第三話 国境の砦へ
翌日、兵士たちは起床し、演習場へと集合した。パンドルスとリーダスは演習場に着いた後、少し会話をしていた。
「リーダス、俺は昨日の夜、世界樹の苗木を見たけど、すごかったよ」
「へぇ、何がすごかったのかな」
「それがうまく言えねぇけど、とにかくすごかったんだよ。お前も一緒に来たら見れたのになぁ」
「まぁ、また見られる機会があるだろうから。その時に君の気持が理解できるかもね」
「そうだな。おっとそろそろか」
指揮官であるランベムが兵士たちの前に出てきたので二人は会話を中止した。ランベムは兵士たちに挨拶をした後、重要なことがあると言って語り始めた。
「諸君、我々が国境守備の任に就くことが決定した。そこで我々は兵を二つに分け片方を町に残し、もう片方を国境へ派遣することにする。さてこの中に国境守備の任に志願する者はいるかな」
ランベムの言葉に答えるものは現れず、場は静まり返っていた。パンドルスは周りを気にしていたが、誰も志願しないのを確認すると半ば失望したようだった。そして、リーダスと目を合わせると二人揃って発言した。
「指揮官、僕たちは国境守備の任に就きたいです」
「おぉ、君たちは昨日加入したばかりの者たちではないか。その勇猛さ、頼もしいな。それに比べて他の兵士たちは誰も志願しないとは。情けないものだ」
ランベムの言葉を聞いて兵士たちの数人は心を奮い立たせて国境守備に志願した。けれどそれだけでは定員に満たず、残りの兵員は抽選で決めることになったが、彼らは国境守備の任に就くことを嫌がっていた。その様子を見ていたパンドルスはそれらの兵士にやはり失望していた。その後、各自出発の準備を行うこととなり解散した。パンドルスはリーダスと共に兵舎の自室で荷物を整理しながら愚痴をこぼしていた。
「見ただろ、リーダス。あいつらの情けない姿を。俺たちは何の為に兵士になったんだよ。皆を守る為に戦うことこそ兵士の本望だろ」
「まぁ、そう言うなよ。彼らだって自分たちの暮らしがあるんだ。僕たちが彼らの生き方を決めることはできないよ」
「そうだけどさ。もうちょっと頑張ってほしいよな。あんな姿見せられたら他の奴だってやる気なくしちまうぜ」
「あれ?『俺があいつらの闘志を燃え上がらせてやるぜ』じゃなかったのかい」
「おう、そういやそうだったな。よし、まだまだここからだ!」
パンドルスはリーダスと語り、再び闘志を燃え上がらせていた。国境守備の為、町を出発するのは明日の早朝であったので二人を含めた兵士たちは急いで準備をして早めに寝た。
翌日、兵士たちは国境に向けて出発した。パンドルスはいつもと同じようにリーダスの近くにぴったりと引っ付いて会話しながら歩いていた。そこへ一人の兵士が近づいてきた。
「失礼します。パンドルスさんとリーダスさんですか。私はカイルと言います」
「おう、俺がパンドルスでこっちがリーダスだ。なんか用か」
「実はあなた方の物怖じしない態度に感動しました。私はあなた方より早くに兵士になったのですが、あなた方の方が立派だと思いました。どうか強さの秘訣を教えてください」
「いい心掛けだな。そうだな、常に体を鍛え続けることだ。なぁ、リーダス」
「そうだね。僕たちはある人から訓練法を教わったんだけど、それを教えるよ」
「なるほど。ありがとうございます」
リーダスはカイルにルーガの訓練法を教えることになった。その後、パンドルスとリーダスはカイルと一緒に互いの身の上話を始めた。兵士たちの多くは町出身であったが、カイルはパンドルス達とは違う村出身の者であるとのことだった。
「へぇ、兵士たちの多くは町出身だったのか。だから俺たちと考え方が違うのか」
「町の生活は不自由そうには見えないからね。彼らは現状に概ね満足しているようだし」
「やっぱり、俺たちが頑張らなきゃ。それにしてもカイル。お前とはうまく付き合えそうだぜ。これからもよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
パンドルスとリーダスはすぐにカイルと親しい関係となった。彼らは会話をしながら道を進んでいった。どうやら国境までは二日ほど掛かるらしく、兵士たちは夜が近づくと近くの町へと入り、そこで逗留することになった。兵士たちは駐屯地の兵舎を使用することになった。パンドルスとリーダスはカイルを仲間に入れて同じ部屋で夜を過ごすことにした。リーダスはカイルに質問した。
「カイル、君の目的は?」
「私の目的は、村のみんなが今よりも良い暮らしができるようにすることです」
「それ、俺たちと同じ目的じゃん。やっぱ俺たちいい友達になれるぜ」
「ではパンドルスさんとリーダスさんも村のみんなのことを考えているんですね」
「みんなの為に働くのっていい気分だよな。それとな、カイル。俺たちのことをさん付けしなくていいぜ。なぁ、リーダス」
「そうだね。カイル僕たちはもう友達なんだから」
「そうですね。わかりました」
「ところでさ、俺たちが行く国境ってどんな場所なんだ」
パンドルスはこう質問を投げかけたが彼らはずっと村暮らしであったので詳しいことはわからなかった。けれどカイルは二人の役に立とうとして自分の知っていることを話した。
「確か、私たちの猫王国とその南にある犬共和国との間を国境地帯と言うらしいです。その国境地帯には多くの砦が建造されていて、私たちはその一つに行くことになっているようです」
