとなった胴体へと、渾身の回し蹴りを炸裂させていた。
「がはっ」
もろにその一撃を食らって、蓋のされたガラス瓶のようなものが大量に並んでいた棚へと勢いよく吹っ飛び、激突するシュバッソ。
そのときの衝撃で棚が壊れ、乗っていた瓶が次から次へと床やあいつの上に落下し、木っ端微塵に弾け飛んだ。
たちまちのうちに埃やら煙やらが、崩れた棚の下敷きになったシュバッソ周辺から立ち上り始める――と、そんなときだった。
「ギャァァァァ~~~~!」
棚の下敷きになっていたシュバッソのものと思われる凄まじい絶叫が、辺り一面に響き渡っていた。
「な、なんだ……?」
瓦礫の山のようになっていた棚の残骸から白煙が上り始め、肉が焼け焦げるような吐き気を催す腐敗臭まで漂ってきた。
耐えられなくなって、左手で口元を覆いながら事態の成り行きを見守っていたら、堆積した棚や瓶などの残骸を吹っ飛ばす勢いで、下敷きになっていたシュバッソがいきなり飛び出してきた。
「……!? お前……」
両手で顔を覆ってのたうち回っているあいつの姿を見て、僕は思わず声を失ってしまった。
あのガラス瓶の中に何が入っていたのかはわからない。だけど、それを全身に浴びたあの男の皮膚が赤黒く糜爛し、原形をとどめないほどに腫れ上がっていたのである。
そのあまりにも痛々しい姿に罪悪感にも似た胸くそ悪さを覚えならがも、僕はただ、その姿を見ていることしかできなかった。
よくわからないけど、おそらく、あの男は薬液か何かがかかり、大火傷を負ってしまったということなのだろう。
「お、おいっ、シュバッソっ。いったい何がどうなってやがる……!」
一人呆然としていると、さすがにこの事態に危機感を覚えたようで、慌てて金髪兄妹が駆け寄ってきた。そしてそのまま、二人してあいつを肩に担ぎ上げる。
「わ、わりぃ……今日のところはいったん引かせてもらうぜ」
「ま、またね」
青ざめたような顔色の二人はそれだけ言い残すと、負傷したシュバッソを連れて奥の通路の方へと走っていってしまった。
そんな彼らを、ただ黙って見つめることしかできなかった僕たちだったけど、
「おい、リルよ。ちっとこいつはやべぇかもしれねぇ。俺たちもいったん、引くぞ」
ルードが近寄ってきて僕の肩に手を置いた。
「あ、あぁ、うん」
僕はそう答えたあと、目の前で起こった予想外の惨事に心をざわめかせつつ、もう一度瓦礫の山を見た。
床に広がったどろっとした液体からは、未だに白煙が上がっていて、その煙を少し吸っただけでも目眩を覚えそうだった。
あれは間違いなく危険な薬物だ。僕の本能がそう告げていた。
僕は、入ってきた出入口から先に外へと出ていったルードのあとを、急いで追いかけた。
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