20.魔法とは1
「なぁ……この雰囲気、なんとかならんか?」
「そんなこと、私に言われてもね……」
薄暗い森の中を歩きながら、僕の後ろを歩いていたルードと、前を歩いていたベネッサの二人が、僕を挟んで困惑げに会話していた。
本当であれば、もう少し泉の石碑付近で休憩するなり野営するなりして、今後のことを話し合うつもりだったんだけど、突如襲いかかってきたシュバッソたちのせいで、大幅に予定を変更せざるを得なくなってしまった。
既に戦闘能力を大分削いでいるから、今更脅威になどなり得ないけど、それでも野盗まがいの危険極まりない連中だ。
一応、あいつらは僕が持つ記憶が確かなら、おそらく冒険者だ。
どこからか古代王国時代の遺物の情報を仕入れ、宝でもあるんじゃないかと踏んで森の中に入ってきたはいいけど、出られなくなってしまったといったところだろう。
どうやって魔の領域を切り抜けてきたのかはわからないけど、ともかく、そんな奴らがうろついている状態で野宿なんかできない。
そんなわけで、僕たちはすっかり暗くなってしまった森の中を、ランタン片手に強行軍していた。
目的地は先刻、石碑の近くでオルファリアが言っていた知人のところだった。それなりに距離もあるようだけど、あんなところで野営するよりはマシということで、無理を押して獣道をひたすら南東へと向かっていたのである。
ただ、そんな僕たちだったけど、シュバッソたちとの一件以来、明らかに雰囲気がおかしくなっていた。
重苦しいというかなんというか。
銃で狙われたカャトは昼寝をしたからか、特に何事もなかったかのようにあっけらかんとした感じではあったんだけど、先頭を歩く肝心のオルファリアが、いつも以上に暗く沈んでいた。
更に、それに追い打ちをかけるように、無意識に彼女から距離を置くように歩いていた僕まで、かつてないほどのどんより雲となっていたのである。
多分、それが余計に気まずい空気を作り出していたんだと思う。
「はぁ……」
誰にも気付かれないようにと、小さく溜息を吐いた。
ここまで僕が暗く沈んでいるのには当然理由がある。
今更悔やんでも仕方ないことだけど、時が経てば経つほど、あの場でシュバッソを仕留め切れなかったことが後悔の念となって重く心にのしかかっていた。
それに、オルファリアが抱える心の闇の問題もある。
それらすべてが漠然と脳裏をよぎって、恐ろしく気が滅入ってしまったのだ。
おそらく、彼女はこれからも、似たようなことが起こるたびに毎回悲しみに暮れ、争い事を拒絶するだろう。
だけど、だからといって、あいつらと仲良くすることなんかできない。
特にあのシュバッソという男は人間至上主義だ。よくわからないけど、魔獣や魔者を目の仇にしているし、ただひたすらに化け物呼ばわりして殺すことしか考えていない。
そんな奴と和解なんかできるはずがない。ほっといたら命に関わる。
だから奴らと遭遇したら必ず戦闘に発展するし、場合によっては排除する必要が出てくるだろう。しかしそのとき、止めようとする彼女の手を振り解いてあいつを殺そうものなら、おそらく僕は嫌悪の対象となって嫌われてしまうはずだ。
それだけでなく、きっと、彼女自身も深く傷ついてしまうに違いない。
過去に受けた心の傷は、どうやら相当根深いものがあるらしいから。
目の前で誰かが傷つき倒れる姿なんて見ようものなら、一生立ち直れなくなってしまうかもしれない。たとえそれが敵であったとしても。
そのことを考えたら、どうしていいのかわからなくなってしまったのだ。
「はぁ……」
僕はもう一度溜息を吐きながら、先頭を歩くオルファリアのもの悲しげな背中を、ぼ~っと眺めた。
狂気に犯されたようにあいつを攻撃していた僕のことを、彼女はいったいどんな目で見ていたんだろうか。
やっぱり、殺し合いが好きな他の人間たちと同じように、僕のことを畜生野郎と判断し、軽蔑の眼差しで見ていたんだろうか?
