37.真実の歴史1
翌日早朝のことだった。
「わかったぞっ」
突如、どこかの誰かさんが大声で叫んだ気がして、僕はびっくりして跳ね起きていた。
「な、なんだ……!?」
大慌てで周囲に視線を巡らせる。
僕が目を覚ました場所は、例によってザクレフさんの小屋にある居間。
天井から吊り下げられたランタンの明かりはまだついていて、扉の隣に設けられた窓の隙間からは、薄らと白みがかった森の景色が微かに見受けられた。
僕は奥の寝室へと繋がる通路辺りで寝ていたんだけど、右手の厨房付近では壁を背にルードが寝ていて、左斜め前の丸テーブル付近ではやはり、アーシュバイツさんが寝ていた。
そしてもう一人、この小屋の主であるザクレフさんが、両拳を天井に突き上げて固まっていたのである。
「どうしたんですか……?」
むにゃむにゃ言いながらテーブルへと近寄っていくと、遅れて目を覚ましたらしいルードとアーシュバイツさんも眠そうに集まってくる。
そんな中、一人だけ細い目を血走らせてかっと見開いていたご老人が、テーブルにバンッと両手をついた。
「おおよそのことがわかったのじゃっ」
「んぁ? だから、さっきから何を言ってんだ……?」
大あくびしながらルードがぼやく中、アーシュバイツさんが、
「ひょっとして、例の石版か何かですか?」
「そうじゃ。石版だけでなく、わしがこれまで森で調査してきた資料と合わせてみた結果、これまでの通説を思い切り覆す事実が判明したのじゃっ」
今にも、血の流れが高まり過ぎて、ひっくり返ってしまうのではないかというぐらい興奮しているザクレフさんの言葉に、僕は一気に目が覚めてしまった。
ルードもどこか驚いていて、アーシュバイツさんに至っては、寝起きとは思えないぐらいシャキッとしていた。
「よいか? わしがこれから言うことはあくまでも、見つかった石版とわしがこれまでに培ってきた情報を元に考察して導き出した一つの結論でしかない。つまり、これがすべてではないし、もしかしたら、まだ何か足りない欠片があって、解釈を誤るやもしれぬ。それでもよければ話すがどうじゃ?」
先程までの興奮しきった態度とは打って変わって、落ち着き払った言動で僕たちを見渡すザクレフさん。そんな彼にルードが頭をかきながら、つまらなさそうに言った。
「……俺たちにはとにかく情報が必要だ。どんな些細なことでもいい。いったいこの森では何が起こってんのか。そいつさえわかればそれでいい」
「そうだね。僕もルードの意見に賛成です。とにかく、教えていただけますか? ザクレフさんの考えを」
ザクレフさんはじっと僕たちを引き続き見渡していたけど、最後にアーシュバイツさんと目が合い、彼が頷いたのを見て、大きく何度も首を縦に振った。
「わかった。では早速じゃが、わしの意見を述べよう」
しかし、ザクレフさんがそう前置きしていざ本題に入ろうとしたとき、僕の背後にある通路の向こう側から扉が開く音がして、声が聞こえてきた。
「どうかしたの……?」
眠そうな色っぽい声がしたので振り向いたところ、僕の視線の先には、膝上丈のピタッとした黒ズボンと襟やボタンのない白い半袖シャツを身に付けただけのベネッサの姿があった。
「おはようございます、皆さん……」
そのすぐ後ろには、いつものワンピースを取っ払ったような、黒くて短いスカートと、肩と腕が剥き出しになった白いチュニック姿のオルファリアが立っていて、そう挨拶してきた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう……」
近づいてきた二人のうち、ベネッサが僕に挨拶を返したあと、右隣にいたルードと僕との間に身体をねじ込ませるように座ってきた。
オルファリアは僕の左隣に座る。
僕が普段の位置にいなかったから仕方がないんだけど、いきなり美女二人に挟まれてしまい、異常なまでに居心地が悪くなってしまった。
それを知ってか知らずか、普段僕が座っていた場所へと追いやられたルードが、ベネッサに文句を言いながらも、ニヤッと笑ってきた。
その態度に一瞬むっとしたけど、昨日夜遅くにオルファリアと密会していたときのことを思い出してしまい、緊張しながら恐る恐る隣を見た。
短いスカートから肌を剥き出しにしたオルファリアは、僕と目が合うとぷいっとそっぽを向いてしまった。
――やっぱりまだ怒ってる!
なんであの一言だけでここまで怒ってしまったのかまるで理解できず、頭を抱えることとなった。近づいたり離れたり、やっと心の邂逅を図れたと思ったらまた逃げられてしまった。
まぁ、あのとき余計なことを言ってしまった自分がいけなかったんだろうけど、それにしたってあんまりじゃない?
