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4.修行に明け暮れた十二年

※あとがきに補足説明あり。




 剣術や魔法の修行を始めてから、早くも十数年が経過しようとしていた。

 僕はあと少しで十七歳となる。

 本来の歴史(げんさくシナリオ)では僕がこの庵から旅立ち、世界を股にかける大冒険家としての第一歩を記した歳。それが十七歳だった。


 あの子と知り合うまでにはまだ二年ほどあるけど、その前に僕は冒険者となって、このイルファーレンの地を駆けずり回らなければならない。


 そして、そこでも数多くの困難が目の前に立ち塞がることになる。時には血塗れとなり、時には仲間たちと笑顔で語り合う。

 運命的な出会いを果たし、あるいは生涯忘れられない悲しい別れを経験することになる。


 だけど、そうとわかっていても、決して避けて通ることなんかできない。理由は簡単だ。

 僕が物語の主人公だからだ。


 あの子と出会う前の二年間、死に物狂いでがんばり、この国で知り合うはずの彼らと出会い、彼らが抱える問題を片っ端から解決していかないと多分、フラグが立たなくてあの子と出会うことすらできないだろう。

 そんな予感がした。


 それに、実戦経験を積んで、これまでの修行で培った技術に更なる磨きをかけ、精度を極限まで高めていかなければならない。

 剣術の師匠である元剣豪のあの人にも、そう言われている。

 もうじきだ。もうじき、僕は旅立つ。


 剣の腕はかなり上達した。おそらくその辺のごろつき程度であれば、後れは取らないだろう。

 しかし、まだ一つ、大きな課題が残っていた。それが、魔法――精霊神術(セレスティア・マギ)だった。


「ねぇ、りるぅ~……」


 G・C(新大陸暦グーラン・センチユアル)一一五五年三月十五日。


 暦の上では春ももうじき終わりを告げる時節だったけど、僕たちが住んでいるこの庵は、寒冷地であり高地でもある場所に建てられていたから、中腹の村ポルトも含めて外は雪がいっぱい積もっている。

 そんな季節の夜。

 暖炉の前のソファーに腰かけながら歴史書を読みあさっていたら、酔っ払ったファー姉ちゃんが右隣に腰かけた状態で首筋にむしゃぶりついてきた。


「ちょ、ちょっと、姉ちゃんっ……お酒飲み過ぎなんじゃないの?」


 目を細めて抗議したけど、まったく効果がない。

 木でできたコップを持ったまま、更にぎゅ~っと抱きついてきた。


「ねぇ、考え直す気はなぁい? ずっとこのまま、ここで一緒に暮らしてもいいのよ? 何も出ていくことないじゃない……」

「もう……またその話? 何年も前から言ってるでしょ? 僕は世界を見てみたいんだって。男に生まれてきたからには、世界中を渡り歩く冒険家になって、いろんなものを見聞きしたいんだよ。困っている人がいたら片っ端から助けるし、悪党がいたら全部僕が退治してやるんだ」


 ニヤニヤしながら至近距離にあるファー姉ちゃんの顔を見つめた。姉ちゃんは困ったような顔をしていたけど、やおら、僕の頬に柔らかい唇を押し付けてから離れた。


「あなたがそんなことする必要はないと思うのだけれど、でも、これも運命なのでしょうね」


 ソファーの背もたれに深く寄りかかり、姉ちゃんは遠くを見るようにする。


「……いいわ。こうなることは、最初からわかっていたことだしね」

「姉ちゃん?」


 どこか悲しげで、それでいてすべてを悟ったかのような、謎めいた表情を浮かべている姉ちゃん。

 僕が赤ん坊の頃からずっと、若々しい姿を保ち続けている女性。もう既に出会ってから十六年も経つというのに、じいちゃんも姉ちゃんも昔のまま、まったく見た目が変わっていなかった。


