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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第三章 運命への抗い、そして宿命の敵

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15.人間と幻生獣たちとの軋轢




 よくわからないまま、森の調査隊にちびっ子二人とネズミのような生き物――ピュリロックス族のピューリという名前らしいけど、そんな三人が半ば強引に仲間に加わってしまった。


 いきなり大所帯となってしまったことや、どうやら正真正銘の子供らしいということで、なんとか彼らを説得して村に戻そうと、早々にいったん、行軍を止める羽目に陥ってしまった。


「二人とも。族長やご両親の許可をちゃんと取ってきたの?」

「ん~~? 別に許可なんかいらないんじゃない?」

「ですです。お姉様が人間と森の中をお散歩するなら、アーリもついていくのです!」

「お散歩って……私たちはお仕事で遠出するのよ? それに、許可なくこんなことして、あとでどんなお叱りを受けるか、あなたたちはわかっているの?」

「そんなの知らないよ~だ。父ちゃんなんか、怖くないし!」

「そうなのです~。アーリも怖くないのです!」


 子供二人を懸命に説得しようと、目線を合わせるためにしゃがみ込んでいたオルファリアと当該の子供たち。その姿は本当に、駄々をこねているちびっ子を諫めるお姉さんの姿そのものだった。


 思わず幼少期の自分と、故郷に残してきたファー姉さんの姿を重ね合わせて見てしまう。僕も随分と姉さんには迷惑かけたからなぁ。今となっては遠い昔の思い出。今頃姉さんたちはどうしてるんだろうな。


 郷愁の念に支配され、妙に胸がじ~んとしてきてしまい、慌てて頭を振った。今はそんなことをしている場合ではない。一刻も早く目的地に着かなければならない。


「カャト、だったよね」


 僕はそう声をかけながら、オルファリアと向かい合うように佇んでいた緑髪の小人の真後ろにしゃがみ込んだ。


 カャトはオーバルザーラの族長の息子であり小人のような種族で、既に父親と同じ背丈になっている。

 彼らの種族の生態をよく知らないから成長速度がどうなっているのかいまいちよくわからないけど、彼が子供であることは間違いなさそうだったので、そのつもりで声をかけた。


「君は確か、僕たちが小屋の中にいたとき、窓の外から僕のことを見て逃げていった子だよね?」


 あのとき窓の下からじっとこちらを伺っていた、僕にとってはとても見覚えのある男の子。

 僕が知っているあの知識の中でも、この森でカャトと出会い、オルファリア共々一緒に森の中を駆けずり回るような間柄だった。


 本来の出会い方とは少し違っていたけど、今こうして同じ場所で顔を合わせていることに変わりはない。

 キャリラタス族のアーリという女の子のことはよく知らなかったから、微妙に未来の歴史が変わってきているような気もするけど、それでもこれは何かの縁なんだろう。


「カャト、君はどうして僕たちと一緒に森の中を探索しようと思ったんだ? 多分だけど、族長からはきつく言い含められていたはずだよね? 絶対に村の外に出るなって」


 僕は知っている。あの小人族長が恐ろしくやんちゃなカャトに何度も釘を刺しては、そのたびに失敗して顔を真っ赤にしながら激怒している姿を。


「おいら、兄ちゃんたちの手助けをしたいんだよっ。そのためだったら父ちゃんの言いつけなんか、守らなくったっていいんだもんね!」


 さも自分の考えが素晴らしくて、当然とでも言いたげに胸を張ってにかっと笑うカャト。


「そうなのです! アーリも、お姉様が行くところには、どこへでもついていくのです! そのためならたとえおかぁ様に怒られてもへっちゃらなのです!」


 緑色の半袖コートと半ズボンといった出で立ちのカャトの隣に立っていた、フリフリの白いワンピースと黒いスパッツを身に付けた子猫のアーリも、肩までの髪を微風に揺らしながら、得意げににかっと笑った。

 なんだかその笑顔を見ていると、手放しでぎゅっと抱きしめたくなってしまうけど、どうやらオルファリアはそうではなかったらしい。


「何をバカなことを言っているの、二人とも! そんな勝手なことが許されるわけないでしょう? 森の中はとても危険なの。どこに危ない猛獣が潜んでいるかわからないし、その……他の人間たちと遭遇する可能性だってあるのよ? それがどれだけ危ないことか、あなたたちだってわかっているでしょう?」


 普段、儚げな印象が強いオルファリアだけど、懸命に二人を説得しようとしているその姿は、やはりいつもとは雰囲気がまるで違っていた。力強いしゃべり方もそうだけど、緊張の色も感じられない。そこから考えるに、おそらくこれが本来の彼女の姿なのだろう。