ホント、女心となんとやらって奴だよね。
そう一人溜息を吐いていたら、ザクレフさんが大きく咳払いした。
「丁度全員集まったようじゃし、今からわしの見解を述べるが、よいかの?」
改めて全員を見渡し、頷く一同。
カャトとアーリはまだ寝ているようだけど、会議は大人たちだけで十分なので問題ない。
「ではまず、かつてこの森で何があったのかについて話をしようかの」
そう言って、話し始めた。
「知っておるとは思うが、かつてこの森には、古代王国時代の名家と言われておった大貴族ザーレントが住んでおったのじゃ。古代王国はいわゆる、分割統治方式を採用しておったようでの。支配下に置いておった黎明大陸中央以北を七等分し、それを七政王と呼ばれる七人の王に統治させておったらしいのじゃ」
「七政王って、確か石版にも出てきたわよね?」
ベネッサがルードを見る。
「あぁ。そんなのがあったな」
相づちを打つ大男にザクレフさんが頷いた。
「そうじゃ。その七政王じゃ。そのうちの一人がこのエルリア周辺一帯地域を始め、多くの土地を統括しておったらしくての。そやつは、このエルリア周辺をザーレントに管理させたと言われておるのじゃ」
「なるほど、それでザーレントという人物はこの地を治めることになったと」
アーシュバイツさんの呟きに、ザクレフさんが頷いた。
「うむ。じゃが、それが悲劇の始まりだったんじゃろうの。ザーレントは他の貴族たちと比べてかなりの異端児じゃったと言われておる。他の者が目もくれぬ事物に興味を示す一方で、普通の人間が興味津々となるものにはまったく目もくれんかったらしい」
「あ、なんかそれ、わかる気がします。僕も昔、他の人と感性が違うとよく言われてましたから」
イルファーレンの地で冒険を繰り広げていた頃、一緒に冒険した人たちが僕を娼館に誘ってきてもすべて断っていたし、食事に関しても、他の人が好きなものでも、僕には食べられないものが多かった。
逆に、僕が稼いだお金のすべてを、装備や戦闘技術向上のために使ってしまうと、思い切り呆れられた。
当然、オルファリアの件があったからだけど、それでも、なんだかザーレントとはどこか通じるものを感じた。
「まぁ、リルの場合はそれ以前に、俺たちが知らんいろんなこと隠してるからな。そっちの方が大問題な気がするが?」
すかさず突っ込みを入れてくるルードに、僕は後ろめたさもあって猛抗議した。
「その話は今はいいでしょ! またそのうち話すって言ってるんだし! とにかく、ザクレフさん、続きをお願いします」
「お、おうっ。どこまで話したかの? ……と、奴が異端児だったという話じゃったの」
そう前置きしてから、続きを話す。
「それでじゃ。その異端児だったザーレントめは変わり者でもあり、大変な研究家でもあったと言われておっての。あの男は様々なものを研究していたと言われておるが、その中の一つに幻生獣があり、精霊神術があり、それらを利用した第三の力の研究があったのではないかと考えられる。しかし、やはりそれらは踏み込んではならん領域じゃったのかもしれんの」
「踏み込んではいけないってどういうことですか?」
「……七政王じゃよ。ザーレントの研究を巡り、七政王がかの貴族を招集したという記述があった。おそらく、それら研究を軍事転用せよとでも命じたのじゃろうて。しかし、それをよしとしなかったのじゃろうの。結果、ザーレントが居城を置いておったこのオルクウェールの森が戦場と化したのじゃ」
居城というと、おそらくあの廃城のことだろう。廃村遺跡から見えた遙か湖の向こう側の古い城。そして、幻生獣が住んでいたはずのこの森一帯が戦場となった。
容易に想像できる光景だった。火の手が上がった幻生獣たちの家屋や森。大勢の死傷者も出ただろう。
そんな中に、ザーレントが、あるいはアルメリッサのどちらかがいた。
「じゃが、ここで一つ疑問が生じる」
「疑問……ですか?」
眉間に皺を寄せて何かを考えていたアーシュバイツさんがそう聞いていた。
「そうじゃ。ここまではわしが独自にこの森で調査した資料や学会で知られている通説を総合して導き出した仮説じゃが、ここからがホンに意味不明なのじゃ。お主らは知っておるかどうかわからんが、本来であれば、この戦争で死傷したのはアルメリッサということになっておるのじゃ。ザーレントが生み出した古代技術を駆使しつつ、彼に味方した幻生獣を率いて戦ったアルメリッサの活躍があって、なんとか敵を撃退し、見事七政王を滅ぼすに至ったのじゃ。しかし、その代償として多くの幻生獣やアルメリッサが死傷した。それゆえザーレントは嘆き悲しみ、何かしらの遺産を稼働させて、自らも命を散らしたのではないかと言われておる。これが本来の歴史なのじゃ。しかし、今回お主らが見つけてきた石版によって、それらすべての前提条件が狂ってしもうた」
ザクレフさんが語ってくれたことは、僕が知っている本来の歴史とほとんど同じだった。
正直、七政王との戦争がどのように繰り広げられたかについては、詳しく語られていなかったから初耳だけど、ザーレントの力を巡って戦争が起き、その結果、幻生獣の多くやアルメリッサが死亡したことだけは確かだった。
そして、ザーレントは妻の亡骸を遺体保護装置に納め、彼女を復活させようとしたけど、願い叶わず自らも永遠の眠りについた。
ザクレフさんはさすがにこの装置についてまでは知らなかったみたいだけど、遺産を稼働させたのではないかと言っているので、ほぼ僕の知り得る状況と合致している。
ただ、彼が言った通り、石版によってもたらされた新情報によって、その認識に疑念を抱く必要が出てきた。
あの戦争で死んだのはアルメリッサなどではなく、ザーレントだったのではないかと。
周囲を見渡すと、みんな難しい顔を浮かべている。おそらく、石版の内容やザクレフさんが言わんとすることをあまり理解していないからだろう。
僕はいろいろ知っているけど、ルードやベネッサ、アーシュバイツさんの三人はザーレントやアルメリッサの名前ぐらいしか知らなかっただろうし。
なので、過去にここで何が起こったのかといった本来の歴史に関する話も初めて聞く話なのだろう。
ザクレフさんもその辺は心得ているようで、そんな一同の様子を確認してから、再び口を開いた。
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