21.魔法とは2
ちびっ子二人がおかしなことを言い出したせいか、ルードとベネッサが見たこともないぐらいぽかんとした。
「ちょっと……言うに事欠いて魔法って……それっておとぎ話でよく出てくるあの魔法のことなの……?」
狐につままれたような顔でアーリを見るベネッサ。
彼女が言うおとぎ話の魔法とは、僕が身に付けた、いわゆる天界六精霊神魔法、通称、精霊神術に似た魔法の力とはまるっきり異なる。
人間以外の不可思議な生き物たちが不可思議な力を行使して、如何にも奇跡に近い現象を起こし、人々を幸せに導いてくれる。あるいは、悪い魔法使いがおかしな力を行使して、人間社会を脅かそうとする。
子供たちを寝かしつけるために創作された、寝物語全般に出てくるそれら謎の力。それこそが、ベネッサが言う魔法の正体だった。
更に、現代社会では、よくわからない謎現象、都合の悪い現象も含めて、それらがおとぎ話で言うところの『魔法』と紐付けられることもあるけど、実際にそんなものが世界に存在していると思っている者は誰もいない。
もしあるとしたら、それは宗教絡みのお話で、彼らが信奉している神々や指導者が、そのような人々を導く神聖な力を持っていると教義に組み込む程度だろう。
だからこそ、ベネッサだけでなく、後ろを歩いていたルードまで首を傾げたのは、別におかしな反応ではない。
「魔法ねぇ……いやまぁ、そう解釈すればすべての辻褄が合うと言えなくもねぇけど、よりによって魔法かよ……」
どこか呆れたような、バカにしたような声音を吐き出す大男。それが不満だったのか。カャトがむっとして地団駄踏んだ。
「大きい兄ちゃんたち! おいらの話全然信じてないだろっ。言っとくけど、リル兄ちゃんだけじゃなくて、おいらたち幻生獣も使えるんだからなっ」
「ちょっ……カャト……!?」
どんどんヒートアップしていくカャトに、僕は大慌てになった。いつかは話さないといけないことだし、バレることだから仕方ないけど、順序というものがある。せっかくうまく誤魔化しながらちょっとずつ説明しようと思っていたのに、すべてが台無しだった。
大暴露大会をおっぱじめてしまったカャトに触発されたように、ベネッサの腕の中にいた猫耳少女まで興奮してぴょんぴょん飛び跳ねた。
「カャトの言う通りなのです! アーリも使えるのです!」
「おうさっ。おいらたちすごいんだっ。おいらはリル兄ちゃんと似たような力で、風の『破壊』魔法が使えるんだよっ」
「アーリは『混沌』魔法が使えるのです! みんなを強くしたり、弱くしたりできるのです!」
「ピューリもちっこいけど、リル兄ちゃんと一緒で炎の『破壊』魔法が使えるんだよっ」
「ピュリリ!」
得意げに早口でまくし立てるちびっ子に応じて、カャトの髪の中で寝ていたピュリロックスのピューリが顔を出して鳴いた。
ルードとベネッサはそんなちびっ子軍団に困惑していたけど、その姿を見て信じてもらえていないと解釈したのだろう。
「大きい兄ちゃんたち! そんなに疑うなら、今から見せてあげるよっ。おいらのすごい力をっ」
カャトは目をキラキラさせながら叫ぶや、すぐさま両腕を上へと掲げた。
「アーリもやるのです!」
ベネッサの左腕に座るように抱きかかえられていたちびっ子も、大暴れして地面へ降りようともがく。
しかしその瞬間、辺り一帯に突風が吹き荒れた。
「な、なんだ……!?」
「いったい何が起こったのよ!?」
前方から突如湧いた強風により、身体が後方へと吹っ飛ばされそうになってしまった。
無理やり地面に降りたアーリまで強風にあおられ転びそうになってしまい、僕は慌ててそれを支えた。
そんな切羽詰まった状態の中、一人だけ突風を意に介さず、得意げにしている者がいた。カャトである。
「へへ~んだっ。どうだい! すごいでしょっ」
腕組みしてニヤニヤしている緑髪の少年だったけど、
「カャトっ。何してるのよっ」
風に飛ばされないよう、慎重に歩きながら近寄ってきたオルファリアによって、彼は後ろからひょいっと抱き上げられてしまった。途端に、風がピタリと止む。
「まさか……本当なのか……? さっきの話……」
呆然とするルードをよそに、
「何度言ったらわかるのっ。勝手にあの力を使ってはいけないって言ってるでしょう!? もしものことがあったらどうするのっ」
これまで聞いたことがないぐらいに鋭くて刺すような、オルファリアの叱責が飛んでいた。彼女は争い事をよしとしない性格をしているから、常日頃から喧嘩や暴力、魔法の使用について厳しく言い聞かせてきたのかもしれない。絶対にダメと。
「そんなこと言ったって、信じてくれないから悪いんだよっ。おいらは何も悪くないもんねっ」