「リル?」

「うん?」

「明日、最終試験を行います。もしそこで、私を納得させる力量を出せたなら、あなたの好きなようにしなさい。だけれど、もしそうでなかった場合は」


 姉ちゃんはそこまで言って、真剣な眼差しで見つめてきた。


「一生、私の元で、私と一緒に暮らすこと。い~い?」


 僕は一瞬、言葉に詰まってしまったけれど、すぐに笑顔でこう答えた。


「わかったよ!」


 と。




◇◆◇




 その日の夜のことだった。

 僕はベッドに横になっていたけど、明日のことを考えていたせいか、まったく寝付けずにいた。


 今を生きる現代人にとって、やっぱり魔法というのは本当に未知の領域だということを改めて痛感させられ、気が滅入ってしまったからだ。


 おそらく、『古代王国時代に制定された学術としての魔法理論フィアレスティ・イン・カーレッティオ』として、精霊神術のことを知っている人はいても、本質的実用的レベルで魔法の概念を理解している人は誰もいないだろう。


 万物に宿る生命エネルギーのような存在である精霊力それ自体、おそらく現代人のすべてが認識できていないはず。

 かくいう僕も、その一人だった。

 しかし、これを知覚できなければ魔法は使えないし、知覚できたとしても、それを操ることは通常、人間には不可能とされている。操作する方法を理解できないからだ。


 魔法の概念自体は至極明快なのだ。


 万物に宿る精霊力を力に変え、様々な形として行使する方法。それが精霊神術であり、古の時代に天界六精霊神魔法学フィアレスティ・イン・カーレッティオとして定められた魔法の正体だった。


「精霊力というものは生命力とも違うし、一緒だったとしてもどの道、普通の人間には理解できないの。リルもその一人よ。全身を巡る力の源として理解できない」


 実戦訓練以外でも、ファー姉ちゃんからは座学としていろいろ教えてもらった。

 もともと天界六精霊神魔法学の極一部の理念は知っていたけど、細々(こまごま)としたことはよくわかっていなかったし、覚えていなかった。


 だから、姉ちゃんの教えは本当にありがたかった。そして同時に、教育を受けたり実技訓練を受けたりするたびに、嫌というほど思い知らされた。やっぱり、どうあがいても人間には魔法なんて使えるはずがないのだと。


 練習を始めた頃の僕も例に漏れず、いくらがんばっても、他の人間たちと同じで精霊力を操作することはおろか、精霊力の存在すら、まったく認識できなかった。


 練習すればするほど、そのたびに何度も絶望し、焦燥感に駆られた。

 だけど、それでもめげずにずっと、がんばってきた。

 今後起こるであろう悲劇を食い止めるためにも、なんとしてでもこの力を習得しておきたかったから。

 だからかもしれない。姉ちゃんはそんな僕の熱意を肌で感じてくれたのだろう。


 勉強し始めた五歳ぐらいの頃、まったく進歩がなくて、何をどうやっても精霊力を感じられなかったから、最後の手段とばかりに姉ちゃんたちにしか使えない異質な力で、無理やり僕の潜在意識に働きかける方法へとやり方を変えてくれたのだ。


 その力こそが、『自然の摂理を根本からねじ曲げる』と言われている、姉ちゃんたちの力だった。


 精霊神術というものは『破壊』、『再生』、『混沌』、『秩序』、『滅亡』、『平安』といった六つの概念(カテゴリー)に分けられ、理論がまとめられている。


 術者はその概念に分類されるそれぞれの魔法を使用するにあたり、体内にある精霊力や周囲にあるそれらを魔法の力へと変換して行使しているけど、姉ちゃんたちの力は根本から異なっていた。

 要するに魔法の使い方や、精霊力の変換方法がまったく違うのだ。


 精霊神術には精霊力を力に変換するための設計図や変換手順のようなもの――いわゆる呪文みたいなものがあるらしく、それらすべてを遺伝的に親から受け継ぐのだそうだ。


 その上で、身体の中や周囲に存在している精霊力を変換手順に従って、本能的に直接(・・)操作――つまり、無意識のうちに頭の中で勝手に呪文詠唱のようなものを行って、魔法として行使しているとのことだった。


 イメージとしては、精霊神術の場合は呪文詠唱しているけど、実際にはそれが潜在意識下で瞬間的に行われるから、結果的に無詠唱になっている、みたいな感じだろうか。


 それに対して姉ちゃんたちの力というのは、周囲にある精霊力を体内に取り込み(・・・・)、あるいは身体の中に最初から持っていたそれらを、変換手順ではなく頭や心の中に思い描いた魔法の形(イメージ)に変換して、発動するのだとか。


