18.因縁の男1
石碑へと続く道を湖畔側から見て右手側――つまり、北側へと数フェラーム移動した僕たちは、地べたに腰を下ろして、思い思いに持参していた携行食を口に運んでいた。
一応、この森に入る前に立ち寄ったリチノア村で仕入れた乾パンがまだ残っていたので、僕とルード、それからベネッサはそれを食べていたけど、オルファリアたち三人は、彼女たちの村から持ってきたなんらかの干し肉や木の実のようなものを口に入れていた。
カャトの髪の中を安住の地と定めているのか。ネズミとリスをかけ合わせたような見た目のピューリも、むしゃむしゃ肉に食らいついているカャトからお裾分けをもらって、小さな手で掴んで器用に食していた。
「リル、ちょっといいか?」
「ん? どうしたの?」
既に食事をすませ、僕の右隣であぐらをかいていたルードが、渋い顔を浮かべていた。
「結局、魔の領域に関する手がかりは何も掴めなかったんだよな?」
「そうだね。さっきも説明したけど、あの石柱にはかつてこの森に住んでいたとされる、森の女王に関する碑文のようなものが刻まれていただけで、それ以外は特に何もなかったかな。碑文に関しても、魔の領域と関係あるかどうかわからないしね」
「そうか」
「うん。ただ、なんとなくだけど、個人的には魔の領域に関係しているような気もするんだよね。だけど、確たる証拠はどこにもないし、最近起こっている異変に絡んでいるかどうかはちょっとね」
実際問題、あれが魔の領域絡みの建造物かどうかは不明だ。僕が持っている知識にそのことがまったくないからだ。それに、記憶違いの問題もある。
自分の知識や記憶が間違っていないと個人的には信じているけど、本当のところどうなのかは誰にもわからない。なので、はっきりとしたことは何も言えなかった。
「まぁいい。昨日今日であっさりと問題解決できるほど、この人喰いの森の謎が単純だとは思っちゃいねぇしな。だが、それとは別に、鬱陶しい気配がそこかしこから漂ってきてんのが気にいらねぇ」
「鬱陶しい……?」
しかめっ面で湖と反対方向の樹林の中を見つめるルードに代わって、彼の隣で片膝立ちとなり、いつでも臨戦態勢を取れるようにしていた栗色髪のお姉さんが口を開いた。
「あなたも経験したことがあるかもしれないけれど、死と隣り合わせの戦場では時々あるのよ。息苦しい淀んだ空気が漂うことが。そういうときは決まってよくないことが起こるときなの」
言いつつ、ベネッサは地面に寝かせてあった二本の曲刀へと手を伸ばした。曲芸まがいの剣舞を演じられる彼女ならではの剣技、双曲剣。それを可能とする彼女愛用の獲物だった。
「気を引き締めろ、リル。来るぞっ」
そうルードが鋭い声を発して、地面の大剣を両手に握りしめたときだった。
瞬間的にすべての歯車が動き出した。
「カャト……!」
二人が睨みを利かせていた樹林の間から一瞬、何かが赤く光ったかと思った次の刹那、バァンッという甲高い音が辺り一帯に鳴り響いていた。
あまりにも突然のことに、横にいたルードもベネッサも即座に反応できなかった。
僕の左斜め後ろで、仲良く三人並んで座っていたはずのオルファリアたちも、愕然として固まっていた。
だけど、そんな中、僕だけは瞬時に反応していた。
あいつらがカャトを狙って、いきなり襲いかかってくることを前もって知っていたからだ。
僕はルードの警告が発せられた刹那、絶叫しながら小さな男の子の前へと横っ飛びに躍り出ていた。
ガーンッという甲高い音とともに、伸ばした両腕に凄まじい衝撃が走った。
両手に持った金属製の丸盾と、飛んできたそれが激しくぶつかり、身体が吹っ飛ばされそうになってしまった。だけど、なんとか耐え抜いた。
それもこれもすべて、この事態を想定して、鉛の塊を弾き飛ばせるだけの強度を持った頑丈な盾を事前に準備してきたおかげだった。
