表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第四章 廃村遺跡の魔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/67

25.漆黒の狂王1




「おや? これはこれは。よもやこのような寂れた森の中で、俺以外の人間と遭遇するとは思ってもみなかったぞ」


 決して視覚的なものとしては何も見えなかったのに、この石像広場の北側にある廃屋の向こう側から、突如としてどす黒いオーラを漂わせた野太い男の声が木霊した。


 大音声というわけでもなかったのに、あからさまに大気がひび割れたような気がした。周辺の遺跡群が軋み音まで上げている。

 そんな中現れたそいつは漆黒のマントと全身鎧を身にまとい、灰色でボサボサの長い髪を風に舞わせていた。


 僕よりも一回り以上大きいルードですら小さく見えてしまいそうなほどの巨躯が、見る者すべてに威圧感を与えてくる。

 深い皺の刻まれた彫りが深くて浅黒い壮年顔(・・・)と、太い眉の下から覗く鋭い眼光が嘲り笑うような視線を向けてきていた。


 僕は数フェラーム先で立ち止まった大男を見て、緊張に震え上がりそうになってしまった。

 間違いない。こいつだ。ザーレントや古代王国時代の貴族たちが残した遺産や禁書を、そこら中から強奪し続けてきた世界的な大犯罪者。


 禁書に書かれていた秘術を己が身で実験するという、狂人めいた蛮行に出て、醜悪な怪物へと成長していったおぞましい老人(・・)


 ベルゼル・フランデルク。諸悪の根源。

 シュバッソ共々、この僕が倒さなければならない最大級の敵だった。


「ほう……? この俺を見ても怖じ気づかずに敵意の(まなこ)を向けるか。これはいい! 実にいい! その気高き戦士の面構え、褒めてやろう! して、貴様らはいったい何者だ? なぜこのようなところにいる? よもや、奴の手先ではあるまいな。リヒトの犬めの」


 終始バカにしたようにしゃべる大男は両手を広げ、芝居がかった大仰な仕草をして見せた。しかし、その赤褐色の瞳だけは笑っていなかった。


「おい、リル……! まさかこいつなのか? おめえさんが警戒していた奴ってぇのは……!」


 自然とオルファリアや子供たちを庇うように、彼女たちの前へと移動するルード。


「まさかっ……信じられない! どうしてこんな危険な男がこんなところにいるのよっ」


 そう悲鳴にも似た叫びを上げながら、ベネッサもルードの横へと移動し、それぞれいつでも武器を抜けるように臨戦態勢を整えた。

 横目でチラッと一瞥した限り、二人とも見たことがないくらいに表情が強ばり、冷や汗を浮かべていた。


「ひょっとして……二人ともこいつのことを知っていたのか……?」

「知ってるも何も、ギルドの指名手配リストに上がってる最上級賞金首じゃねぇかっ」


 ルードの激高した叫びがすべての合図となった。

 突然、大気が震え、痺れるような感覚が僕の全身に走った。

 剥き出しの茶色い大地が振動し、ミシッと亀裂が走ったような気がした。

 フランデルクの足下が瞬間的に木っ端微塵に粉砕され、自然の摂理に逆らったかのように、そこだけが天へと突風が迸り、細かい石塊や奴が身にまとっていたマントが風になびいて宙を舞った。

 そして止めとばかりに、上方へと掲げられた無骨な両掌の上に、光り輝く雷撃球が形成されていったのである。


「くははは! やはりかっ。やはり貴様らは地を這いずり回るドブネズミの類いであったかっ。ならばこれも何かの縁。俺が手に入れた力の実験体となってもらうぞっ」


 嘲弄と激憤を合わせたような表情を浮かべた全身黒ずくめの巨漢が、叫ぶと同時に両手を前面へと振り下ろすような仕草をして見せた。

 その瞬間、二フェラーム(約三メートル)以上に練り上げられていた巨大な光球が、バチバチと稲光を発しながら、一気に僕たちの元へと飛んできた。


「オルファリアっ。カャトたちを連れて逃げてっ」

「えっ……?」


 僕の叫びにオルファリアの戸惑いの声だけが返ってきた。彼女が避難してくれたかどうか確認している余裕はない。あいつが今放った攻撃は紛れもなく、魔法だったからだ。

 ザーレントが残した『精霊神術を吸収する禁術』と題された禁書を強奪したあいつが、実際に己が身に無理やり無数の精霊神術を植え込んだ末に実用化させた、本来あってはならないあり得ない禁断の力だった。

 あれを喰らったら、命に関わる。

 僕は剣を抜かずに両手を前へとかざし、物凄い勢いで肉薄してきた光球目がけて、体内に宿る精霊力のほとんどを叩き付けていた。


「なんだと!?」


 両掌から放出された巨大な龍のような姿を象った炎が、間一髪間に合い、光球へと炸裂して大爆発を起こした。

 その焼け付くような衝撃の余波で、僕たちだけでなく、フランデルクまでもが後方へと吹っ飛ばされ、大地に叩き付けられていた。


「まさかっ……なんだ今の攻撃は……!? まさか俺と同じく、貴様もザーレントの残した秘術を駆使して、精霊神術を体得したとでも言うのか!?」


 吹っ飛んだとは言え、ほぼ無傷の巨漢は立ち上がりながら驚愕に目を見開いていた。

 僕は至近距離で衝撃波を喰らってしまったことで、皮膚を火傷していた上、大幅に精霊力を失ってしまったから五体満足といかず、ゆらゆらと立ち上がった。そんな僕を同じように立ち上がりながら、後ろにいたオルファリアが支えてくれていた。