「やっぱり、人間……なんだろうな……」


 幻生獣にとって僕たち人間は等しく敵だ。僕が知らないところでも、おそらく、人間たちとの間にこれまでにも多くの軋轢を生じさせてきたのだろう。魔の領域に守られてきたからといって、いざこざがまったく起こらなかったはずがない。


 今回の僕たちみたいに、領域の外や内で接敵することもあっただろう。そのとき、未知の生物を見た人間が取る行動なんて二つに一つしかない。恐怖を感じて逃げるか、それとも気違いみたいに殺しにかかるかのどちらかだ。場合によっては珍獣として捕獲しようとするかもしれない。


 それが人という生き物だ。自分が理解できないものは決して存在を認めようとしない。

 そして、僕は実際にそういった事案がかつてこの森で起こったことを知っている。

 幼少期の頃、オルファリアが人間たちによって酷い目に遭わされてきたことを。

 そんな災いの種でしかない人という生き物である僕たちがすぐ側にいる。それが彼女の心に重圧となってのしかかっていたとしてもおかしくなかった。


「え……っと、あの、リル……?」


 若干気落ちしながら物思いに耽っていたら、ぽかんとした表情を浮かべたちびっ子二人と、困惑げに瞳を曇らせたオルファリアが僕を見ていた。どうやら、無意識のうちに心の声が身体全体に現れていたらしい。


「あの……違うんです。先程の、人間は危険というのは、そういうつもりじゃ……」


 一層瞳を曇らせ、表情を暗くしてしまうオルファリアを目にして、僕は慌てて頭を振った。


「い、いや、違うんだ! そういう意味じゃなくて! いや、そうなのかもしれないけど、でも、そうじゃなくて!」


 自分でも何を言っているのかよくわからず、一層脂汗かきながら身振り手振り交えて深い意味はないと告げたかったけど、結局失敗した。


「おめぇさんはいったい何やってんだ」


 そんな僕に、呆れたようにコツンと軽く上から拳が振ってくる。どうやらルードに突っ込みを入れられたらしい。


「とりあえず、この子供たち、どうするのかしら? 最初の目的地の石碑までどのくらいあるのかわからないけれど、あまりもたついていると夜になってしまうかもしれないのよね?」


 ルードの隣で、同じように美貌に困惑した表情を浮かべていたベネッサが、腕組みしながら問いかけていた。


「そうですね。今からですと、石碑に辿り着いた頃には夕刻を過ぎているでしょうから、どの道あの付近で野営することになると思います」

「てことは二つに一つか」


 しゃがんだまま答えたオルファリアに、ルードが悟ったように呟いた。


「この小僧どもを連れていったん村まで戻って、翌朝から探索を再開するか。もしくはこのまま強行軍を続けるか」


 そう言って僕を見た。


「リル。おめえさんが決めろ」

「え? 僕が?」

「あぁ。こんな状態になったのはおめえさんにすべての原因がある」

「原因って……そんなこと言われても……」


「それにだ。おめえさん、あの魔の領域に捕まる前に、なんだか意味深なこと口走っていたよな。『彼らを助けたい』とかなんとか」

「そういえば、そんなこともあったね……」


 答える僕に、ルードが追い打ちをかけるように続ける。


「あんときはおめえさんが何言ってんのかよくわからなかったが、もしあの言葉が幻生獣の集落のことを差していたんであれば、合点がいくし、なおのことだ。おめえさんが何か訳ありでこんな場所に踏み込んだんだろうことぐらいは察しがつく。だがな、だからこそだ。この状況を作り出した責任を負わなければならない。そのぐらいのことはわかるよな?」

「ま、まぁ、それぐらいはね……」


 恐ろしく真面目に、そして威圧するような雰囲気を漂わせているルードに、僕は一瞬気圧されそうになってしまった。

 その厳つい大柄な見た目だけでなく、さすが、歴戦の強者といった感じで、ただその場に立っているだけで気弱な人間を気絶させられそうなほどの圧が感じられた。


「まぁいい。今更そんなことを言っても始まらねぇからな。ただな、リルや。人間誰しも人には言えねぇ秘密の一つや二つぐらいあってもおかしくはねぇが、もし隠していることがあるんなら、話してみちゃくれねぇか? 力になれるかもしれねぇぜ?」


 じっと見つめてくる大男に、もはや、返す言葉もなかった。まさか、未来の歴史を知っているなどと口が裂けても言えるはずがない。


 この世界には実際に予見の力を持っている人間が一人だけ存在していて、そのことは世界中に知られているから、別段その力を持っていたとしても化け物扱いされることはない。しかし、未来を視る力を持っているのは、現時点では世界にたった一人だけなのだ。


