31.古代王国時代の遺物
「これは……」
「どうやら遺跡みたいですね」
洞窟前の広場を北に向かった樹林の中をしばらく歩いた先に、もう一つ、別の開けた場所が姿を現した。
半径十フェラーム(約十四メートル)ほどの薄暗い草地で、周囲を埋め尽くす太い樹木から伸びた枝葉が空を覆っているためか、ところどころから木漏れ日が差しているだけの、どこか幻想的な空間だった。
そんな場所の中央に、かつて何かの建物だったと思しき土台や瓦礫が残されていた。
四角く平べったい基礎部分の石床と、その四方に少しだけ残る壁。
石床の上には壁の残骸と思われる石材の塊が散乱し、草地にも比較的大きな平べったい石の塊が転がっていた。
更に周囲の樹林には、比較的背の低い樹木も生えていて、腹がくびれた黒っぽくて細長い果実のようなものがたくさん実っている。
もしかしたら、先刻アーシュバイツさんが言っていた果実というのは、あれのことかもしれない。
「ここはいったいなんの建物跡なんだろう?」
呟きながら、僕は遺跡の中へと足を踏み入れていった。
「わかりません。私もここに来るのは初めてです。もしかしたら、族長様たちならご存じかも知れませんが」
一緒についてきたオルファリアが首を傾げたあと、地面にしゃがみ込んだ。
彼女は石床に堆積した土などを手で払いながら、じっくりと眺めている。僕も唯一腰の高さぐらいまで残っていた角部分の石材に手を触れてみた。
風化しているからか、それとも元々なのか。手触りはざらざらしている。
色は時間が経っているからかもしれないけど、真っ白というより少し黄ばんでいるような感じだった。
それ以外にめぼしいものを探してみたけど、結局、特に見当たらなかった。
しゃがんでいたオルファリアも立ち上がって首を振ってくる。
「この遺跡はおそらく古代王国時代のものだと思いますが、なんの建物だったのかはわかりません」
「そっか。何か碑文とかが刻まれていればよかったんだけど」
もう一度地面を見下ろしてみたけど、何か紋様が刻まれていそうな瓦礫の類いは一つも見当たらなかった。
「仕方ない。みんなのところに合流しようか」
僕はそう声をかけて、この遺跡入ってすぐの右手側できょろきょろしていたルードとベネッサの方に視線を投げたのだけれど、そのときオルファリアが、「あっ……」と声を上げていた。
「ん? どうしたの?」
「いえ、少々面白いものを見つけましたので」
「面白いもの?」
「はい」
彼女はそう答えて、瓦礫に埋もれていた石床の中を漁り始めた。そして、腕の長さほどの黒い石柱を両手に抱えて戻ってきた。
「それは?」
「はい。これは素粒子変異体と呼ばれている古代の遺物です」
「エルオールだって……?」
僕はその聞き馴染みのある単語にドキッとしてしまった。
本来の歴史でも、僕はオルファリアからこの曰く付きの素材をもらっている。
現代では再現不可能と言われている文字通り古代の遺物で、石でもなく金属でもなく木材でもない。今の世界の常識ではとても定義できないような変異性素材。それがこの素材をして古代王国たらしめたとまで言われている古代技術の代表的素材だった。
そして、本来の歴史では、最終的に未完成のままだったけど、この素材を使ってオルファリアが武器を作ってくれたのだ。
なんの準備もせずにこの森の中に入った僕が持っていたのは、なまくらな剣だったから、廃村遺跡で遭遇したフランデルク戦で、ものの見事に木っ端微塵に破壊されてしまい、武器を失ってしまったのだ。
それゆえ、オルファリアたちのことはおろか、自分の身すら守れなくなってしまった僕のために、他者を傷つけるためにしか存在していないような、武器という忌むべき存在を彼女が作ってくれたのである。争い事を好まない彼女が。
「リルはこの素材のこと、ご存じですか?」
「え……いや、初めて見るよ」
思わず感傷的になってしまったせいか、焦って嘘をついてしまった。
それをどう解釈したかわからないけど、オルファリアがニコッと微笑む。
「古代王国の人たちが物質を自由自在に再構築して、無から有を生み出そうとしていたことはザクレフさんのところでご説明したと思いますが、このエルオールを作り出したことでその物質の再構築技術が革新的なまでに発展していったと言われているんです。詳しい説明は省きますが、このエルオールと呼ばれる素材に精霊力を流し込み、それを操作することで物質を自由自在に組み替えられるのだそうです」
そう嬉しそうに説明するオルファリアは、どこか今までとは雰囲気が違っているような気がした。よくわからないけど、古代王国のことを説明できたからか、それとも、先のフランデルク戦を経て、彼女の心の中で何かが変わったからなのか。
だけれど、いずれにしろ、その、なんて言いますか。目を閉じるように笑っている顔が恐ろしく可愛過ぎた。
エルオールの話そっちのけで魅入ってしまいそうになり、慌てて頭を振った。
「やっぱり古代の技術って凄いんだね。僕たちも再現できればいいんだけど」
「そうですね。ですが、エルオールに関しては精霊力を操作できる人間であれば、なんとか再構築することは可能ですよ?」
「あ……そうなんだ」
僕は答えながら、そういえばそうだったなと思い出した。
「はい。ですのでその、これ、持って帰りませんか? 何かの役に立つかも知れませんし」
「……そうだね。そうしようか」
「はい」
僕は重そうにしている黒い石柱のようなエルオールを受け取ると、鞄の中に収めた。ずっしりと肩にベルトが食い込んでくる。見た目以上に重いようだった。
「それじゃ、ルードたちと合流しよう」
そう彼女を誘った僕に、オルファリアは笑顔で頷いた。
「だけど、それにしても、オルファリアは古代王国のことに詳しいんだね」
「そうですね。族長様たちからいろいろ話を伺っていますし、自分でも興味があって調べてきましたから」
歩きながらそう話すオルファリアはどこか楽しそうだった。
「そっか」
僕たちはそんなことを笑顔で話しながら、少し離れたところに佇んでいたルードとベネッサの元へと近寄っていった。
「どう? 何かめぼしいものはあった?」
問いかける僕にルードは、
「いや。特に何もねぇな。お宝になりそうなものもねぇし」
軽く肩をすくめるようにする。一瞬、エルオールのことを話そうかと思ったけど止めにした。
僕たちはお宝を探しにきたわけではないのだ。こんな非常事態にお宝とか言い出す人に、貴重な古代の遺産の話なんかしたくない。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ベネッサが溜息を吐いた。
「まったくあなたという人は……。確かにそういうのがあったら願ったり叶ったりだけれど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけどよ」
渋い顔をする大男にベネッサは肩をすくめて見せたけど、
「だけれどまぁ、それっぽいのは一つだけ見つかったと言えなくもないわね」
どこか意味深に苦笑する彼女に、ルードまで「だなぁ」とニヤッと笑った。
互いに顔を見合わせニヤニヤする脳天気な二人に、なんだかなぁと思ったときだった。
「リル兄ちゃん! いいもんあったよっ」
「あったのです! これを食べるのです!」
そう言って、小猿を何匹も引き連れたカャトとアーリが、手にいっぱい何かを抱えて走ってきた。
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