23.報われない想い
翌早朝。
僕たちは昨夜、深夜過ぎてから雑魚寝した関係で、浅い眠りの中、目を覚ました。
一応、ザクレフさんのご厚意で、普段彼が使っている寝室を女性陣とちびっ子たちに提供してもらえたので、それ以外の僕たち男三人はテーブルのある部屋で眠りについた。
お世辞にも快適とは言えなかったけど、屋外で野宿するよりはマシだった。
その後、ザクレフさんが用意してくれた食材や、僕たちが携行してきた食料を使って、軽く調理をして朝食をすませたあと、扉の外で僕たちを見送ってくれたザクレフさんに挨拶をして早々に出発した。
目的地は廃村遺跡。
かつてこの森には現在の幻生獣の村とは別に、北の険しい岩山近辺に彼らの先祖が住んでいた村落があったらしく、それが今では遺跡となって残っているのだそうだ。
僕たちが今から向かう場所はそんな曰く付きの場所。
そして、あいつがいるかもしれない場所。本来であれば絶対に行きたくない場所だったけど、そうも言ってられない事情がある。
あの化け物じみた怪物を排除するためにはどうしても、あと一人、戦力となってくれる人を仲間にしておきたかったからだ。
――フォルファー・アーシュバイツ。北のリヒト・シュテルツ王国の影に当たる特殊部隊、聖天使の雷騎士団団長という要職に就く三十代半ばの男だった。
この森でよからぬことを企んでいるすべての元凶と因縁浅からぬ存在で、とても心強い味方となってくれる人だった。
今の僕たちの実力でも、もしかしたらあいつに勝てるかもしれないけど、万が一ということもある。
万全の態勢で挑まなければ、シュバッソではなくあいつに僕たちは全滅させられてしまうかもしれない。そんなこと、あってはならなかった。
ただ、皮肉なもので、あの騎士団長がいる場所って、あの怪物がいるかもしれない廃村遺跡の更に奥に行った鍾乳洞窟の向こう側なんだよな。
合流する前にあいつと遭遇する可能性だって高いから、そこが問題だった――まぁ、あくまでも本来の歴史通りであれば、だけど。
石碑でのこともあるし、もし歴史が変わっていたり、何かしらの記憶違いがあったりした場合、もしかしたらあの怪物だけでなく、騎士団長の方もいないかもしれない。行ってみなければ何も始まらない。本当に歯がゆい状態だった。
「にしても、まだ夏だって言うのに、朝は結構冷えるな」
殿を務めてくれていたルードが後方からぼそっと呟いた。
「そうだね」
彼の声に応じて、僕は周囲を眺めた。廃村遺跡へと続く森の中の獣道は、白い靄に包まれていた。
道の先や左右の樹林も薄らと白みがかっていて、どこか幻想的ですらある。
しっかりと一歩一歩確かめるように慎重に歩いていかないと、石や太い木の根っこにつまずいて転びかねない。
それだけならまだしも、今のところ危険な生物とは遭遇していないけど、あの怪物やシュバッソらとは別に、この世界には魔獣と呼べる凶悪な生物がそこかしこに生息している。
そういった連中が飛び出してこないとも限らない。警戒するに越したことはなかった。
「ねぇ、オルファリア。遺跡まではどのくらい歩くのかしら?」
ザクレフさんの小屋を出てから一時ほど歩いた頃、先頭を行くオルファリアやカャトたちの後ろを歩いていたベネッサが、唐突に声を発していた。
「そうですね。お昼頃には到着すると思います」
「お昼ってことはまだまだ歩かないといけないってことね」
「そうなりますね。遺跡は岩山の中腹辺りを平らに削って作られたらしいので、途中から少し、上り坂となります。遺跡自体はまともな状態の建物はほとんど残っていません。開けた場所にいくつか建築物跡が見られる程度となっています」
後ろを振り向いて静かに答える彼女に、ベネッサが続ける。
「なるほど。そうなると、あまりめぼしい手がかりは見つからないかもしれないわね」
「かもしれませんね。私たちも、何度もあそこには足を運んで、既に調べ尽くしていますから」
二人はそんなことを話しながらも、そのあとも世間話を交えて会話し続けた。
オルファリアの左右を固めるちびっ子二人も、何やらキャッキャしながらにこやかに歩いている。その姿はさながら遠足か何かを彷彿とさせられ、非常に和やかな雰囲気そのものだった。
思わず、ここが死と隣り合わせにある人喰いの森だということを忘れてしまいそうだった。
綺麗なお姉さんに連れられ、楽しそうに歩く二人の子供たち。とても絵になる姿だったけど、儚げな微笑みを浮かべるオルファリアの可憐な横顔を見つめていたら、妙に胸が痛くなった。
僕は彼女を救うためだけにこれまでがんばってきたといっても過言ではない。そして、ずっと恋い焦がれ続けてきた彼女と、あわよくば仲良くなれたらいいなと思っていたのも事実だ。だけど、それがあまりにも矛盾した思いだと、例の一件で気が付いてしまった。
彼女を守るためには敵をすべて滅ぼさなければならないというのに、それをすると、高確率で、争い事が嫌いな彼女に畜生以下だと思われ、嫌われてしまうだろう。
しかも、このあと待っているであろうあいつとの遭遇戦を考えると、ね。それこそ、本当に嫌われるのを覚悟で、全力で攻撃しなければ間違いなく命に関わってくる。
昨夜、覚悟は決めたはずだけど、やっぱりそれが現実になるかもしれないと思うと、ちょっとね。
「はぁ……」
一人だけ暗い空気を漂わせて溜息を吐いていたら、
「ところでよ、リル」
僕の後ろを歩くルードが、小声で声をかけてきた。
「うん?」
