16.嵐の前の一悶着
日の光も大分傾き、空は大分銅色に染まり始めていた。もう間もなく、この人喰いと呼ばれるオルクウェールの森にも夜の帳が下りるだろう。
「ねぇ、姉ちゃん。いったいどこまで行くのさ」
丈の長い草木や太い樹林に左右を挟まれながら、僕たちはひたすら獣道を行軍してしていた。そんな中、先頭を歩いていたオルファリアの左右を固めるようにしていた子供たちのうち、右手側のカャトが突然声を発した。
「先程も話したでしょう? 北の石碑よ」
「石碑っていうと、泉のど真ん中にある、あのでっかくて細長い石のこと?」
「そうよ」
「うへぇ~……あそこメチャクチャ遠いじゃん! ホントにあんなとこまで行くの?」
「行くわよ――もう、だから言ったのに。遠出するから付いて来ちゃダメって」
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃん! おいら、兄ちゃんたちのお手伝いするって決めたんだし!」
「もう……なんでいきなりそんなこと考えたのか知らないけれど、付いてくるって決めたのなら、文句は言わないようにね」
「ぶ~~!」
緑色の髪の小人は頭の後ろで手を組むと、口を尖らせ右手方向をつまらなさそうに見つめた。背中にしょった箱形の革製鞄がその反動で揺れ動く。
対して、オルファリアのスカートを掴みながら左側を歩いていた猫耳少女が、時折チラッと、三人のあとに続く形で歩いていた僕へと視線を投げてきた。
それが何度か続いて視線が合ったとき、何を思ったのか、突然彼女はオルファリアのスカートを離すと、立ち止まって振り返ってきた。
「ん? どうしたの?」
必然的に僕は歩みを止めることになり、すぐ足下でじっと僕の顔を下から眺めてくるアーリを見下ろした。
彼女は大きな碧い瞳をしばらくぱっちりと開けたまま僕を見つめていたけど、おもむろに両手を上へと伸ばしてくる。
「リルにぃに! だっこ、だっこ!」
「え……」
彼女の行動が理解できなくてただ見つめるだけだったからか、アーリは頬を膨らませながらぴょんぴょん飛び跳ねてきた。
「だっこ、だっこ!」
「い、いや、あの。抱っこって……」
「だっこしてぇ~! アーリは疲れたのです~!」
そんなことを言って、我慢も限界とばかりに僕の服やら鎧やらを掴んで、よじ登ろうとしてくる。
「ちょ、ちょっと! わかった、わかったから引っ張らないで!」
見た目はふさふさの猫耳と尻尾を生やした人間社会には絶対にいないような女の子だったけど、その言動は明らかに四歳児とかそのぐらいの幼女そのものだった。
僕は子供の扱いに慣れていなかったからどうしていいかわからず、根負けして仕方なく猫耳少女を抱っこしてあげた。
アーリもカャト同様四角い鞄を背中にしょっているし、僕の腰程度の身長はあったから、それなりの重量が両腕にかかってくる。おまけに僕自身も背中に荷物しょってたり、左腕に小型の丸い盾、腰に長剣や短剣を差していたり、鎧着てたりするから、結構な重量感だった。
ただそれでも、幼少の頃から足腰をかなり鍛えていたから、多分、アーリ一人ぐらい抱えながらでも普通に剣を振るって戦闘ぐらいはできそうだった。
「リルにぃに、好き~!」
彼女は嬉しそうに腕の中でキャッキャし、僕の首に両腕巻き付けながら頬釣りまでしてきた。
肩までの長さの白銀色した髪や、ふさふさの耳が顔やら首やらに触れ、恐ろしくくすぐったい。おまけに時々ぺちぺちと、長くてふさふさの尻尾が腕に当たるせいか、大型の犬猫を抱っこしているような気分になってしまった。
「ちょっと、アーリっ……ダメでしょう! リルにそんなことお願いしたら!」
猫耳少女の突然の言動に、明らかにオルファリアが動揺し、慌てて僕からアーリを引き剥がそうとする。
「や~~~! アーリはリルにぃにに抱っこしてもらうのです~~!」
オルファリアが引っぺがそうとすればするほど、眉を吊り上げた愛らしい少女の腕が僕の首にぎゅ~ぎゅ~絡みついてきて、窒息しそうになる。しかも、止めとばかりに、
「ずっりぃ~~! アーリばっかり、ずっりぃ~! おいらもリル兄ちゃんにおんぶしてもらうっ」