 要するに精霊神術みたいに、呪文詠唱みたいなものをまったく必要とせず、頭でイメージしたものに精霊力を変換し、魔法として発動するだけ。早い話が、頭の中で炎をイメージしたら、精霊力が炎に変換されて外に放出されていく、という表現が一番わかりやすいだろうか。


 つまり、そのぐらい、精霊神術と姉ちゃんたちの力は理がまったく異なるというわけだ。

 しかも、それに加えて、一個体が使える精霊神術が『破壊』や『再生』などの一つの概念魔法だけなのに対して、姉ちゃんたちの力は一切の制約がない。


 火球、氷の矢、かまいたち、石礫(いしつぶて)のような様々な形に精霊力を変換できるし、そもそも、精霊神術のようなよくわからない概念に囚われることもない。


 なので、人によっては世界に存在しない強大な力まで生み出してしまうこともあるらしく、秩序や調和を崩壊させてしまうほど危険極まりない力なのだそうだ。


 だから、あんなにもじいちゃんが姉ちゃんに対して、魔法の使用には恐ろしく厳しかったということなのだろう。


 しかも、聞いたところによると、姉ちゃんたちの力はそれだけでは終わらないのだとか。

 他にも精霊力を吸い取るだけでなく、他者へ注ぎ込むこともできるらしいし、それ以外にもまだまだいっぱいあるとかないとか。


 僕が教えてもらったことはほんの氷山の一角らしく、その神髄はまた別にあるらしいんだけど、当然のことながら一切教えてくれなかった。


 ともかく、そんな力を使って、姉ちゃんは無理やり僕に精霊力を感じさせる荒技に出たのだ。


 僕の両手を掴んで、僕の身体の中から精霊力を吸い上げたり注ぎ込んだりして、流れを無理やり感じさせようとした。

 それは本当におぞましい感覚だった。

 身体中から急に力が抜け落ちていくような脱力感に襲われ、幼かった僕にはまさしく地獄であり、少しいじられただけであっさり気絶してしまった。


 しかし、何度も何度もそうやって、ただひたすらに精霊力を感じるためだけの訓練をしていくうちに、慣れたのか、それとも内包する精霊力の総量がどんどん増えていったのかはわからないけど、徐々に気絶することはなくなっていった。


 そうして訓練を始めて五年以上が経った頃、僕はようやく、姉ちゃんの助けを必要とせずに精霊力の存在を知覚できるようになったのである。


 あとはそれを操作し、魔法の力に変換して放出することさえできたら、僕も魔法が使えるようになったと、胸を張って威張れるようになる。


 ……そう未来を夢見ながら毎日を過ごしていたら、あっという間にそこから更に六年もの歳月が流れてしまった。

 そう。つまり僕は五歳の頃から魔法の勉強をし続けて、十六歳になった今でも、まるで魔法を使えないでいたのだ。


「はぁ……」


 僕はベッドに横になりながら、ぼう~っと真っ暗な天井を見つめた。

 明日の最終試験ですべてが決まる。

 一応は補助をしてもらえることになっているけど、それをしても使えなかった場合、多分、僕は他の現代人たちと同じように、魔法が使えない人間というレッテルを貼られることになるだろう。

 そして、たとえ姉ちゃんが旅立ちの許可をくれたとしても、決戦の地であるあの場所(・・・・)で、あの子を助けられないかもしれない。


「……なんとしてでも習得しないと」


 僕は決意も新たに、眠りについていった。

【設定補足】

魔法がよくわからないという人のために補足しておきます。


『精霊神術』

○精霊力を魔法として使うときに、呪文のような設計図通りに無意識下で魔法に変換する。

○通常は精霊力を他者に注ぎ込むことも、奪うこともできない(例外あり)。

○通常は一つの概念魔法(一種類)しか使えない。

○体内、もしくは周囲の精霊力を直接操作して魔法を使う。


『お姉様の魔法』

○頭でイメージした通りに精霊力を魔法に組み替え発動するだけ。

○精霊力を他者に注ぎ込んだり、奪い取ったりすることができる。

○概念魔法という概念すらないので、術者の能力次第では色々な魔法が使える。

○体内、もしくは周囲から吸い取った精霊力を操作して魔法を使う。


以上蛇足でした。

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