14.愉快な仲間たち
僕たち三人は新たにオルファリアを仲間に加え、魔の領域の調査に乗り出すことになった。
案内役をオーバルザーラの族長に命じられたオルファリアは、一度、旅の準備をするために自分の家に帰っていった。
その間、僕たちは村の北門辺りで待つことになった。
一応、この村を拠点にして近隣の森辺りを調べることはできるけど、魔の領域が広がっている場所は本当に広いとのこと。
オルクウェールの森自体が東西に二、三百エルフェラーム(約三百~四百キロメートル)ぐらいはあるので、単純に考えても魔の領域それ自体も数十エルフェラーム(数十キロメートル)はあると見た方がいい。
なので、幻生獣の村からかなり離れた場所まで遠征する必要も出てくるため、野営の準備は必須とのことだった。
そんなわけで、僕たちは族長たちが用意してくれた携行食やランタン、その燃料の代わりになるものなどが入った革袋を背負い、オルファリアが戻ってくるのを待っていた。
「お待たせしました」
彼女が僕たちの元へと戻ってきたときには、太陽が中天に差しかかっていた。
今は晩夏でイゼリアの港町周辺は、じめっとした感じの結構な蒸し暑さだったけど、ここは森の中だからか、昼時であっても結構過ごしやすい気温だった。
戻ってきたオルファリアも背中に僕たちと同じような荷物をしょっていたけど、服装は最初に会ったときとほとんど替わっていない。
肩から腕が剥き出しとなっている白っぽいワンピースのような服を着用していて、膝下まであるスカート部分は前面の股下からスリットが入っている。
そこに、ボタンがいくつかつけられていて自由に開け閉めできる仕様になっているらしいんだけど、ワンピースの下にもう一枚、膝上丈の黒くて短いスカートをはいているせいか、ボタンは閉められておらず、オーバースカートのような感じになっていた。
靴に関しては、僕たち冒険者がよく履いているような、くるぶしが隠れるぐらいの長さのブーツ。
あと目立った特徴と言えば、イヤリングやネックレスといった装飾品を身に付けていることぐらいか。ただのおしゃれなのか、それともなんらかの効力が付与された幻生獣特有のものなのかはわからない。
そんな出で立ちだった。
「それでは行きましょうか」
オルファリアは僕たち三人を順繰りに見渡しながらそう声をかけ、先頭に立って歩き始めた。
「一応確認しておきたいんだが」
彼女のあとに続いて横一列に並んで北門を潜った僕たちのうち、ルードが代表して声をかけていた。
「はい、なんでしょうか?」
歩きながら首だけ振り返るオルファリア。
「大したことじゃないんだが、調査するって話になったのはいいんだが、漠然としていていまいちピンとこないんだよな。何をどう調査したらいいのかよくわからなくてな」
頬をポリポリかく大男。刈り上げた茶褐色の短髪が僅かに微風に揺らめく。
「あぁ……そのことでしたか」
オルファリアはそう短く声を上げると立ち止まり、振り返った。必然的に僕たちも立ち止まることになり、円を描くような形となった。
「魔の領域に関係しているかどうかわかりませんが、この森には古の時代に栄えた古代王国時代の貴族にまつわる建築物跡が数多く残されているそうです。この村から一番近い場所にあるものですと、北の泉にある石碑でしょうか。とりあえず、そういった類いのものから調べていこうと思っています。かつてこの地を治めていたと言われる貴族には、いろいろと謎も多いようですから」
「なるほど。古代王国時代の石碑か。確かに古代王国それ自体が謎の文明とされているからな。魔の領域に何かしら関与していたとしても不思議じゃないか」
「はい」
――古代王国『ヒルデ・ラー=ガスタス』
今の時代では再現不可能な数多くの技術を生み出したと言われている古の文明。世界中の考古学者によって様々な研究が行われているけど、解明できたものはほんの氷山の一角に過ぎないと言われている。
それぐらい、まだまだ謎を解明し切れていないような失われた古代王国だった。
しかし、そんな古代王国だったけど、唯一、その文明の後継国家として知られている国があった。それが、大陸遙か東にあるヒルデワルカ帝国だった。
そこにいけば、世間一般的に知られていないものも数多く見聞できるかもしれないと言われているけど、あの国はそもそも鎖国状態になっているので、入ることも出ることも許されてはいないという話だった。
だから、かつて世界を支配していたと言われている古代王国は、余計に未知の文明となっている。
「古代王国の遺産かぁ。なんだか、他の冒険者たちが聞いたら目の色変えそうな情報よね」
眉間に皺を寄せて考え込む仕草をしているルードとは対照的に、妙に色っぽい艶微笑を浮かべるお姉様がクスッと笑った。
僕はそんな彼らを見渡しながら苦笑した。
「確かにね。本当なら、魔の領域の問題抜きで、そういった古代の遺産とかをじっくり調べてみたい気もするけど、さすがにそうも言ってられない状況だしね。今回は余計なことは考えず、そういった場所をしらみ潰しにして、本来の目的に専念しろってことなんだろうね」
「そうですね」
