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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第五章 人と幻生獣と

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29.聖天使の雷騎士団を背負う男




 聖天使の雷騎士団リヒテン・バーサー・ナイツ団長フォルファー・アーシュバイツ。


 暗蒼色の髪と瞳をした壮年の美丈夫。

 白金色の全身鎧の左胸に、天使の翼と雷をモチーフにした紋章を刻み、その背には紅のマントを身に付けている。

 典型的なリヒト民族の特徴を備えた男で、数多くの死線を潜り抜いてきた生粋の凄腕騎士。

 今僕たちの目の前にいる男は、そんな人だった。


「しかし、こんなところで俺以外の人間と出会えるとはな。これも神の思し召しか何かなのだろう」


 洞窟から姿を現した僕たちと互いの身元を明かし合ったアーシュバイツさんは、複雑そうな顔をして僕と握手を交わした。


 彼の母国であるリヒト・シュテルツ王国では、世界三大宗教と言われるエルド・リヒト教を国教と定めているので、基本的に、その絶対神であるエルド・リヒトを信奉している人たちが多い。

 なので、アーシュバイツさんが言う神も、おそらく絶対神のことだと思われる。ちなみにイルファーレンやエルリアも、エルド・リヒト教を国教として定めている。


 古代王国で信奉されていたと言われるヴァルハラード教も、三大宗教の一つである。


「にしても、ホント、こっちとしてもまさかだよな。あの国際手配犯であるフランデルクだけでなく、こんなところでリヒトのお偉い騎士様とも遭遇することになるとは思いもしなかったぜ」


 洞窟の外に出て、昼の陽光に照らされた辺り一帯を眩しそうに眺めていたルードが、肩をすくめるようにした。

 あの地底世界から外に出た僕たちを待っていたのは、半径十五フェラーム(約二十一メートル)ぐらいの開けた半円状の草地だった。


 地面からは育ちきっていない丈の短い草が生えていて、その至るところで、僕たちをここへと導いてきたラッツィと呼ばれる小猿のような生き物たちが飛び跳ねていた。

 草地の周囲は高い樹林に囲まれていて、その先は薄暗くなっていてよくわからない。目を凝らしてみても、獣道すらなさそうな雰囲気だった。


「そういえば、そのことについてなんだが。自己紹介はすませたが、状況がよく飲み込めていないことが多過ぎる。よかったらフランデルクのこととか、いろいろ説明してはもらえないだろうか?」


 眉間に皺を寄せる壮年の男の言葉に、ルードが僕を見た。どうやら判断は任せるということなのだろう。


「わかりました。僕たちとしても、アーシュバイツさんには聞きたいことがいろいろとあります。今後のこともありますので、早速情報交換と行きましょう」

「わかった。恩に着る」


 そう言って、さすが騎士団長と言うだけあり、礼儀正しく頭を下げてきた。

 僕はそんな彼に軽く返事をしてから、ふと、北の空を眺めた。

 背の高い樹林によって遠くの景色はよく見えなかったけど、それでも微かに大木の先端の更にその先に、霞がかった岩山のようなものが垣間見えていた。


 おそらく、あれはエルリアとリヒトを隔てる長大な山脈か何かなのだろう。

 僕が知る限り、アーシュバイツさんは多分、あそこから来たはずだ。フランデルクに突き落とされて。


 転落死させたと聞いたときには焦ったけど、結果的に無事でいてくれて本当によかった。

 これで幾分かは対フランデルク対策を講じられるはずだ。


 僕たちは洞窟の出入口付近から少し中に入ったところで、円を描くように腰を下ろすと、すぐにお互いが知っている情報のほとんどを交換し合った。


 僕たちがこの森に入るきっかけとなった冒険者の仕事を始め、幻生獣の村でのことや、魔の領域絡みの厄介な案件。ザーレント絡みのことや、シュバッソたちとのこと。フランデルクとの遭遇戦。そして、この場所へと来ることになったきっかけの、小猿や洞窟内部でのことなど、そのすべてを。


 アルメリッサが幻生獣の女王だったということも、ついでに話しておいた。ルードたちは石像を見て薄々感づいてはいたみたいだけど、それでも「やはりか」と唸った。

 それから、今はまだそのときではないので、僕が知る未来の知識のことは伏せておいた。


「なるほど……そんなことがあったのか」

「はい。ここに来るまでに、本当に大変なことばかり起こりましたし、魔の領域に関してもまだまだよくわかっていないことが多いので、この森から外に出ることも難しい状態です」


