39.秘密の共有、未来と過去の歴史1
「信じられないかも知れませんが……僕は、少し先までの未来の歴史を……一部、知っているんです……」
そう静かに告げた僕の言葉に、皆が声もなく、しばらく固まっていた。
そんな静寂を打ち破ったのはアーシュバイツさんだった。
「それはもしや、我が国の女王陛下と同じ力を、リルも持っているということか?」
「……いえ。そうじゃないんです。僕に予見の力なんて大それたものは備わっていないです。だけど、以前ルードたちには話したかもしれないけど、夢のような形で断片的に未来の歴史が見えたんです。本当に一場面ずつで連続していない支離滅裂な未来の姿なので、どこで何が起こるとか、部分部分しかわからない曖昧なものですが。なので、ずっと半信半疑だったんですけど、実際、この森でオルファリアたちと出会って、全部ホントのことだったんだと確信しました」
僕はこの期に及んで嘘半分、真実半分でそう答えていた。正真正銘の真実なんて話せるわけないし、誰も信じないだろうから。
「てことはおめえさん、俺たちと出会うこともわかっていたってことか?」
「……うん。ある程度はわかっていた。この森でルードやベネッサ、アーシュバイツさんやオルファリアたちと行動している未来も断片的にだけど見えていた。よくないことが起ころうとしているこの森、この世界を懸命になってみんなで救おうとしているその姿も。だから僕は……」
後ろめたさを感じながら、そう白状した。
この森に来ることになったそもそものきっかけは、ルードたちが持ってきた仕事だから、ぶっちゃけ無理やり二人をここへと引っ張り込んだわけではない。
なので、そのことで後ろめたさを感じる必要は何もないんだけど、「面倒事に巻き込まれる未来が視えていたなら止めろよ」と、突っ込まれてもおかしくなかったわけで、そのことが僕の心を小さくしていた。
しかし、案に反して、ルードは怒るよりも呆れたように思いっ切りげっそりするだけだった。
「はぁぁぁ~……ったくよ。だからか……。だからおめえさん、あんなにも無謀で猪突猛進な行動してたのかよ……」
そのあとを継ぐように、ベネッサも呆れた顔をして僕に身体を寄せてきた。
「まさかとは思うけど、世界が危機に瀕する可能性があって、私たちがそれを防ごうとしている未来が視えたから、そのことを知ってる自分がなんとかしなくちゃって、そう思って人一倍、ずっと突っ走ってきたなんて言わないわよね?」
「え……? えっと……」
図星過ぎて何も言い返せなかった。そのせいか、彼女にまで思いっ切り溜息を吐かれてしまった。
「まったくっ……。呆れてものも言えないわね。どうしてそんな本当なのか妄想なのかわからないような単なる夢を信じて、こんな危険な場所まで来るのよ。しかも、それが真実とわかったからって、あなたよりも数倍は強いあの凶悪犯罪者に立ち向かっていくとか。正気を疑うわ。そんな未来が視えていたなら、普通は逃げるでしょう?」
「……かもしれない。だけど……そんなことはできない」
「どうして?」
「……この森で起こる大事件を知っているのは僕だけです。もしかしたら、リヒトの女王様もご存じかもしれないけど、他国であるこんなところで起こる争乱に介入できるのは僕のような冒険者だけです。そして、実際に自分が事件に介入している未来が視えたんです。だったら、僕が食い止める必要があります。そうしないと……」
僕はためらいがちにオルファリアを見た。
「この森に生きるすべての命が失われる可能性があったからです」
静かに告げた僕に、
「……まさか……」
オルファリアの表情が曇った。
「まさか以前、リルが私を守るって言ってくれたあの言葉……もしかしてあれはそういうことだったんですか? 私たちが危険な目に遭うとわかっていたから、自分の身を犠牲にしてでも助けようとしてくれたってことですか……?」
次第に動揺に瞳が震えていく彼女に、
「……うん。君たちをどうしても助けたかったんだ……」