「な……ちょっと、カャトまで!」
顔を真っ赤にして地団駄踏み始めた小人少年をすかさずオルファリアが諫めるけど、まるで意に介さず。
カャトは大地を蹴って、思い切り僕の肩の上へと飛び乗ってきた。
「うお~~! すごい眺め! 人間ってこんな風に見えるのか!」
僕の髪を掴みながら肩の上で中腰になってるっぽいカャトが、輝くような声を発した。
「ちょっとっ」
「カャト! いいから下りなさい!」
「へへんっ。ヤだよぉ~だっ」
アーリから標的をカャトに移して、僕に密着しながら、肩の上の少年を引きずり下ろそうとするオルファリアと、そうはさせじと器用に僕の肩や頭の上、背中へとぴょんぴょん飛び跳ねながら移動する小人少年。
「や~~! カャト、痛いのです!」
どうやら腕かどこかを踏まれたらしく、頬を膨らませて怒り出す猫耳少女。
とんでもなく混沌な状態になってしまい、僕は思いっ切りげっそりしてしまった。
「なんだか平和な光景ねぇ」
「たくよ。ここは託児所かっつ~の」
僕の後ろに並んで立っていたベネッサとルードが呆れたような声を出しつつも、チラ見した僕の視界の中の二人は、口元に優しげな笑みを浮かべていた。
◇◆◇
さんざか揉めた挙げ句、結局アーリはそのまま僕が抱っこしながら歩くことになり、カャトに関してはオルファリアがおんぶする形で先を急ぐことになった。
「本当になんて謝っていいのか……」
あれから既にかなりの時間が経っていて、大分周囲が暗くなり始めていた。
カャトもアーリも、騒ぎ疲れたせいか、既に寝息を立てている。
「何度も言ってるけど、気にしなくていいよ。二人を連れていくって決めたのは僕だしね」
「ですが……」
カャトを背負いながら右隣を歩くオルファリアは、俯き加減で僕を見てくる。本当に申し訳なさそうに表情が曇り、長い白金色の睫毛が震えている。
「大丈夫だよ。あんまり子供の扱いには慣れてないけど、でも、二人とも可愛いしね」
ニコニコしながら答えていると、
「リル、そろそろ変わりましょうか?」
僕の後ろをルードと一緒に並んで歩いていたベネッサがそう声をかけてくる。
「いや、平気だよ。それよりも、二人にはお願いしたいことがあります」
「お願いだと?」
表情を引き締める僕の言葉に、ルードが怪訝な顔をする。
「はい。もしかしたら、既に二人も気が付いているかもしれないけど」
僕はそこまで言って、二人に含みを持たせた視線を投げた。それが功を奏したのか、ルードとベネッサが互いに顔を見合わせ、再度僕を見たときの表情は厳しいものとなっていた。
「そういうことか。なんか知らねぇが、おかしな気配があとからついてきてるな」
「……うん」
時折吹く晩夏の微風に揺られて草木が葉音を立てている。だけど、それとは明らかに違う調べ――何かが潰れるような微かな雑音が風に紛れていた。
「……わかったわ。十分気を付けておく」
「お願いします」
ルードたちから視線を前へと戻した僕は、何事もなかったかのように歩き続けた。しかし、明らかに雰囲気の変わった僕たちの様子に気が付いたらしい隣のオルファリアが、読み取れないよくわからない感情を表情に張り付け、顔を強ばらせてしまう。
僕はそんな彼女の緊張をほぐしてあげようと、軽く微笑みかけてから、
「あとどのくらいで目的地につきそう?」
「あ、はい。もう間もなくです」
「そっか」
それからすぐ、彼女の言った通り前方左右に広がる樹木の壁に終わりが見えてきて、開けた場所が視界に入ってきた。
一歩近づくごとに、弱くなった銅色の陽光を反射する小さな湖のような泉と、その中心で天に向かってそびえ立つオベリスクのような石柱の姿が、徐々に大きくなっていった。
古代王国時代にこの地を治めていたと言われる大貴族が残した遺産の一つ。正式名称は正しく伝わっていないけど、通称『泉の石碑』
ようやくその場所へと辿り着いた僕たちを出迎えるように、悠久のときを経て、その雄姿が目の中に飛び込んできた。
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