この石碑を調査すると必ず遭遇するはずのあのクソ野郎は、僕が知る限り、必ずカャトを狙って弾丸をぶっ放してくる。
どこに潜伏しているのかがわからなかったから、それが唯一の懸念点だったけど、それでも、ルードが気付いてくれたおかげで方向を定められた。
ならばあとは、狙われるカャトの盾となって守ればいいだけ。
本当に狙ってくるのか、持ってる盾で防げるのか、本当にヒヤッとさせられたけど、ギリギリなんとかなった。これだったらいけるかもしれない。
ここであいつらを叩ければ、今後起こる悲劇を食い止められるはずだ。
「リルっ」
誰かが銃で撃たれた僕の名前を叫んでいた。
しかし、それが誰の声なのか確認している余裕はない。
僕は呆然としているカャトの無事な姿だけを確認すると、痛む身体に鞭打ち、すぐさま立ち上がって腰の剣を引き抜いた。盾同様、この森に来るためだけに調達した、かなり強靭な鋼で鍛え上げられた一級品の剣。
冒険稼業で手に入れた路銀のほとんどをつぎ込んで、このときのためだけに用意した愛用の武器だった。
「ルード! ベネッサ! オルファリアたちを何がなんでも守ってくれっ」
僕は剣だけ持って、全速力で弾丸が飛んできた方向へと駆け抜けていった。第二射を放たれたら守れるかどうかわからない。
「おい、バカっ。何やってんだ!」
「リル!」
すかさずルードとベネッサの大音声が轟いたけど、無視した。彼らだったら余裕でオルファリアたちを守れるはず。そのために、ここへ二人を連れ込んだのだから。
「お前らぁ~~!」
無意識のうちに湧き上がってきた怒りに我を忘れそうになりながら、思わず叫んでいた。
事前にこうなることはわかっていたけど、それでもやっぱり、実際に目の前で攻撃されたら怒りたくもなる。しかも、奴らは僕が知る歴史と同じように、本当にカャトを狙ってきたのだ。その上、あのクソ野郎は――
そこまで考えたとき、僕の脳裏にはとある映像が浮かび上がっていた。
長銃ぶっ放してカャトを血塗れにし、それに飽き足らず、最終局面であいつは罵詈雑言浴びせながらオルファリアを……!
――あいつがカャトに大怪我させた。あいつがオルファリアを殺した!
頭の中に浮かび上がったもう一つの現実との境界線が曖昧となり、僕の理性が吹き飛ばされそうになっていた。
際限なく猛り狂う怒りに翻弄されながら、弾丸の発射地点へと一気に距離を詰める。
そして、あと少しで森の中というところまで迫ったときだった。
「ちぃっ、当たらなかっただと!?」
「シュバッソ! お前いきなり何ぶっ放してんだよっ」
「そうよっ。本当にいつもいつも! 頭おかしいんじゃないの!?」
突然、三つの叫びとともに、森の中から飛び出してきた者たちがいた。
黒金色の髪の男と、金髪の男女が一人ずつ。合計三人の冒険者風の若者たちが、それぞれに長剣や長銃、長槍や鉄鞭などを手にして素早く動き始めた。
「うるせぇっ、役立たず兄妹どもがっ。食いもんが欲しいなら、お前らはあっちのクソどもを攻撃しろ! 俺はこっちの――」
長銃と長剣を手にした黒金色の髪の青年が、金髪の男女に指示を出そうとしたけど、
「させるかよっ」
あのシュバッソと呼ばれたクソ野郎が最後まで言い切る前に、奴の前に躍り出た僕が、上段から剣を振り下ろしていた。
「くそがっ」
鋭い眼光を前髪の間から覗かせた宿敵が、焦ったように絶叫し、右手に握りしめた長剣で僕の攻撃を防ごうとした。しかし、そんな中途半端な防御で防ぎ切れるはずがない。
「バカなっ……」
ガキンという破砕音とともにシュバッソの剣が真っ二つにへし折れていた。
奴はそれでもギリギリの間合いで瞬間的に後方へと飛び退いたから、僕の攻撃で血飛沫上げることはなかったけど、それもすべてお見通しだった。
僕は態勢を低くし、全身の血をたぎらせた。
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