直視に耐えかね、そこまで言って視線を逸らしてしまった。そんな僕に彼女は、
「バカっ……」
金切り声のような大声を上げて、僕の両頬を挟むようにして、自身の方へと向かせた。
「どうしてあなたがそこまでしなければならないのですか!? あのとき、あなたは死ぬ寸前だったんですよ!? 一歩間違えたら死んでいたかもしれないんですよっ? それなのにどうしてそこまでしてっ……」
彼女はそこまで言って、僕の襟元を掴むと、涙目となって身を震わせた。
僕はそんなオルファリアをじっと見つめながらも、自分でもどういう顔をしているのかわからないような笑みを浮かべた。
「……目の前で困ってる人がいる。だったら、助けないとね。自分の身を挺してでも助ける価値のある命だったらなおのこと、助けたいって思うじゃないか。それっておかしなことじゃないだろ?」
「そうかもしれません……ですがっ。私にはそこまでしてもらう価値は……!」
「価値……? そんなの、あるに決まってるじゃないか。確かに、ここに来ることになったそもそものきっかけは未来が見えたからだったけど、だけど実際に君と出会って確信したんだ。僕がこの世に生まれてきたのは、君を助けるためだったんだって。理屈とかそんなのは全部どうでもいい。命を賭してでも君を助けたかった。苦しんでいる君の姿が見えたから、何が何でも助けたかった。だからここに来たんだ。それぐらい、僕にとって君は、既にかけがえのない存在になっているんだ。多分、このことは僕だけじゃないと思う。きっとこの場にいる全員にとっても、君は既に大切な仲間さ。だったら、命を賭けてでも守ろうとするのが普通だろ?」
僕の言葉に理解できないといった表情を浮かべている彼女に、ルードが照れくさそうに頭をかいた。
「まぁ、俺はこいつみたいに脳天気でもお人好しでもねぇし、この森でおかしなことが起こるってわかってなかったから、正直、おめえさんら幻生獣たちを守ろうだなんて思ってなかったけどな。だがまぁ、こうやって知り合っちまったし、仲間であれば当然リル同様、守ろうとするわな」
「そうね。それが冒険者の矜持ってものだもの」
ルードとベネッサは互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。その上で、ルードが僕たちを見る。
「まぁ、そんなわけで、俺たちも嬢ちゃんのことは気にかけちゃいるし、あまり変な風には考えないことだ。俺たちは仲間で、お互いに助け合う。それだけだ」
ルードはそう言って、ベネッサやアーシュバイツさんと目配せしたあとで、「ともかくだ」と、話を切り替えた。
「とりあえず、今はこの話はあとだ。リルが未来の歴史をわかってて、そのことをずっと黙ってたってこともとりあえず、これ以上の突っ込みは入れねぇ。もっと早く、最初から話してくれてたらいろいろ対処のしようがあったのになって言うのもなしだ」
突っ込みは入れないと言っておきながら、いきなり恨みがましい突っ込み入れてるじゃないかと文句を言いたいところだったけど、ぐっと堪えた。
何度も言うけど、最悪、未来を知っていたならこの森に来ないという選択肢もあったわけで、僕が二人を止めていたなら、少なくともルードとベネッサは厄介事に巻き込まれずにすんでいたわけだし。
だけど、それなのにそのことにも目をつぶると言ってくれているのだ。
もしかしたら、この二人だったら面倒事を知ってなお、「だったらここに来ないとダメだろ」と、逆にその気になってくれたかもしれないけど――ともかく。
二人がすべて水に流すと言ってくれているんだから、僕がブーブー言うのはお門違いというものだ。
「リルよ」
「うん?」
「未来の歴史がわかるって言ってたよな? それってどのくらい把握してるんだ? さっき遺体保護がうんたらかんたら言ってたが、ありゃ、魔の領域や古代の遺産に関係してることか?」
