28.鍾乳洞窟に光る星空
岩壁に空いていた亀裂は、人一人通るのがやっとという大きさだった。
オルファリアやカャト、ベネッサたちであれば余裕で通り抜けられそうだけど、この森での死闘を想定して金属鎧を着込んできた僕や、僕よりも一回り以上大きいルードでは中に入れないんじゃないかというくらい、入口周辺はやたら狭かった。
これだったら、たとえこの場所を僕たちよりも先に発見していたとしても、ルードより更に巨漢のフランデルクでは中に入ることすらできなかっただろう。
そういう意味では、この先にいるかもしれないアーシュバイツさんの身の安全だけは約束されたも同然だったので、そういう意味では安心できた。
そんな恐ろしく狭い場所を、小猿みたいなラッツィという生き物たちが、慣れた足取りでどんどん先へと進んでいってしまう。
僕たちも彼らを追って、真っ暗闇のその中を手探り状態で歩いていった。
足下はゴツゴツとした岩場になっていて、非常に歩きにくかった。
下に向かって大地が裂けているのか、それとも正面に向かってずっと続いているのか。真っ暗闇ではそれすらわからないぐらい、かなり危険な洞穴だった。
こんなところをなんの明かりもなく突き進んでいったら、途中で足場がなくなっていた場合、間違いなく奈落の底へと転落してあの世逝きになってしまうだろう。
オルファリアたちはこの中へは入ったことがないということだったので、ランタンに火を灯した僕が最前列を歩くことになった。
そのあとをオルファリア、カャト、アーリ、ベネッサ、最後にルードという隊列となる。
「なぁ、おい。本当にこんなところ行くつもりか?」
最後尾から訝しむような声が聞こえてくる。
「せっかく助かった命なのに、わざわざこんなところに来なくても」
ベネッサも同じ意見のようで、ルードをフォローするように僕を諫めようとした。
二人はベテラン冒険者だ。長年の勘というものが働いて、この先に行くことをよしとしない何かがあるのかもしれない。だけど、僕はこの暗黒の先に希望の光があることを知っていた。そして、そこで是が非でも確かめなければならないことがある。
本来であれば生きて出会うはずのあの人の生死。もし万が一死なれでもしたら、大幅に歴史が変わってしまうことは確かだった。
なぜならば、あの人はこの森での冒険が終わったあとも、僕がいつかリヒトの地を訪れた際には、正しい道へと導いてくれる真に英雄と呼ぶに相応しい人物だったからだ。
「ごめん。話せるときが来たら、必ずみんなには僕が知っていることのすべてを教えるから。だから信じて僕に付いてきて欲しい」
首だけを後方へと巡らせてじっと見つめる僕に、ルードとベネッサは諦めたように肩をすくめた。
「まぁ、これまでのことを考えてみても、おめえさんには何か見えてるんだろうし、ついてくより他ねぇだろうな」
「だけれど、リル? 本当にあとでわけを話してもらうわよ? じゃないと納得できないことも多いのだから」
「わかってます」
今後、僕がこの森でやろうとしていることに協力してもらうためには、どこかのタイミングで、僕の秘密をばらす必要があるかもしれない。ずっと迷ってきたけど、この人たちだったら未来のことを話しても多分、受け入れてくれるはず。
僕はそう何度も自分に言い聞かせてから、オルファリアを見た。彼女はまだ少し疲れたような表情を浮かべていたけど、視線が合うと微笑んでくれた。
シュバッソとの一件以来、微妙に距離が空いてしまって変な空気が漂っていたけど、怪我の功名という奴なのか。
一緒に死線をくぐり抜けてきたからか、それとも、彼女も何かを覚悟したからか。幻生獣の村を出たとき以上に距離が縮まっているような気がした。
僕はそれを糧に、再び歩き始めた。
この洞窟内部は、入口付近は本当に狭くて身体を動かすのもやっとという感じだったけど、奥へ行けば行くほど、隙間が広がっていった。そしてそれとともに、上下に走っていた亀裂もどんどん酷くなっていく。
ゴツゴツとした足場も下り坂になり始めていた。このまま突き進んでいったら、本当に地の底へと飲み込まれてしまうのではないかという思いに駆られてしまう。
天井から生えるように伸びている鍾乳石も、どこか干からびている風に見えた。ちょっとした振動で、それら尖った石が頭の上に落ちてくるのではないかと気が気でない。