「俺たちは村に住んでいて教育なんて全く受けていないからな。国のことなんて殆どわからないぜ。領主や女王様がいることは知ってるけど」
「僕たちが活躍すればいつか領主や女王様に会うことができるかもね」
「そうですね。僕たちの国は実力主義で戦功を立てれば立てるほど、どんどん出世することができると言われています」
「いいこと聞いたぜ。俺たちいつか女王様に会えるようになろうぜ。なぁ」
「全く、君の目的はいつも大きくなっていくね。それがいい所なんだけど」
「そうだぜ。俺はいつもでっかいことを考えてるんだよ。リーダスもカイルもお前も俺みたいにでっかくなれよ」
「はいはい、君を見習わせてもらうよ。なんでも口にだしたり、前ばかり見て突っ走ったりすることをね」
「おいおい、それ俺のことを馬鹿にしてるだろ。ひでぇ奴だな、カイルお前もそう思うだろ」
「えっと、誰にでも欠点はあると思います」
「ほら、カイルも僕と同じ意見だそうだ。短期間で君の事をよく観察しているじゃないか」
「えー、嘘だろカイル。俺のことそんな風に見てるのかよ」
「ごめんなさい。けど、見方を変えれば短所も長所と言えると思います」
「そうだね。確かにカイルの言うとおりだ」
三人はにこやかに語り合いながら夜を過ごし、いつの間にか寝ていた。
翌日、兵士たちは町から出発し、国境の砦の一つであるソリシュラ砦へと到着した。
「諸君、広場へと集合し、整列していたまえ。私はこの砦の責任者とはなしてくる」
指揮官ランベムはそう言うと砦の内部へと入っていった。しばらく兵士たちは整列して待機していたが、ランベムが複数の者達と共に外に出て来た。それらの人物たちの中には一人見るからに強そうな者がおり、その者は整列した兵士たちの前に進んできて兵士たちを眺めていた。パンドルスたちは彼が何者なのか気になっていた。するとランベムがしゃべりだした。
「諸君、このお方が今回のソリシュラ砦の責任者である、ルジャルク将軍だ。ここでの指揮は将軍に任されることとなる。皆わかったな」
兵士たちはルジャルク将軍へと敬礼した。そして今度はルジャルクが話し始めた。
「今、紹介にあったように私がルジャルクだ。君たちはこの砦で国境守備の任に就くこととなるが、幸いなことに犬共和国の方で軍事的な動きがあったとの報告は今のところない。そこで君たちは数十日間この砦の周辺で犬共和国側の動きを監視してもらいたい」
ルジャルクは話を終えると下がっていった。兵士たちはいくつかの隊に分けられ砦の周囲で偵察活動をすることになった。隊の人数は五人ほどでパンドルスはリーダスとカイル、そしてマルコ、ジョージという彼ら三人よりやや年長の別の町所属の兵士と同じ隊となり、彼らは砦の南東側を偵察することになった。
「なぁ、リーダス。俺たち戦えるんじゃなかったのかよ」
「そんな簡単に戦えるわけないだろう」
「敵軍は国境近くで駐留しているらしく、いつ侵攻してきてもおかしくない状況みたいですよ」
「へぇー、ならこっちから攻めてやるか」
「馬鹿なこと言わないでくれ。軍令違反だぞ」
「なぁーに、冗談だって」
「そんな風にはきこえなかったけど」
「おい、お前たち大丈夫か」
先を歩いていたマルコは後ろでしゃべっているパンドルスたちの様子を見て注意を促した。パンドルスたちは反省し、任務に集中することにした。
さて、パンドルスたちは敵軍の状況を探るため前進していたが、敵軍の痕跡らしきものも見当たらなかった。パンドルスは残念そうにしていたが、マルコとジョージは安心しているようであった。彼らは砦へと帰還し、夜を過ごすことになった。
「このまま何もないまま同じこと続けるのか。ちぇっ、面白くないぜ」
「まぁ、平和なのはいいことじゃないか」
「そうかもしれないけど、敵は目の前だぜ」
「敵軍は僕たちがここへ来る前から今のような状態だったらしいです。もしかしたら、近いうちに行動を起こすかもしれません。今日は早く寝て明日に備えましょう」
パンドルスは不満が溜まっていたがカイルの言葉に従ってその日はすぐに寝ることにした。
翌日、彼らは昨日と同じことをしていた。すると敵軍に動きがあった。マルコによるとその動きは彼らが進軍する予兆であるという。
「おっしゃー。ついに来たぜこの時が」
「お前たち、砦に戻るぞ」
ジョージの言葉に従いパンドルスたちは砦へ戻り敵軍の動きを報告した。他の方面の偵察隊も同様の報告をしていた。さらに遅れて敵軍が進軍したとの情報がもたらされた。それらの報告を聞いたルジャルク将軍は敵を砦で待ち受けることに決定した。その決定は兵士たちに知らされ皆その命に服したが、パンドルスは納得していなかった。そしてリーダスとカイルに愚痴をこぼしていた。
「なんでこっちから攻めないんだよ。侵略者だぞ」
「まぁ、これだけ堅牢な砦があるならそれを活用するでしょ」
「こんな砦なんかなくたって俺が敵をボコボコにしてやるぜ」
「相手の戦力も将軍には伝わっているはずさ。これが色々考えた結果だと思うよ」
「パンドルス、これ以上はやめましょう。将軍たちに聞かれたら処罰されるかもしれません」
パンドルスはリーダスとカイルになだめられてようやく大人しくなったが、不満は消えなかった。それでも将軍の指示により敵を迎え撃つ準備をすることになった。
そして犬共和国の軍隊が彼らの守備するソリシュラ砦の近くまで進軍してきたのだった。