夏休み中のとある一日
蝉の声が賑やかですね。
子ども達は夏休みを謳歌していることでしょう
( ´∀`)
「あーぁ……吉野さん、完全に中に入れちゃったよ……」
二階廊下の窓から校庭に続く通路を見下ろして、三年一組担任の飯田先生が呟く。
「ですね……」
私は相槌を打つ。
最早、吉野さんの姿は、校舎の中に隠れて見えない。不審者の怒号だけが、こだましている。
不審者を侵入させるのに、一分もかからなかった。
⁂
夏休みが始まって二週間が経つ。子ども達がいない校舎は不気味なくらい静かだ。時々、その不気味な何かに飲み込まれそうな気さえする。
「夏休みって先生も暇なんでしょ? いいなぁ」
と、かつて友達に言われたことがある。暇か――と問われれば、答えは――いいえ だ。
確かに授業はない。しかし、やらなければならない雑務は無限にあるし、会議もある。研修もある。今日だってそうだ。
地域の警察署と合同の訓練。不審者対応だ。
先月、近隣の小学校で酒に酔った年配男性が、校庭での体育の授業に乱入する騒ぎがあった。不審者侵入を許してしまったことが問題化し、各学校、夏休み期間に不審者対応の訓練をしろ、とおふれが回ってきたのだ。
きちんと訓練したか第三者の確認もいるということで、警察署との合同訓練になった。
噂によれば警察署の不審者訓練はガチで、ヤバくて、怖いと聞いていた。
その通りだった。
⁂
警察署の職員が不審者役だったが、見た目からしてヤバかった。強面だし体格が並じゃないのに、それを強調するような黒色の半袖Tシャツにジーンズにサングラスまでかけている。手には偽物の刃物。
しかも、声がでかくてお腹に響く。「おい!」と言われるだけで、漫画の如く飛び上がるような迫力があった。
今回の訓練では、用務員の吉野さんが不審者の第一発見者で、校内に入れないように踏ん張るという設定だった。誰か応援が来るまで、吉野さんが踏ん張り、私達クラスを担任している教師は、子どもがいる想定で、安全確保をすることになっていた。
子どもの安全を守るためにも、教師が無闇やたらに体をはって、犠牲になってはいけないのだ。
そう考えて思い出す。昔、教育実習で幼稚園に行った時、その園の職員室の壁に、不審者対応マニュアルが貼ってあった。そこには
『事務員→不審者対応
園長 →人間の壁』
と書いてあった。大学生の私は、園長と(おそらく)事務員だけが犠牲になるなんて、他の先生は何をしているんだ! と憤った。
でも、今ならわかる。クラス担任は子どもを守るために、自分も守らないといけないのだ。
⁂
「不審者対応訓練、終わりだそうです。職員室に集まって下さい」
二年二組担任の沢木先生が、私と飯田先生に言った。これから一緒に訓練した警察署職員と学校職員で、ふりかえりを行う。反省会だ。
といっても今回頑張ったのは用務員の吉野さんだけだ。職員があれこれ意見を出すのは、申し訳ない気がする。
ふりかえりが終わったら、吉野さんにこっそりあげようと、私はパンツのポケットに黒飴を忍ばせている。吉野さんは黒飴が好きなのだ。
用務員室に来客用の湯呑みを取りに行った時、机の上に黒飴が二袋もあるのを見た。それ以来、私の中では吉野さんは黒飴好き、ということになっている。
職員室の前まで行くと前に吉野さんの姿が見えた。
「お疲れ様でした」
声をかけると「まいっちゃうわぁ。あんなに本気になられてもね……」と吉野さんは困ったような表情で笑う。
「あんなにすぐ侵入されちゃって。体もメンタルも、もっと鍛えなきゃダメね!」
ポジティブに言う吉野さんが眩しい。
窓の外では暑さに負けじと蝉が、わぁんわぁんと鳴いていた。
読んでいただき、ありがとうございました。