「いや、なんつーかよ、おめえさん、なんで俺の前歩いてるんだ?」
相変わらず小声で話しかけてくる大男。僕は今最も触れて欲しくない部分をつつかれてしまい、思いっ切り焦ってしまった。
「べ、別にいいだろ? 特に意味なんかないし。ただ、ここがいいと思っただけで……」
しどろもどろになっている僕に、ルードは止めの一撃を吐き出す。
「嘘つけ。おめえさん、あの嬢ちゃんのことが好きなんだろ? なのに、まるで避けてるみてぇに俺の前歩きやがって。はっきりと好きって言ってこいよ」
「は、はぁ!? ちょっ、バカっ……何言い出すんだよっ。別に僕はそんなんじゃっ……」
いきなりおかしなことを言い出した大男に、僕は大慌てで切り返したけどこの野郎、ニヤッとし始めた。
「いい、いい! そんな嘘つかなくてもよ。見え見えなんだよ。好き好きオーラが出まくってるぞ? いいねぇ、若いって」
「だから、そんなんじゃないってのっ……」
全身から脂汗たらしながらも、必死になって猛抗議したけど、僕の意見は無視された。
「まぁ、とりあえず、その話はおいとくとしてだ。よくわからねぇが、避けてねぇでさっさと仲直りしてきたらどうだ?」
「だから、余計なお世話だって言ってるんだよっ」
恥ずかしさと、もどかしさで顔を熱くしながら叫ぶ僕。ホント、この人は無神経過ぎる。
それができたら苦労はしないんだよ。
別に僕はひよってるわけじゃないんだ。
何度も言うけど、彼女を守ろうとすればするほど、敵をすべて蹴散らさなければいけないというのに、争い事が嫌いな彼女はそれをよしとしない。
だから彼女を何がなんでも守ろうとしたら、おそらく僕は彼女に受け入れてもらえず、嫌われてしまうだろう。たとえ僕が命の恩人になったとしても。
だったらいっそのこと、最初から彼女には嫌われていた方がいいのではないか。そう思ったら、近寄れなくなってしまっただけだ。
「はぁ……」
この先のことを考えうんざりしていると、すっかり歩みが止まってしまった僕たちに気が付いたらしいベネッサが、
「あなたたち、何してるのよ。おいてっちゃうわよ?」
少し離れたところで立ち止まって、呆れたように声をかけてきた。
「今行くよ!」
すぐに頭を切り替え、足早にあとに続く。そんな僕の背後から、同じように駆け足で近寄ってきたルードが軽く肩に手を置いてきた。
振り返った僕に彼は肩をすくめて笑うだけ。そのときの笑みは……決して嫌じゃなかった。
◇◆◇
オルファリアが事前に予告していた通り、廃村遺跡へと続く道は途中から緩やかな上り坂となり始めた。それに伴い、足場もちゃんとした一本の山道のようなものへと変わっていった。
固い地面が剥き出しとなった茶色の一本道は、人が四、五人、横に並んで歩けそうな広さがあった。
動物たちが生活道として、自然発生的に作り出した獣道でないことだけは明らかだった。おそらく遺跡がまだ村落として機能していた当時から、既に生活道として整備されていたのだろう。
そんな場所をひたすら上へ上へと進んでいくと、やがて左右に広がっていた樹林が山道より下に見えるような高さとなっていった。
道の端から下を覗き込むと、思わず目が眩みそうなほどの高さまで上ってきていることが確認できた。万が一、崖から転落でもしようものなら命はないだろう。
「もう間もなく遺跡に到着します」
進行方向を見上げた山道の先が、遙か上空へとそびえ立つ岩山へと風景が変わってきた頃、オルファリアがそう告げた。
僕の身体に否が応にも緊張が走る。
「みんな、聞いて欲しい」
立ち止まって静かに告げる僕に、何かを感じ取ったのだろう。全員が同じように立ち止まり、一斉に僕を見た。
「もしかしたらだけど、もしかしたらまた、泉で遭遇したシュバッソという男みたいな、おかしな奴がいるかもしれない。あるいは、あいつらそれ自体がうろついているかもしれない。だから、みんな何が起こっても大丈夫なように、準備しておいて欲しい」
なんの気後れもなくまっすぐ見つめる僕に、
「それは、冒険者の勘って奴か?」
ルードもやはり、真剣な眼差しで聞いてくる。
「うん。そんな感じ。あとはあいつらがなんの目的で森にいたのかわからないから、どこにいてもおかしくないと思って」
「なるほど。わかった。まぁ、あの程度の雑魚が相手ならどうってことねぇが、用心に越したことはねぇしな」
「そうだね」
僕はそれだけ答えて、前衛を務めるために、先頭を歩いていたオルファリアの横を通って前へ移動しようとしたのだけど、
「……リル」
怯えや不安といった色に瞳を曇らせたオルファリアが、僕の腕を掴んできた。そして、じっと、何か言いたげに美しい水色の双眸で見つめてくる。
「大丈夫。心配しないで。用心のためだけだから」
僕はそれしか返事できなかった。彼女が何を恐れているのかわかっていたけど、それに決して応えることができないことを理解していたからだ。
もし本当にこの先にあいつがいるのであれば……僕はオルファリアを守るために、そしてこの森で起こるはずの災いを未然に防ぐために、彼女に嫌われる覚悟であいつを全力で排除する。
そう悲壮感漂わせて、僕は黙々と前進した。途中でルードも僕の横へと並び、その後ろをオルファリアと子供たち二人、最後尾をベネッサという陣形で前進した。
しかし、山道の終わりに姿を現した広大な廃村遺跡入口周辺には、人っ子一人存在していなかった。
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