24.廃村遺跡で待つ真実
山道の終わりには一目で遺跡とわかるような、石で作られた巨大な門が立っていた。
道の両端から天に向かって二本の石柱が立ち、その柱の上に寝かせるように、もう一本、石柱がはめ込まれていた。
そんな遺跡門を通り抜けてすぐのところに、遙か前方の岩山を背景に、石で作られた塀のようなものが建てられていた。
おそらく、かつては家の壁だったであろうそれは、すっかり瓦解してしまっていて、遺跡入口側の壁だけを残して、他の三辺は基礎部分だけとなっていた。
先行して遺跡の中に入った僕とルードは、その壁に身体を隠すようにして奥の様子を窺っていたけど、やはり、入口付近で感じた通り、人の気配はまるで感じられなかった。
「おかしい……本当はここであいつと遭遇するはずだったんだけど……」
これまでに数多くの犯罪を繰り返してきて、そのたびにおかしな力を身に付けてきた結果、怪物じみた力を手に入れた狂人。あとで起こるはずの大惨事の元凶となる諸悪の根源。
本来であれば、そんな怪物とこの遺跡入ってすぐのところで遭遇するはずだったのに、目の届く範囲内に奴の姿はどこにも見当たらなかった。
「リル。おめえさんが危惧してる奴っていうのは、敵でいいんだよな?」
「うん。だけど、いると思ってたんだけど、どこにも見当たらないんだよね」
僕は引き抜いていた長剣を鞘に収めると、後方を振り返って合図を送った。それを見たオルファリアたちがゆっくりと近寄ってくる。
「なんだかよくわからねぇが、おめえさんは魔法だかって力も持ってるし、普通じゃねぇからいろいろ訳ありなんだろうってことは、なんとなく理解しちゃいるが、いつか詳しい事情とやらを説明してくれるときは来るんだよな?」
大剣を鞘に収めたルードに、僕は一瞬返事に困ったけど、
「……話せるときが来たら話すよ」
それだけを返すにとどめた。
多分、本当のことを言っても、この人たちだったら受け入れてくれるような気がする。僕が未来の歴史を知っていると話したとしても、変な目では見られないだろう。何しろ、既に魔法のことがバレているのに、普通に接してくれているし。
「とにかくだ。ひとまず安全は確認できたが、気は引き締めといた方がいいだろうな――ベネッサ」
「うん? 何かしら?」
「嬢ちゃんたちの護衛、任せたぞ」
「わかったわ。注意しておく」
色っぽいお姉さんが緊張感も露わにそう応じたけど、そのあとすぐ、場違いなまでに子供たちの元気な声が上がった。
「もし悪い奴らが来たら、今度はおいらたちがぶっ飛ばしてやるから、大丈夫だよっ」
「なのです! アーリたちが退治してあげるのです!」
ベネッサとオルファリアの間に挟まれるように立っていたカャトとアーリが、眉をキリッとさせて、得意げに胸を叩いた。
その姿に僕とルードは想わずニヤけてしまったけど、オルファリアだけは違った。
「ダメって言ってるでしょう? 相手が悪い人でも、無闇に攻撃してはいけません」
しゃがんで静かに、だけど鋭く叱責する彼女に、二人の子供たちは、
「なんでだよっ」
「なんでですかっ?」
頬を膨らませて猛抗議するのだった。
「なんででもです」
「「ぷく~~!」」
地団駄踏んでブーブー言っている子供たちを眺めながら、
「とりあえず、調べてみるか」
駄々をこね始めたカャトたちが落ち着くまで待っていたら、夜になってしまう。そう言いたげに、ルードが先を促すように声を発した。
「そうだね。僕たちは奥を見てくるから、みんなは十分周囲に気を付けて、この辺を調査してて」
「わかりました」
僕の言葉に、しゃがんだ姿勢のまま顔を上げたオルファリアが応えてくる。それに微笑み返してから、僕はふと、遺跡入口の外から見て右手側の岩山へ視線を投げた。
遺跡の突き当たりは、たくさんの樹木が生えた林のようになっていたけど、丁度その樹林に隠れるようにして、岩壁に亀裂のようなものができていた。
「あれか……あの人がいる鍾乳洞窟は」
僕は誰に言うでもなく一人呟いた。
あの人と合流するだけなら今すぐにあの穴の奥へと行けばいいんだけど、怪物がこの場にいないなら、その前に遺跡を調べておきたかった。もしかしたらここに、僕が知らない変わってしまった歴史に関する情報が眠っているかもしれないから。
そんなわけで僕は左手側の遺跡奥へと歩いていった。
廃村遺跡は北から南東にかけて岩山が連なっていて、そこから西側の崖までが大体百フェラーム(約百四十メートル)ほどはあろうかという広さとなっていた。
遺跡群も事前情報によると何もないということだったけど、それなりには残っていた。遺跡入口にあった壁のような石壁がそこらに残っており、それが丁度、遺跡北西側の最奥部が見えなくなるような障害物の壁みたいになっている。