もしそうだとしたら、悲し過ぎる。ずっと会いたくて、彼女を守ることだけを考えて生きてきたというのに、それをすると嫌われてしまうとか。
いっそのこと、今後のこともあるし、いったん、オルファリアたちを村に帰すという選択肢もなくはないんだろうけど、多分、彼女は受け入れないだろうな。
結構頑固なところもあるみたいだし、族長に任された仕事を途中でほっぽり出すなんてしないはずだ。それに多分、彼女が同行しているのには別の理由もあるはず。族長から指示されて、僕たちのお目付役として付き従っている部分もあるんだと思う。
となるとやはり、最後の手段として、僕が知っている本来の歴史のことすべてをぶちまけてしまうという方法しかないのかもしれない。
おそらく、オルファリアだけでなく、ルードもベネッサも本当のことを話したとしても、僕を変人扱いはしないと思う。ただ、どこまでそれを信じてくれるかわからないし、何より、信じて破滅の未来の対策を講じたがゆえに、思い切り違う物語の流れになったら、何が起こるか想像できない。
僕にはそれが怖かったのだ。
「はぁ……」
うだうだ考えていたら、思いっ切り溜息を吐いてしまった。それが耳に入ったのだろう。殿を努めて後方を警戒してくれていたルードが、突然、僕の背中を叩いてきた。
「いってぇっ……」
鎧を着ているというのに結構な衝撃が走るとか、とんでもない馬鹿力だった。
「しっかりしろ! 何をふ抜けてやがる。おめえさんは別に何も悪くねぇだろうがよ」
「……それはまぁ、そうなんだけど、なんか釈然としなくてね……」
「まぁ、確かに奴らが何もんかわからねぇし、いきなり銃をぶっ放してくるような連中をおいそれと取り逃がしちまった責任はでかいわな」
ど太い腕を胸前で組んでニヤッとする大男に、
「ちょっとっ。傷口開いてどうするのよ」
猫耳少女のアーリを抱っこして歩いていたベネッサが、顔だけ振り返り、すかさず突っ込みを入れてくれた。
「いや、そうだけどよ。もうちょっとうまくできたんじゃねぇかなって思ってな。それこそ、リルが特攻するんじゃなくて、俺らが相手してたら速攻で気絶させて、とっ捕まえられたかもしんねぇし。逆にリルが相手だったとしても、明らかにあの黒髪野郎より実力は上だったんだ。剣じゃなく、体術使ってりゃ、さくっと生け捕りにできたんじゃねぇか?」
どこかばつが悪そうに頬をかいて明後日の方向を見る大男に、僕は余計にげっそりした。
「確かにそうかもしれないけど、あのときはあれしか思い浮かばなかったんだよ……」
それに、僕はあいつを生け捕る気なんかさらさらなかったし。
奴らの正体はわかっていたし、あそこで確実に仕留めておかなければ、あとあと面倒なことになる。
だから、持てる力のすべてを使って排除しようと思ったのに、まさか、庇護しようとしていた相手に邪魔されるとは思ってもみなかった。しかも……。
僕は盗み見るように、前を歩くベネッサの向こう側に視線を投げた。先頭を歩いていたオルファリアは、腰までの長い髪を揺らしながら、隣のカャトと何やら話していたけど、ふと、後ろを一瞥するような素振りを見せ、僕と目が合った。
一瞬、胸が激しい痛みに襲われたけど、知ってか知らずか、彼女は慌てて目を逸らして再び前を向いてしまった。
「……嫌われたかもしれない……」
絶望にも似た思いに駆られ、ぼそっと呟きうなだれる僕。もし効果音が発せられるとしたら、おそらくここで『ガーンッ』とでも鳴るのだろう。
「はぁ……」
そんなことを思いながら一人いじけていると、
「そういやリル、あのときのあれはいったいなんだったんだ?」
唐突に、ルードが聞いてきた。
「え……? あのとき?」
「あぁ。おめぇさん、あの野郎との戦闘中、なんか知らんが剣が燃えてた気がするんだが、まさか油でも仕込んでたのか?」
眉間に皺を寄せる大男の言葉で、ベネッサもあのときのことを思い出したようだ。
「そういえばそんなこともあったわね。私も一瞬、えっ……てなったけど、あれってなんだったの?」
前後から一斉に疑わしげな視線が飛んできて、いたたまれない気持ちにさせられてしまった。
「え、え~っと……」
あれを使えばこうなることは端からわかっていたし、それを承知で魔法を使ったから別に言い逃れするつもりはなかったんだけど、それでも躊躇してしまう。
本来、人間には使えないものだしね。化け物と罵られてもおかしくない。
あいつと戦っている最中はわざと自分が化け物と思われるように仕向けたから、あいつらからそう思われるのは別にいい。そうすることで、オルファリアたちが化け物認定されて本来の歴史同様、執拗に追いかけ回されるのを防げるから。
だけど、それはあくまでもあいつらに限ってのこと。今後も一緒に行動しなければならないルードたちにそう思われると、いろいろやりづらくなってしまう。
本当はもっと派手に最大級の攻撃である炎龍でシュバッソを焼き殺すという手段もあったんだけど、さすがにそれをすると完全に化け物扱いされてしまうので、ああいう攻撃方法を採ったのだ。
ひょっとしたらバレないかなぁと。バレても適当なこと言って誤魔化せるかもしれないし。だけどやっぱり、ちゃんとした説明が必要なようだった。
「えっと、その、あれはなんと言いますか」
どう説明したら二人が納得するか考え言い淀んでいたら、僕たちの話を聞いていたらしいアーリが、ベネッサの首に両腕巻き付けながら、可愛い顔を肩から出した状態で口を開いた。
「アーリ、知ってるのです! あれはせ~れ~りょくを炎に変えて攻撃する魔法なのです!」
「ちょ……アーリ……!?」
得意げに大きな瞳をキラキラさせるアーリが、あまりにも唐突に核心を突く発言をしてきたものだから、思わず面食らってしまった。しかし、それだけでは終わらなかった。
「おいらも知ってるよっ。あの力は『破壊』の力なんだよっ。まさか兄ちゃんが使えると思ってなかったから、本当に驚いちゃったよっ」
そんなことを言って、アーリ同様大きな瞳を好奇心いっぱいに輝かせたカャトが足下に駆け寄ってきた。
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