 申し訳なく思い頭を下げる僕に、正面に座っていた騎士団長は慌てる素振りとなった。


「いや、君が謝ることじゃないさ。シュバッソという男のことはよく知らないが、少なくともフランデルクに関しては、すべてこちらの落ち度だ。王都で暴れ回っていたあいつを、あと一歩というところまで追い詰めたのに、結局取り逃がした上、こんな場所へと追い落とされてしまったんだからな。しかもあの男、まさかこんな場所にまで入り込んでくるとは。古代の遺産の噂に釣られたか、それとも俺を追ってきたのかはわからんが。ともあれ、本当にすまなかった。君たちが命を落とすことにならなくて、本当によかったよ」


 あぐらをかいた状態で深々と頭を下げてくるアーシュバイツさん。やはり、僕の見立ては間違っていなかった。

 大分薄汚れてしまってはいるけど、白金色の全身鎧に身を包んだ騎士団長さんは、僕が知っている通りの本当によくできた人格者だった。


 実直さや愚直を絵に描いたような性格で、ルードたちとはまた違ったよさがある。


 ルードたちはどちらかと言えば、庶民的で現実をよく知っている下町の頼れる兄貴や姉貴分といった感じだけど、アーシュバイツさんはよくも悪くも貴族の出身といった感じで、高い品格を備えた尊敬できる人だった。

 威厳もあるけど、どこか人当たりのいい親しみやすい兄貴分。そんな人である。


「そんなに畏まらないでください。フランデルクに関しても、アーシュバイツさんの責任じゃありませんよ。すべてあいつが悪いんです」


 僕は慌てて助け船を出したんだけど、


「つーか、あれはおめえさんにも非があるわな」

「は……? なんでだよっ」


 僕の左隣に腰を下ろしていたルードが目を細めて突っ込みを入れてきたので、思わずむっとしてしまった。


「いや、だってよ。あんなのがいるってわかってたんなら、もっといろいろ前もって準備できただろうによ。それなのに行き当たりばったりであんなのと遭遇するとか。そりゃ、誰だって死にそうになるわな」

「そ、それはそうかもしれないけど、だけど仕方ないじゃないかっ。まさかあんなに強いとは思わなかったんだし!」


 それに、未来のことを話していいかなんてわかっていなかったから、たとえ後手に回るとわかっていたとしても、あれが精一杯だった。


「しかし、フランデルクか……。確かにあいつは並大抵の極悪人とはわけが違うからな」


 ニヤニヤしているルードを睨み付けていると、アーシュバイツさんがぼそっと呟いた。

 右手を唇に当てて考え込むようにしている彼に、僕は思い出したように声をかけた。


「そういえばあいつ、なんだかおかしな障壁みたいなものを張り巡らせていたんですが、何か心当たりはありませんか?」

「障壁……?」


 顔を上げた騎士団長は始め不思議そうにしていたけど、すぐに忌々しそうに顔を歪めた。


「あれか……。俺たちも散々あれには苦労させられたな。リグラリア断崖で奴を追い詰めたまではよかったが、あの力だけはどうにもならなかった。あれの正体についても詳しいことは何もわかっていない。大方、奴が使ってくる光球や雷撃のような、おかしな力の派生体か何かだろうとは思うがな」

「派生体ですか。つまり、亜種と?」

「おそらくな。仕組みに関しては当然まるで解明できていない。あの障壁のせいで本当に多くの仲間を失うことになってしまった。俺自身もまた、あそこから転落する羽目に陥ったしな」


 ここから北に位置するリグラリア断崖と呼ばれる国境の山脈。

 そこでの死闘が脳裏をよぎったのか、他人には計り知れないような屈辱や怒りに支配されたように、壮年の騎士は唇を噛んでいた。


「だけれど、リヒトの王都でいったい何があったというんですか? あの男が王都で暴れていたとは伺いましたが」


 僕の左斜め前に座っていたベネッサがそう尋ねた。アーシュバイツさんはしばらく逡巡したような素振りを見せたけど、諦めたように溜息を吐いた。


「そうだな。国家機密ではあるが、話しておいた方がいいだろうな」


 そう前置きして、彼はフランデルクとのいきさつについて詳しく説明してくれた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

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