表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第五章 人と幻生獣と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/67

33.ザクレフを襲った悲劇




 アーシュバイツさんを新たな仲間に加えた僕たちは、来た道を引き返すのは止めにして、迂回路を採ることにした。

 南の岩山を大きく南東に回り込むことで、ザクレフさんが住む小屋へと戻れるという話だったから。

 なので、丸一日、二日かけて行軍し、ようやく戻って来れたという次第である。


 なぜこんな面倒な方法を採ったのかというと、一つは当然、あの洞窟が結構危険な場所だったから、なるべくなら通らない方がいいと、みんなの意見が一致したからだ。


 もう一つはフランデルクの存在にある。依然、生死不明のあの男が、もしかしたら再びあの場所に戻って来ないとも限らない。その場合、次は勝てるかどうかわからなかったから。


 そういった経緯もあり、土地勘のあるオルファリアの意見を参考に、原生林の中を分け入りながら、戻ってきたという次第である。


 途中、猪のような猛獣と遭遇したけど、普段から食料として捕獲しているらしいので、ついでにさばいて食材にさせてもらった。

 そんなわけで、現在、猪肉をお土産に、ザクレフさんの小屋でくつろいでいた。


 ちなみにだけど、アーシュバイツさんが執着しているのか、それともあの小猿の方が気に入ってしまったのか。二匹ほど、ラッツィたちも僕たちと一緒にこの小屋まで戻ってきていた。


「――いやはや、ホンに大変じゃったのぉ。なかなか戻ってこんから、今頃どこでどうしておるのか、気をもんでおったところじゃったわい」


 今日の夕刻、小屋へと辿り着いた僕たちは、早速これまでのいきさつを説明してから、アーシュバイツさんのことを紹介した。

 ザクレフさんには遺跡の調査をしたあと、一回戻ってくると伝えてあったから、随分と心配させてしまったようだ。


「本当にご心配おかけしました。予想外なことばかりが起こり過ぎまして」

「いやいや、無事であったなら何よりじゃ。狭い部屋じゃが、とにかく身体を休めるがよい」


 そう言って小屋の中へ案内してくれた。

 それが数時間前の出来事だった。

 今はもうすっかり夜も更け、僕たちは例によって丸テーブルを囲み、仕入れた情報を精査しながら今後のことについて話し合っていた。

 場所が狭いので、カャトとアーリはラッツィやピューリを連れて、仲良くその辺で遊んでもらっている。とは言っても、大騒ぎできるような場所はないけど。


「それにしても、まさかリヒトの騎士団長さんだけでなく、あの男までおるとはの」


 フランデルク対策のことを議題に挙げたら、ザクレフさんが何やらわけありげな渋い顔を浮かべた。そんな彼の隣に腰かけていたアーシュバイツさんが、食い気味に問いかける。


「ご存じなのですか? ザクレフ老」

「うむ。少々訳ありでな……。お主らもよう知っておる通り、あの男は世界中で犯罪ばかり繰り返しておるような極悪非道な男じゃ。それは今も昔も何も変わらん――そうじゃな、わしがまだ考古学者になるよりも前の話をする必要があるじゃろうの」


 そう前置きして、ザクレフさんは感情の読み取れない表情を浮かべた。


「当時、わしはリヒトのアレサンリア村というところで、服飾職人として生計を立てておっての」


 そこで一拍置く彼に、アーシュバイツさんが愕然とした。


「アレサンリア村って……まさかあの……!?」

「アーシュバイツさん……?」


 嫌な予感がしつつも、一人だけ青ざめている騎士団長さんを、僕を始めルードやベネッサたちが困惑げに見守る中、彼ははっと我に返って額を抑えた。


「いや、すまん。少々取り乱した」

「いえ、ですがその、アレサンリア村という場所で何かあったのですか?」


 その僕の質問にはザクレフさんが答えた。


「うむ……思い出すのもあまり気分がよいものではないが、話さねばならんじゃろうの」


 そう前置きして続ける。


「当時、あの村は片田舎にあったホンに何もないような場所での。平和だけが取り柄の村じゃった。しかし、ある日のこと、一人の考古学者がふらっとやってきての。村にあった唯一の観光名所である古代遺跡を調査しに来たのじゃ。その者の名を、ベルゼル・フランデルクと言う」