締めくくるように言った僕の言葉に、オルファリアが頷くと、
「では、遅くなってしまうとあれですので、行きましょうか」
そう言って再び歩き出した。
北門を出た僕たちは、一列となって、獣道みたいな草木が生えていない場所を北に向かって歩いた。
魔の領域の外側に広がっていた原生林ほどではなかったけど、左右を雑木林のような樹木や草木が覆っている。
僕たちが歩いている場所は、おそらく幻生獣たちが意図せず踏み固めた大地か何かなのだろう。一応道のようにはなっていたけど、草木が踏み潰されるような形で地面に埋まっていたので、かなり凸凹とした感じになっていた。そのため、お世辞にも歩きやすいとは言い難い。
多分、それも原因の一つなんだと思う。始めはオルファリアが先頭を歩き、その後ろを僕、更にその後ろにベネッサで殿をルードが歩く形になっていたけど、いつの間にか、僕の隣にはオルファリアが歩いていた。
「あの……リル……?」
無言のまま、ひたすら北へと続く獣道を歩いていたら、遠慮がちに左隣のオルファリアが声をかけてきた。
「ん? ……な、なに?」
なんの前触れもなくいきなり声をかけられたせいで、思わずドキッとしてしまった。
「あの……一つ伺いたいことがあるのですが……」
「う、うん? なんだい?」
「はい。あの……あなた方を軟禁していた小屋でのことなのですが、あのとき、リルはその……私のことを見て、名前、呼びませんでしたか……? まだ自己紹介もしていなかったと思うのですが……」
どこか探るように上目遣いでじっと見てくるオルファリアに、僕は思いっ切り冷や汗をかいてしまった。
あのとき、ずっと会いたかったオルファリアの姿を目の当たりにして、思わず感極まって名前を口にしてしまったけど、やはりと言うべきか。しっかりと彼女に聞かれていたらしい。
焦るなと言う方が無理がある。
――これ、どうやって弁解したらいいんだろうか。
よもや、「僕は未来を知っているんだ。君と僕は将来会うことが約束された深い関係だったんだよ!」などと恥ずかしげもなく答えようものなら、頭のおかしな人扱いされ、白い目で見られかねない。
もしそんなことになったら、一生泣いて暮らすことになるだろう。
「え、え~っと……」
僕はあからさまにキョドってしまい、疑わしげに見つめてくる愛らしいオルファリアを直視できず、明後日の方向へと視線を彷徨わせ続けることしかできなかった。
しかし、そんなときだった。
「あ……? なんだありゃ……?」
「ん? どうしたの?」
突然、最後尾を歩いていたルードがおかしな声を上げ、立ち止まっていた。
釣られてベネッサも立ち止まり、それに気が付いた僕とオルファリアも会話を中断して振り返った。
「ぅおおおお~~~! ねぇちゃ~~~~ん……!」
何かが甲高い雄叫びを上げて、物凄い勢いでこちら側へと走ってきていた。どこかで見たことのあるような緑色のちっこい生き物。それだけでなく、その隣を別の白っぽい小さな生き物まで走っていた。
「お姉さまぁぁ! おいていかないで下さいなのです~~!」
先程の甲高い声よりも更に高く、それでいて愛らしい叫び声が森の中に木霊した。
彼らは土煙を上げながら、あっという間に僕たちの目の前まで走ってきた。とんでもない速さだった。
「カャト!? それに、アーリまで! どうしてあなたたち、こんなところにいるのよっ……」
小人のようなちっこい生き物二人は追い付くなり、勢いよくオルファリアへとしがみつき、キャッキャし始めた。
「どうしてじゃないよっ。それはこっちの台詞だよ! どうしておいらたちをおいてっちゃうのさっ」
「そうなのですっ。アーリを置いていくのは許さないのです!」
今までに見たことがないくらいに狼狽して、普通の女の子みたいになってしまっているオルファリア。
それに対して、彼女の腰ほどまでしか背丈のない、子供のような姿をしている二人の男の子と女の子は眉を吊り上げ、激おこで駄々っ子みたいにぴょんぴょんその場を飛び跳ね始めた。
「なんだ~……?」
突然の出来事に戸惑い固まっていたルードが、困惑したような声を上げる。
まるでそれに応えるかのように、緑の髪の男の子ともう一人の白銀の髪の女の子が、一斉に振り返った。そして、大きな瞳をぱっと見開き、にかっと笑う。
「おいらはオーバルザーラ族のカャト! 族長の一人息子だよ!」
「アーリはキャリラタス族のアンリエラなのです! アーリと呼んでくださいなのです!」
「おいらたちも兄ちゃんたちについていくよっ」
「よろしくなのです!」
そう言って、カャトと名乗った小人の男の子は得意げに両手を腰に当て、ニヤニヤした。
アーリと名乗った猫のような耳とふさふさの尻尾を生やした女の子は、大きな碧い猫目をキラキラさせながら、胸の前で両拳を合わせるようにしてその場でくるっと一回転した。
そして更に、カャトの頭からリスのようなネズミのようなよくわからない金色の生き物が顔だけ覗かせ、ピュリピュリと鳴くのであった。
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