カャトは抱きしめられながらも、舌を出してぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あの……先程は失礼しました……。私たち幻生獣は、幼少期の頃は本当に感情に流されやすいと言いますか、自分を制御できなくて暴走しやすいと言いますか……」
オルファリアはふてくされている少年を抱っこしながら頭を下げてくる。
「い、いや。特に被害もなかったし、その、気にすんな」
「えぇ。そうね。突然のことで驚きはしたけれど、本当にそれだけだし」
ルードとベネッサはそう苦笑で返した。
「そう言ってもらえるとありがたいのですが……」
陰りのある表情をしたまま顔を上げるオルファリアに、僕も笑顔で「気にしなくていいよ」と答えようとしたけど、彼女と思いっ切り目が合ってしまい、意味もなくお互い慌てて目を逸らしてしまった。
再び気まずくなる空気だったけど、それでも、カャトたちの暴走のおかげで、僕に対する疑惑の矛先が逸れてくれたので、なんとか力のこともうやむやにできそうだった。
僕は一人、ほっと胸を撫で下ろし――たんだけど、どうやら考えが甘かったらしい。
「やれやれ……」
ルードが頭をかきながらぼやいたあと、ふと何かを思い出したようにいきなり真顔に戻った。
「ていうか、リルよ」
「ん……?」
「カャトたち幻生獣がおかしな力使えるっていうのはまぁ、実際に見せられちまったし、未知の生物だから納得できるけどよ。だけど、俺たち人間は違うよな?」
「え……? あ……うん。そ、そうだね……」
いつになく厳しい表情を浮かべるルードが何を言い出そうとしているのか理解できず、僕は生唾を飲み込んでしまった。
「よくわからねぇが、普通の人間がカャトたちのような力なんか使えるわけねぇからな。そんな話、今までこれっぽっちも聞いたことがねぇしよ。それなのに、なんでただの人間であるリルがそんなおかしな力使えるんだ? これっておかしくねぇか? ……て、まさかおめえさん――」
そこで探りを入れるように目を細めて、じっと見つめてくるルード。僕は何を言われるかわからなくて、戦々恐々としてしまい、思わず一歩後ずさってしまった。が、
「まさかとは思うが、リル。おめえさん、まさか人間じゃなくて幻生獣だったのか!?」
「へ……?」
予想の斜め上を行く発言に、僕はいろんな意味で呆然となってしまった。
てっきり化け物とか魔者扱いされるかと思っていろいろ覚悟していただけに、思いっ切り拍子抜けしてしまった。しかし、すぐさま否定することを忘れない。
「何言ってんだよっ。そんなわけあるかっ。僕は歴とした人間だし、たまたま、魔法っぽい力が使えただけだよっ」
「あ? そうなのか?」
「そうだよっ」
ぽかんとするルードとは対照的に、僕は興奮し過ぎて肩で荒い息を吐くことになった。
一人ぜぇはぁしていると、
「まぁでも、今回の仕事で随分と世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるってことを、いろんな意味で勉強させられたし、そういうこともあるんじゃない?」
僕たちの成り行きを見守っていたベネッサが、面白そうに笑いながらフォローしてくれる。さすが頼れるお姉様。
「ま、そう言われたらこれ以上何も言えんわな、がははは」
ルードは腰に手を当てあっけらかんとした態度で豪快に笑う。
僕はそんな二人をじと~っと見つめながらも、やっぱりこの人たちはいい人たちだよなと、改めて再認識した。
幻生獣たちのこともそうだけど、おかしな力を使える僕を見ても、まったく差別しないで全面的に受け入れてくれる。
この人たちに出会えて本当によかった。
僕は改めて神に感謝しながら、行軍を再開したみんなのあとを追いかけるように、慌てて最後尾を歩き始めた。
そして、それから一時ほどのち、ようやくの思いでそこへと辿り着いた。
周囲を無数の切り株に囲まれた、少しだけ開けた場所。そこに立っていた丸太小屋に。
「夜分遅くすみません。ザクレフさんはご在宅でしょうか?」
それほど大きくはない小屋に作られた、上下に開閉するタイプの木製窓の隙間から明かりが漏れている。
壁中央に作られた、人一人通るのがやっとという大きさの扉をノックすること数十秒。
「――なんじゃ? こんな時間に……」
家の中から微かに人の声が聞こえてきた。そして、ギギっと木と金属がこすれるような音がしたあとで扉が外側へと開き、一人の老人が顔を覗かせた。
「お久しぶりです、ザクレフさん」
「ん? ……おぉ……誰かと思えば、オル=ファンジェラ・レイリアではないか」
そう声を発した人の好さそうな人族の老人は、扉前にいた彼女を見て破顔するのだった。
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