 静かに語られた最後の固有名に僕たちは皆、驚愕に目を見開き、言葉を失ってしまった。

 ザクレフさんが言うフランデルクこそ、僕たちが見知っているあのフランデルクに他ならなかったからだ。しかも、かつてあの男が考古学者だったとは。

 僕たちが驚く中、一人苦渋の表情を浮かべていたアーシュバイツさんが口を開いた。


「その先は俺が話そう」


 彼はザクレフさんと目配せし続ける。


「あの男、フランデルクは既に化け物のような力を有していた。そのため、各地の遺跡をやりたい放題荒らし回っていたのだ。当然、ザクレフ老が住んでいたアレサンリアでもな。奴は村人たちが止めるのも聞かず、遺跡を破壊する勢いで荒らし回ったという。それに抗議した村人たちも大勢いたが、そんな彼らを次から次へと亡き者にし、その影響で村はたちまちのうちに炎に包まれたと言われている。かろうじて逃げ延びた者たちも何人かいたようだが、その大半は燃えさかる村とともに、命を散らしてしまったのだ……」

「……じゃぁ……まさか、その生き残りというのが……」


 辛そうに説明するアーシュバイツさんに尋ねた僕の質問に、ザクレフさんが頷いた。


「うむ……わしじゃよ。妻と子供も、仲のよかった他の村人もみんな亡くなった。焼け出されて助かったのはわしら僅か数人だけじゃった。五十人ほどは暮らしておったのにな」

「なんて卑劣な奴だ……」


 当時のことを思い出してしまったのか、目を伏せているザクレフさんに、ルードが唸るように呟いた。


「当時、俺はまだ今の騎士団ではなく王都駐在の近衛兵だったから、直接現場を見たわけではない。すべて人伝に聞いた話だったから、どれだけ悲惨だったのかはまったく推し量ることはできん。だが、今にして思えば、あの当時知ったこの事件からすべてが始まったんだろうな。いつかあの男と遭遇したときには、この俺の手で縛り上げてやると神に誓ったものだ。若気の至りというか、血気盛んに正義感に燃えていたことを今でも覚えているよ。なのにまさか、いざ相対したら、こんな情けない結末を迎えることになってしまうとはな」


 そう自虐的に、だけど、決して微笑むことのない騎士団長。


「主が悪いわけではなかろう。すべてはあの男に責がある」

「そうですね。アーシュバイツさんは最善を尽くしたと思います。だからこそ、禁書強奪を未然に防げたし、フランデルクをこの森の中へと追い込めたんですから」


 僕はそう慰めの言葉を述べながらも、心中複雑な思いだった。魔の領域に囲まれた鳥籠のようなこの場所にあいつを閉じ込め出られなくしてしまったからこそ、未来では悲劇が繰り返されてしまったわけだし。


 ――だけどまぁ。結局はそういう事実がなかったとしても、遅かれ早かれ、あの男はここに眠る遺産のことを嗅ぎ当てていたんだろうけどね。


 その上で、元考古学者としての好奇心で墓荒らしのようなことをしていたに違いない。

 奴がアーシュバイツさんのあとを追いかけてここへ来たのは、おそらくザーレントの噂をある程度耳にしていたからだろうし。


 なので、決して後ろ向きになど考えず、奴が別の場所でこれまで以上に酷い凶悪犯罪を起こさせる機会を奪い、なおかつ、ここに閉じ込めたからこそ、討ち取る好機を得たと考えた方が建設的だろう。


「……感謝する」


 アーシュバイツさんはそう言って、僕たち全員に頭を下げた。


「それで、具体的に今後、どう動くよ?」


 話が一段落したと見て、ルードが隣の僕に聞いてくる。


「そうだね。とりあえず、生死不明のフランデルクについての対策と、森で手に入れた石版が何を意味しているのか。それを早急に話し合っておきたいかな。なんとなくだけど、あまりもう時間がないような気がするし」

「時間ね……」

「うん。本当になんの根拠もない漠然とした勘みたいなものだから、杞憂に終わってくれればそれに越したことないんだけど、フランデルクや、石版から手に入れた新情報が妙に引っかかっているんだ」

「そういやおめえさん、あんとき、一人だけ反応おかしかったしな」


 眉間に皺を寄せて渋い顔を浮かべているルード。おそらく、あの石版に書かれていた言葉の意味を即座に理解できたのは僕だけだったんだろう。

 もしかしたらオルファリアなら気が付いたかもしれないけど、ルードやベネッサ、アーシュバイツさんを見ても、みんな難しい顔をしているだけだった。


「ふむ。石版については先程メモをもらったが……欠けている文字(ピース)が多くて考察にはもうしばらく時間が必要じゃが、フランデルクのその障壁とやらの力にはなんとなく、心当たりがないわけではないがの」


 僕たちを見渡すようにそう声を発したザクレフさんに、皆が呆然とした。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