真顔となるルードたちと、涙を拭いて僕に寄り添うように身体を寄せてくるオルファリア。それら全員を見渡しながら、僕は口を開いた。
「そのことなんですが。既に僕が知っている歴史とは明らかに変わってきてしまってます。未来も過去も」
「は……?」
「どういうことだ? それは」
ルードが呆気にとられたような顔を浮かべ、アーシュバイツさんが眉間に皺を寄せた。
「それが、僕にもよくわからないんです。未来のことはそもそも断片的にしかわからないので、自分が知らないことも多いです。その最たるものと言えば、フランデルクのあの障壁でしょうか。ですが、それとは根本的に異なる致命的な不一致が発生しているんです」
「致命的って……?」
そう聞いてきたベネッサに、
「はい。それが過去に起こったザーレント絡みの歴史についてです」
僕はそう答えた。
「僕が知っている歴史では、先程ザクレフさんが説明してくれたように、ザーレントよりアルメリッサが先に亡くなり、それに絶望したザーレントが彼女を復活させようとしたんです。そのために、彼はセディアと呼ばれる『遺体保護装置』に収容し、それらを稼働させました。これらの歴史は僕が子供の頃に見た夢に出てきたものなので、仕組みとかは一切覚えていません。セデフに関しても。ただ、森中から膨大な精霊力を吸収してセディアに供給していた装置があったことはなんとなく覚えています。この辺のセディアとか吸収機構に関する記憶は、ついさっきザクレフさんが教えてくれたセデフという言葉で思い出したのですが、その精霊力吸収機構というものが、実はあの石碑だったんです」
「ふむ……なるほど。わしらがよく知るザーレントにまつわる考察とほぼほぼ同じということかの。廃村遺跡で見つけた石版の記述も、リルやが申したことが本当であれば、ある程度辻褄が合う。ザーレントが動かした、謎とされていた遺産が実は遺体保護装置であり、それの延長線上に精霊力吸収機構があったと考えれば納得も行くの」
「はい。ですが困ったことに、それらすべての記憶はあくまでも僕が知っている歴史であって、実際には違っていたんです。ザーレントの方が先に亡くなっているので、彼によって作り出された遺体保護装置が実際に完成したのかどうかわからないんです」
「なるほどの。つまり、石版にはセディアやセデフなるものが記されておるから、実際の歴史でもそれ自体はあったかもしれんが、そもそもそれを作り出して稼働させたのはザーレントだから、アルメリッサが動かしたのかどうかわからんと」
ザクレフさんが腕組みしながら唸る。
「はい。しかも本来の歴史では、ザーレントが稼働させて現在も動いているはずの保護装置をフランデルクが発見し、無闇やたらに触ってしまったことで暴走させてしまったんです。そのせいで、一歩間違ったらこの森や周辺一帯すべてが吹っ飛んでしまうという状態になったので、僕たちがそれを未然に防ごうとした、というのが本来のあらましでした。ですが、歴史が変わってしまったことで、それが既に成立しなくなってしまっているのです」
「そういうことか。てことは、リルが見た過去の歴史が変わってしまったことで、この先起こるかもしれない装置の暴走やらフランデルク絡みの出来事も、実際に起こるかどうかまったくわからなくなってしまったってわけか。しかも、知ってる過去の歴史とも違うから、結局のところ、リルもアルメリッサがなんの遺産を稼働させたのかわからず仕舞いってことか。遺体保護うんたらかんたらについても」
ザクレフさん同様難しい顔を浮かべているルードの呟きに、
「そうなりますね。ただ、石版の情報が正しければ、ザクレフさんが言う通り、アルメリッサがザーレントを蘇らせようとしたことだけは確かだとは思うんですが、どうやったのかは……」
僕はそう締めくくった。しかし、そんな僕に、隣のオルファリアが遠慮がちに声をかけてきた。
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