家々は完全に瓦礫と化しているものもあれば、四方の壁がすべて残っているものもあった。しかし、ある程度原形をとどめているその家屋の中を用心深く覗いてみたけど、案の定、かつては家の一部だっただろう石材が風化して、砂のようになっているだけだった。
他の遺跡群も似たようなもので、めぼしいものは何もなかった。ただ、そんな廃村遺跡だったけど、建築物跡に囲まれるようにして、遺跡中央のかつては広場だっただろう場所に、意味ありげな石像が建てられていた。
おそらく三フェラーム(約四メートル)ほどの高さの巨大な像。
意匠の凝らした丸い台座の上に立つ一人の女性。
腰までの長い髪と、足首までのドレスのような服を身に付けた姿。手は胸前で組まれ、天に祈りを捧げるような格好となっていた。
僕はその石像を見上げ、思わず息を飲んでしまった。
「オルファリア……」
そう。その石像はまるで、オルファリアそのものだったからだ。
大分風化していたし、顔の造形も石像だからあまり精巧には作られていなかったけど、それでもそう思えてしまうのはひとえに、全体的な輪郭が彼女に瓜二つだったからだ。
唯一違うところと言えば、背中から生えた巨大な翼だけ。
初めて出会った森の中で見た彼女の背中には光の翼のようなものがあったけど、それ以降、その背に翼が現出することは一度もなかった。
そんな幻の翼がこの石像には生えている。
自身の身体を包み込むように、身体の前面へと広がる形で。鳥の翼のようなそれが。
「なんか、天使みたいな像だな」
一人圧倒されて立ち尽くしていたら、別の場所を調べていたルードもこの像に気が付いたようで、近寄ってきた。
「そうだね。それに、台座になんか書いてあるね」
石像が乗っている台座には、読めない文字で何かが記されていた。おそらく、古代文字か幻生獣が使っている文字か何かだろう。
古代文字が読めるオルファリアだったら、なんて書いてあるかわかるはず。
「ルード、ちょっとみんなを呼んでくるからここで待ってて」
「わかった。だが、くれぐれも気を付けていけよ。なんか、先程から妙に肌がピリつく異様な感覚がそこかしこから飛んできている。これほどの狂気を感じるのは生まれて初めてかもしれねぇ」
そう話すルードの顔には、珍しく余裕のない緊張の色が浮かんでいた。
僕はそんな大男の顔を見て、無性に寒々しい気分となった。嫌でもあいつの存在が脳裏をよぎって、胸が締め上げられそうになる。
それでも僕は無理やりそれを払拭して、オルファリアたちの元へと走っていった。そして、彼女たちを連れて戻ってくると、台座のところを指さした。
「これなんだけど、わかるかい?」
僕はオルファリアに尋ねながらも、ルード同様、鋭い視線を周囲へ彷徨わせた。
「……あぁ、この古代文字ですね。以前来たときにも何度か目にしたことがあります」
「なんて書いてあるんだ?」
「はい。ここにはこう記されています。『我らが偉大なる女王であり始祖、アルメリッサ』と」
「アルメリッサだと?」
静かに告げたオルファリアに、ルードが眉間に皺を寄せた。
「はい。そう書かれています。おそらくこの像は、かつてこの地を支配していた古代王国の貴族、ザーレントの妻だった女性の姿を模したものではないでしょうか。女王という呼称やアルメリッサという名前は彼女のことを指していますから」
そう言って、オルファリアはどこか憧憬を込めたようなよくわからない表情で、石像の顔部分を仰ぎ見るようにした。そんな彼女にベネッサが不思議そうに口を開く。
「だけれど、アルメリッサってザーレントという貴族の妻だった人よね? それなのに、どうしてこの像には翼が生えているの? おかしくないかしら? もしかして、古代王国時代、ここに住んでいた人たちは、彼女のことを天使か何かと解釈して崇拝していたってこと?」
狐につままれたような顔をする彼女に、オルファリアはきょとんとした。
「えっと……お話ししていませんでしたか? かつてこの地に住んでいた人間はただ一人、ザーレントだけだったと言われているんです。ですので、ここには他に人間は誰も住んでいませんでした。いたのはただ、私たちの祖先である幻生獣だけ」
凜とした響きを伴う声色に、廃村遺跡に漂う空気がひんやりとしたような気がした。
ルードとベネッサは互いに顔を見合わせ、あることに気が付いたように「まさか」という顔をした。
「お、おい、まさか……」
「ひょっとして、アルメリッサという女性の正体は――」
しかし、その声は最後まで続かなかった。
突如、強烈な殺気が遺跡の奥から吹き荒れてきたからだ。
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