 カャトとアーリも、彼女の後ろから顔を出す形となって、じっと前を見つめている。どうやら三人とも無傷のようだったけど、僕の期待に反して、この場から避難してくれていなかったようだ。

 なんとかして時間を稼いで彼女たちを逃がさなければ……。


「あんたが何を言ってるのか知らないけど……僕のこの力は、僕だけのものさ!」


 敢えて僕は素知らぬふりをして、バカにしたように笑ってやった。こうすればきっと、あいつは僕だけを標的に選んでくる。だって、あいつはただ自分の好奇心を満たすためだけに、世界中の遺跡を荒らし回り、手に入れた情報からザーレントのことを知り、彼が残した遺産を使ってこんな馬鹿げたことをし続けてきたのだから。

 つまり。未知の力が目の前にあったら、是が非でも調べ尽くして手に入れなければ気がすまない。そういう男だった。

 案の定、フランデルクは長剣を引き抜いた僕に狂喜した。


「素晴らしい! なんという僥倖! やはり、転落死させたリヒトの犬めのあとを追って、この森に侵入した甲斐があったというものよ!」

「え……? 転落死だって……? 転落死って、いったいなんのことだよっ……リヒトの犬っていったい誰のことだ!?」


 奴の発した言葉に、僕は思い切り反応してしまった。どっと嫌な汗が噴き出してきた。

 フランデルクが関係しているリヒト・シュテルツ王国の人間なんて、どう考えても一人しか思い当たらなかったからだ。

 それなのに、それを転落死させただって?

 もしそれが事実なら……。

 しかし、そんな僕の問いに奴が答えるはずがなかった。


「これ以上の問答は無用。小僧っ。その力、この(わし)がすべて吸収してくれるわっ」


 そう叫んで、再度、掌から光球を生じさせる。僕は慌てて背後を振り返った。


「オルファリア! 君たちはすぐに逃げてっ。ここは僕たちが抑え込むからっ――ルードっ、ベネッサっ。あいつをなんとしてでも止めてくれっ」

「無茶を言うっ。あいつは賞金首の中でも最上位に位置している化け物だぞ!」

「まったくっ。本当に、なんでこんなことになったのかしらっ……」


 叫びつつも、二人は既に愛用の大剣や曲刀を手にしていて、すぐさまフランデルクへと駆けていった。

 たちまち僕が割り込めないほどの激しい攻防が繰り広げられ始める。


 あれだけ修行してきたというのに、今の僕よりも遙かに力強くて素早い剣撃が、漆黒の全身鎧をまとった巨漢へと縦横無尽に炸裂した。


 しかし、そんな二人の攻撃をまるで嘲笑うかのように、フランデルクは両手に光らせた巨大な光球を盾のように器用に使い、すべてを防いでいた。


 浅黒くて皺の深いその厳つい顔には、余裕の笑みすら浮かんでいる。やはり、あの男は一筋縄ではいかないようだ。本来の歴史かそれ以上に凶悪な強さを誇っている。おそらくこのまま戦っても、あの二人だけじゃ押し負けて、僕たちは全員、(なぶ)り殺しにされてしまうだろう。


 僕は痛む身体に鞭打って、一歩前進した。すぐにでも加勢してあの男を抹殺するなり、引かせるなりしないと、僕たちに明日はない。

 そう思って、全身の血をたぎらせたのに、僕を支えるようにしていたオルファリアはまったく逃げる素振りを見せなかった。

 僕の胸に痛みを伴う苦しみだけが際限なく溢れかえってきた。


「オルファリア……。お願いだから、カャトたちを連れて早く、安全な場所へ……」

「ですが……その身体では……。それに、私は……」


 表情を曇らせる彼女が何を言いたかったのか、僕には痛いほどよくわかった。この期に及んで彼女はなおも、殺し合いを拒絶し、行動に迷いを生じさせている。その結果、もしかしたら自分が死ぬかもしれないというのに。

 僕はそんな彼女を見ていたら、どうしても言わずにはおれなかった。


「オルファリア……僕はね……僕がこの森に来たのは、すべて君を守るためだったんだ……」

「え……?」


 ほとんど無意識に出た台詞だったけど、胸にたまった苦しい思いは、口を塞ぐことをよしとしなかった。


「君を守るためだけに僕はこの森まで足を運んできたんだ。もちろん、君だけじゃない。僕は君たち全員を守りたい。そのためなら僕は、たとえ君に嫌われることになったとしても、修羅の道を選んであいつを倒す。だから、すまないけど、安全な場所まで避難していて欲しい」


