41.二体の石像遺跡
「それじゃザクレフさん、行ってきます」
「うむ、気を付けていくのじゃぞ」
「はい。ザクレフさんも、万が一に備えて村の方に避難していてください」
「わかった。こちらの心配はいらんから、くれぐれも無理だけはせぬようにの」
「はい」
僕たちは旅の準備をすませてから、小屋の前でザクレフさんと軽く挨拶を交わし、西北西の方角にある泉の石碑へと旅立っていった。
目指すべき巨像二体がある湖のたもとには、泉の東や北側を迂回して進んでいくことになる。
もし万事うまくいくようであれば、そのままザーレントの居城である廃城へと進み、遺産を抑えるつもりでいた。
そして、その上でフランデルクと決着をつけ、すべてに終止符を打つ。
遺産に関するすべての問題が片付いたとき、魔の領域についても解決していればいいけど、もしダメなら改めてあれを突破する方法を考えるしかない。
「しかし、あの爺さん、一人で大丈夫かね?」
「ザクレフさんのこと?」
「あぁ。どこにクソどもが潜んでいるかもしれんからな。避難するにしても、その途中に出くわしたら世話ねぇんだけどな」
そう語るルードの心配も一理ある。
フランデルクはおそらく廃城を目指したと思うんだけど、シュバッソたちや森の中に潜んでいる猛獣たちがどこにいるかわからないからだ。
そのため、あんな小屋で一人過ごしていたら危ないと思い、村への退避を勧めたんだけど、うまく逃げられるかどうか。
しかし、そんな僕たちの心配をオルファリアが否定した。
「大丈夫だと思いますよ? ザクレフさんの小屋と村との間には、最短距離で行き来できる一本の安全路が確保されていますので」
「そうなの?」
「はい。あの方は保護した当初からずっと、私たちがこれまで抱いていた人間たちへの悪い印象を覆すほどに人好きのする方でしたから、全面的に受け入れを認め、自由に森の中で暮らしてもいいと許可を出したのです。ですので、行き来しやすいようにと、安全路を作って差し上げたのですよ」
「そうだったのか。だったら心配いらないのかもしれないね」
「ですね」
そう言って、彼女はにっこりと微笑んだ。
いい笑顔。なんの陰りもなく、極自然にこぼれ落ちた愛らしい表情。僕は果たして、変わってしまった歴史の中、彼女を守り通すことができるのだろうか。
そう不安に押し潰されそうになる心を無理に払拭して、僕たちはその後、ひたすら行軍を続けていった。
そうして歩くこと数時間後。泉へと辿り着いた僕たちは、そのまま水辺に沿って東側をひたすら歩き、獣道すらない樹林を切り開きながら前進していった。
そして、そこから更に数刻が過ぎ、木々の生える密度がまばらになってきた頃、樹林の間に一際開けた場所が目の前に現れた。
廃村遺跡ほど広くはないけど、ザクレフさんの小屋が五、六軒は建てられそうな広さ。
北にある湖と南にある泉に挟まれているような場所だからか、周囲に生える木々の密度はまばらだ。
若干紫がかった青空を臨めるぐらい、全体的に日の光が届くような明るい場所。
そんな開けた場所には、何かの建物が瓦解したような建築物跡が何軒かあった。
しかし、残念ながら建物の壁らしいものはほぼ残っておらず、石でできた床面と壁の基礎部分だけが残っているような遺跡群だった。
そんな何もない場所だったけど、ザクレフさんが言っていた通り、廃村遺跡ほどではないにしろ、あそこにあったアルメリッサの巨像と同じようなものが二体、建てられていた。
その二体はこの遺跡の中心に建っていて、二体の間にはやはり石床のような建物跡が残されていた。
それ以外の周辺地面もほとんどが石畳みたいになっていて、隙間からは背の高い草が生え、石の上には土や砂利が滞積していた。
「ここにも村とかがあったってことなのかな?」
僕たちは周囲の警戒を怠ることなく、遺跡中央へと前進していった。
「さぁな。確かにそれっぽいのはあるが、こんだけ雑草が大量に生えてちゃ、検証するにも骨が折れそうだしな」
「そうだね」
「ですが……」
僕とルードが話しながら歩いていると、カャトとアーリに左右を挟まれながらあとに続いていたオルファリアが口を開いた。
「なんだかおかしな気配が漂っていることだけは確かですね」
「おかしな気配って、それって僕たちが探している霊力路と関係している感じ?」
「それはわかりません。ただ、嫌な感じがします。それに、以前ここに一度だけ来たことがありますが、少し雰囲気が変わっていますね。生えている草木も不自然に踏み潰されていますし。まるで、何かがここを荒らし回ったような、そんな風に見受けられます」
周囲に視線を巡らせるオルファリアに、僕とルードは互いに顔を見合わせた。
「それって……」
「だな。おそらく、何かがいるんだろうな。これまで以上に気を引き締めた方がいいかもしれねぇ」
眉間に皺を寄せてルードがそう発言したときだった。
「あ……! 見て見て! 姉ちゃん! あそこに穴が空いてるよっ」
突然、カャトが元気な声を上げて前方を指さした。
「本当なのです! おっきな穴が空いてるのです!」
アーリまで大きな瞳をぱっちり開けて、はしゃぐような声を上げた。
僕は二人が指さした場所を見た。
先程までは石像が原因で死角になっていた部分。歩いているうちにいつの間にか角度が変わっていたらしく、今まで見えていなかった石床の一部に長方形の穴が浮かび上がっていた。
二体の石像に挟まれた石床の丁度中央部分に。
「行ってみよう」
「はい」
僕の声にオルファリアが応え、更に慎重にそこへと近寄っていった。