 このエルリアの地より北に位置するリヒト・シュテルツ王国現女王、聖天使の雷だけが持つ特別な力。

 そんな曰く付きの力を持っている人間が二人いていいわけがない。


 もし僕まで似たような力を持っているなどと大勢の人間に知られたら、何が起こるかわからない。戦争や権力闘争に利用されるだけでなく、世界の均衡を崩しかねない。それを考えると、決して口外なんかできなかった。

 僕は静かに立ち上がると、一同を見渡した。


「隠していることなんて何もないさ。ただ、この森の中に不思議な人たちがいて、彼らに危険が迫っているって、そういうおかしな夢を見ただけだよ」

「夢だと? それは予知夢って奴か?」

「さぁ? そうじゃないとは思うけど、なんか妙に現実味があったから夢とは思えなかったってことなのかもしれない。現に、オルファリアと知り合ったしね。そう信じちゃっても不思議はないでしょ? 神様からのお告げみたいな?」

「……なんだか、しっくりこねぇ言い方だな……」


 相変わらず疑いの視線を変えることのないルードだったけど、僕は敢えてそれを無視して、一つだけ、真実に近い嘘を吐くことにした。


「とにかくだよ。なんだか嫌な予感がすることだけは確かだ。僕たち以外にも悪意の塊みたいなおかしな連中がこの森の中――正確に言えば、魔の領域を越えたこの場所に生きて辿り着いているような気がするんだ。それも、さほど離れていないような場所にね」

「それも夢か何かって言いたいのか?」

「わからない。だけど、敢えて言葉にするとしたら、冒険者の勘って奴かな」


 僕はまっすぐにルードを見つめた。鋭い眼光を宿した巨漢も、僕の心を透かし見るようにしてくる。

 どれくらいの時間、そうしていたかわからなかったけど、


「……まぁいい。おめえさんじゃねぇが、確かにこの森の中には嫌な気配がプンプン漂っているからな。気を引き締めていった方がいいかもしれん」


 そう言ってルードは空を見上げた。釣られて僕もそちらを見やる。僕たちの視線の先、そこには晩夏の青空は見当たらなかった。あるのはただ、微妙に紫がかった青空のみ。

 魔の領域は空をも覆い尽くしているという話だった。おそらくあの色は、魔の領域が影響を及ぼしている証拠なのだろう。


「それで、どうするの?」


 ベネッサが僕を見る。


「……そうですね。本来であればカャトたちを連れて、一回村に戻った方がいいと思いますが、なんだか嫌な予感がするんですよね」


 このまま行軍していくと、石碑のたもとでおそらく、僕やオルファリアにとっては最大級の天敵と接敵する可能性がある。本来であれば、それは避けるべきだけど、僕にはやらないといけないことがある。


 殺さないまでもあいつ(・・・)を戦闘不能に追い込み、二度と僕たちにちょっかい出せないようにする必要がある。早い段階でそうしておかないと、最悪、オルファリアが死ぬことになる。


 そして更にもう一つ。この森で、のちに大事変を引き起こすきっかけを作り出すあの最強最悪な怪物も打倒しなければならない。そうしなければ、オルファリアはおろか、この森周辺一帯が灰と化す。

 そういった理由から、ここで引き返すという選択肢はなかった。


「つまり、このまま小僧たちを連れて行軍するってことか」

「そうなりますね」


 僕はルードにそう答えて、まだしゃがみ込んだままだったオルファリアを見た。


「いいかな? 少し危険があるかもしれないけど、全力で君たちを守るから」

「それは、戦いになる……ということですか?」

「かもしれない。本当はそんな結末は避けて通りたいけど、でも、おそらくこのまま村に戻ったらもっと酷いことになるような、そんな気がするんだ。だから……」


 ここでいったん引き返したら、本来この先で遭遇するはずのあいつらがどういう行動に出るかわからない。もしかしたら、遭遇時期がずれたことで、幻生獣の村の在処を嗅ぎ当て、大勢の死傷者を出してしまうかもしれない。

 そんなこと、あっていいわけがなかった。


 立ち上がったオルファリアは、じっと見つめる僕の言葉に顔を曇らせ、辛そうにしていた。


 僕が知っている本来の歴史通りのことが彼女の過去に起こっていた場合、彼女は幼少期にあった悲しい出来事が原因で、酷く争い事を嫌っているはずだ。他者の生き死にを極端なまでに毛嫌いしている。

 だからこそ、僕たちの命を助けてくれたわけだし、そんな彼女だからこそ、戦いになるのを恐れているのかもしれない。


「……わかり……ました。リルが何を思ってそうおっしゃっているのかわかりませんが、それが最善というのであれば……ですが私は……」


 彼女はそれ以上何も言わず、僕に背を向けてきた。

 僕はそのほっそりとした悲哀に満ちた背中を見ながら、これでいいと、ひたすら自分に言い聞かせ続けるのだった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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