 じっと見つめる僕に、オルファリアは始め動揺したように瞳を揺り動かしていたけど、最後は目を伏せ、ぱぁと、いきなり全身から淡い光を放出させ始めた。

 揺れ動く白金色の綺麗な髪が左右へと広がり、彼女の後背には虹色の輝きすら浮かんで見えた。そして、淡く白色に光る全身の輝きが一層強くなったと思ったとき、僕の身体からはすべての苦痛や疲れが消えてなくなっていた。

 そして、


「にぃに! アーリもやる!」


 そう言って、身体の小さな少女が僕の身体に触れた瞬間、得体のしれない猛り狂う力が全身から漲ってきた。筋肉が膨張し、血管が浮き出てくるような、そんな感覚すら覚えた。

 僕は呆然と彼女たちを見ながらも、「そういえばそうだった」と、すべてを悟っていた。

 アーリは天界六精霊神魔法フィアレスティ・イン・カーレントでいうところの、『混沌』に系譜される身体強化と弱体が使える。そしてオルファリアに至っては……。


「リル……気を付けて」


 疲労感を漂わせるオルファリアが、謎めいた、苦しげな表情で声をかけてくる。

 僕は小さな二人の子供たちが左右で彼女を支えているのを見ながら、


「すぐに終わらせる! だからみんなは避難しているんだっ」


 そう叫んで駆け出した。

 争い事のすべてを拒絶していた彼女が、僕の思いに応えて身を引いてくれた。

 明日に未来を繋げるための争いを、今回だけは受け入れてくれた。だったら、あとはもう何も考えずに奴を倒すだけだ。

 僕はオルファリアたちにもらった勇気を胸に、宿敵との距離を一気に詰めると、こいつらを打倒するためだけに調達した長剣を力強く振り下ろした。


「フランデルクっ」

「来たか、小僧っ。待っていたぞっ」


 後方左右からルードとベネッサ、正面から僕がほぼ同時に剣を振り下ろしたけど、それでもフランデルクは狂喜乱舞するだけ。奴は更にもう一つ、頭上に巨大な光球を発生させて僕たちへと叩き付けてきた。


「くそがっ」

「きゃぁ~!」


 剣を盾にして、身体への直接的な被害は食い止めたようだったけど、それでも爆発したその余波で思いっ切り吹っ飛ばされてしまうルードとベネッサ。


 僕の方は接触する寸前で炎龍を放出して光球を天へと弾き飛ばしていたから、かろうじて難を逃れていたけど、それでも最後に作られた特大の光球が相手だったから、弾け飛んだ光の球が上空で大爆発して火の粉が花火のように舞い散った。


 降り注ぐそれらによって、僕もフランデルクも双方ともに、皮膚や鎧を焼いてジュッと嫌な音がした。

 眼前の男はそれでも怯まない。むしろ、時間が経てば経つほど、戦闘狂のような愉悦に歪んだ表情に面貌を染め上げていくだけだった。


「素晴らしい! なんという凄まじき力よっ。これが人のなせる技か? いいや違うな。貴様は俺と同じ、すべてを超越せし存在へと進化したのだ!」

「は? 進化だって? お前はさっきから何を言ってるんだ! 僕の力は、お前のような道楽の果てに生み出されたような、呪われた力じゃないっ。ファー姉さんやオルファリアや、アーリがくれた、大切でかけがえのない贈り物なんだよっ。それをっ、人殺しで手に入れた狂人のまがいものと一緒にするなっ」


 次から次へと繰り出す一撃は、本当に僕のものとは思えないほどの速さと重さを秘めていた。


 これまでいろんな経験を積んできて、相当強くなったとは思っていたけど、僕が密かに目標としていた世界的な大英雄、メルキラントには到底足下にも及ばないし、それどころか、ベテラン冒険者であるルードやベネッサにすら届かなかった。


 しかし、今この瞬間の僕は違っていた。精霊神術には複雑な概念があるから仕組みはわからないけど、アーリに強化してもらった僕の筋力と速度は尋常ではなかった。


 そして、オルファリアが施してくれたあの力。自らの命を犠牲として、他者の身体を癒やす『平安』という系譜に類されるあの力によって、傷が癒えただけでなく、身体中の精霊力が活性化されていた。


 それが、潜在能力以上の力を一時的に引き出してくれている。今だったら、もしかしたら勝てるかもしれない。圧倒的な力量の差を見せつけられて、引かせるだけで手一杯なんじゃないかと思ったけど、今だったら。


 次第に速さを増していく僕の剣撃に、さすがにフランデルクも表情から笑みが消えていた。両手に生じさせた光球すら、僕が剣にまとわせた精霊神術の炎によって、まるで丸い氷が削られていくかのように、どんどん小さくなっていった。終いには奴の手の中で爆発して、大男が大きく体勢を崩した。


「そこだぁっ」


 僕はすべての力を剣に乗せ、後ろに倒れかかったフランデルクの胸目がけて思い切り長剣を突き入れた。

 しかし、確かな手応えがあったにもかかわらず、何かが弾け飛ぶような共鳴音が鳴り響くだけだった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