しかし、そんな場所をそのままゆっくり下っていくと、途中から様相が変わっていった。
「これは……」
僕は周りに広がる光景に、思わず息を飲んでしまった。そこら中の岩という岩が青白く発光していたからだ。それだけでなく、いつの間にか巨大な洞のような空間へと踏み入っていて、更に少し下ったところで最下層へと足をつけていた。
「ここはいったいなんなんだ?」
あとから続いて降りてきたルードたちも、僕の横へと並んで周囲を見渡した。広さはおおよそ三十フェラーム(約四十二メートル)四方はあると思われる、岩山の中とは思えないような空間。足下も何か、人為的に整備されたような感じになっていて、綺麗に整地されていた。
「ひょっとしてここって、ザーレントがなんらかの実験を行っていた場所なんじゃないか?」
圧倒されているルードがひとり言のように呟いた。
建物の残骸などは欠片も見受けられないことから、研究施設のようなものがあったわけではないと思うけど、かつて彼がこの森でなんらかの技術とともに、幻生獣についても研究していたことは知っている。
そして、彼の妻であるアルメリッサ。普通に考えたら人間の奥さんであるはずなのに、上の廃村遺跡に残された石像は、まるで力を解放したときのオルファリアみたいな姿をしていた。
そこから考えてみても、彼の妻は僕が知っている本来の歴史通り、オルファリアの先祖であるナフリマルフィス族であり、彼の研究を一番側で支えてきた女性であることに間違いなかった。
「ここで幻生獣たちとともに何かやっていたのか。それともまったく関係ないのか?」
僕のひとり言を受け、オルファリアが右袖を引っ張ってくる。
「リル……」
「ん?」
「私は生まれてからそれほどの歳月を生きているわけではありませんが、この場所にザーレントに絡んだ遺跡があるという話は一度も聞いたことがありません。ですので、彼とはまったく関係ないのかも知れません」
「なるほど」
この世界には古代王国以前にも、多くの文明が起こっては消えていったとまことしやかに囁かれている。実際に古代王国よりも古い時代の遺跡も見つかっているぐらいだし。
そう考えると、オルファリアが言うことも一概には否定できなかった。
「とりあえず、後日、入念に調べてみないと何も答えは出なさそうだね」
「そうですね」
僕たちはもう一度、周囲をぐるっと見渡してみたけど、特に壁画とかそれらしいものは何一つ見つけられなかったので、先を急ぐことにした。
この星空のような幻想的な空間には、降りてきた場所とは正反対のところに、上りやすそうな階段状になっている足場ができていた。
とても自然にできたような感じではないそれを、慎重に一歩一歩上っていった。
やがて最上段まで辿り着くと、そこからはやや上り坂となっている半円状の洞窟へと姿が変わっていった。足場もかなり歩きやすく、やはりここが嫌でも人工的に掘り進められた場所だと痛感させられてしまう。
もしかしたら、こちら側の洞窟から最下層の洞までは、誰かが掘削して作り出した人為的な場所で、僕たちが入ってきたあの亀裂だけ、長い歳月かけて自然発生的に切り裂かれた空間だったのかもしれない。
そう思いながらひたすら進んでいたら、やがて、真っ暗闇の前方に、豆粒みたいな光が見えてきた。
「みんな、おそらく出口が見えてきた。多分、大丈夫だとは思うけど、十分注意してて」
「はい」
「わかった」
オルファリアやルードたちが返事をしてくる。僕は一層気を引き締め、確かめるように歩いていった。そして、あと少しで出口というところでそれを目撃した。
「――そこにいるのは誰だっ」
半円状に塗りつぶされた光の中に、壁や地べたに溶け込むような形で、人影のようなものが影絵となって姿を見せた。
精悍さを彷彿とさせる力強い声とともに、その影が立ち上がった。
僕の背後から殺気が湧き上がる中、僕は両手を上げてこう言った。
「僕たちは敵ではありません! 国際指名手配犯ベルゼル・フランデルクと敵対する者です!」
確信めいたものを感じて堂々と言い放った僕に、
「フランデルクだと!?」
光の中に佇んでいた男は、ただ驚きの声を上げるだけだった。
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