「これは……階段か……?」
ルードがぼそっと呟いた。
アーシュバイツさんとベネッサに周囲を警戒してもらいながら、オルファリアやカャト、アーリの他、ルードと僕は、暗黒の地下へと続いていく四角い穴を取り囲みながら、中の様子を窺っていた。
「そうみたいだね。しかも、周囲はこんなにも砂埃が散乱しているのに、中はそうでもなさそうだね」
「それに、周りの床、なんだか最近砕かれたような石の塊がそこら中に転がっていますね」
オルファリアの指摘を受け、僕は周りの床の上を見渡した。彼女が言う通り、そこには大小様々な分厚くて平べったい石が転がっていた。そのどれもが割れていて、断面は風化しておらず、つい最近破壊されたかのような、そんな印象を受けた。
「これって……」
「あぁ。間違いねぇだろうな。先刻オルファリアが、この辺一帯が荒らされた形跡があるって言ってたし、十中八九、誰かがここに来て何かやらかしたってことだろうよ」
「てことは……」
僕の脳裏に浮かぶのはただ一つ。招かれざる客がやってきて、ここで何かをしていたということ。それがフランデルクなのか、シュバッソたちなのかはわからないけど。
だけど、フランデルクに関して言えば、あいつは廃村遺跡で廃城の姿を目撃しているはずだから、もし生きているなら、こんな場所に来ないであっちに向かったはず。となれば答えは一つだ。
「あいつらか……」
「おそらくな。それにリルよ、ここを見てみろ」
ルードは言いながら、四角い穴の縁を指さした。
「四辺すべてにものが置けるような枠が作られているだろう? おそらく本来はここは蓋みたいな奴で塞がれていたはずだ。それをつい最近になって誰かがこじ開けたせいで、この隠し階段みたいなのが白昼の下に晒されたってことなんだろうな」
渋い顔で言うルードが何を言いたいのかすぐにわかった。真っ暗闇の階段は外よりも風化が進んでいないし、汚れも少ない。そして何より、周囲に散らばっている砕けた石。
おそらくそれらはこの階段を隠すための蓋だったのだろう。それに気が付いた何者かがここをこじ開け、中へと入っていった。それが現在進行形の話なのか、それとも随分と前のことなのか。
「いずれにしろ、この先に何かあるのは確かってことだよね」
「だろうな。俺たちが探しているものがその先にあるかどうかはわからんが、入って調べてみる必要があるだろうな」
しゃがみながらルードが僕に判断を求めるような視線を投げて寄越したとき、同じようにしゃがんでじ~っと穴の中を覗き込んでいたちびっ子二人が声を上げた。
「リル兄ちゃん! なんか、いっぱい足跡ついてるよ!」
「おっきいのとちっさいの、いっぱいあるのです!」
眉間に皺を寄せているカャトと、目をキラキラ輝かせているアーリ。対照的な反応を見せる二人に、僕は嫌な予感しかしなかった。
「つーことはやはり……」
「だね……」
「例の石碑のところで会った三人組が、中に入ったということでしょうか?」
「十中八九そうだね。小さい靴跡は多分、あの女の子のものだろうし」
脳裏に浮かぶ金髪少女の顔。僕が知っている本来の彼女は、オルファリアの姿や力を見て、化け物と罵ってくるような本当にいけ好かない女の子だった。
結局、あの子は色々あって、最終的には心を病んでしまい、目が虚ろになってしまうけど、それでも本来ならば僕たちに敵意を向けてくる女の子だった。
しかし、それなのに、つい先日遭遇したときにはまったくの別人みたいな反応を見せてきた。僕が魔法を使ったにもかかわらず、化け物呼ばわりしてくるどころか、むしろ好意的な視線を向けられてしまった。
本当は彼女もシュバッソ同様、最悪排除しないといけないかと思っていただけに、なんだか複雑な気分だった。
そんなあの子を含めたあいつらが、この先にいるかもしれない。既に探索を終えてどこかに行ったあとかもしれないけど、気を抜くことなんかできない。だって、あいつらは敵なんだから。
「どうするよ、リル?」
「そんなの……選択肢なんて一つしかないだろ?」
ぶそーっとして答えると、ルードがニヤッと笑った。
「ま、だろうな。俺には古代のこととか遺跡や遺産のこととかよくわからねぇが、早いとこ厄介事全部片付けて、町でたっぷりと酒盛りといきたいところだぜ」
大男が一人ニヤニヤしていると、周辺の警戒に当たっていたベネッサが呆れたような溜息を吐いた。
「本当に相変わらずね、あなたは。少しは控えたらどうなの?」
「バカ言うな。俺から酒取ったら何が残るよ」
そう言いながら立ち上がると、ルードは階段へと一歩踏み出した。
「リルよ」
「ん?」
「こっから先、何が待ち構えているかわからねぇから、最前衛は俺が務めるぜ?」
一瞬にしてベテラン冒険者の真剣な表情へと変わった彼に、僕は頷いた。
「うん。お願いします」
この階段は人一人入るのがやっとというほどの狭さだった。この中がいったいどうなってるのかまったく予測できない。
階段を下りてすぐ行き止まりとなる小部屋なのか、それとも迷宮みたいになっているのか。
冒険者としての経験の浅い僕よりも、ルードに任せた方が適材適所というものだった。
「いいか? 奴らがいるかもしれない。他にも何がいるかわからんから、声も物音も極力立てるな。いいな?」
僕たち全員がそれに頷いたのを確認してから、ルードはランタンに火を灯して慎重に暗黒世界へと降りていった。
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