第二十二話 戦いの始まり
猿帝国の攻撃を受けた当日、各国代表は先日の会談の時と同じように猿帝国の通信技術を使用して猿帝国対策会議を開いていた。各国の状況は同じであったが、今後の対応を巡って言い争いがあった。彼らは開戦派と降伏派とに意見が分かれており、降伏を考える者たちはやはり猿帝国への恐怖を持っていた。そこでパンドルスや他の開戦派の者たちが激しく主張し、弱気であった者たちを奮い立たせることに成功。結果、同盟国は猿帝国へ降伏せず、戦うことを決意した。猿帝国はなぜか三十日後の攻撃を予告していたので同盟国はそれまでに準備し、先に攻撃を仕掛けることにした。同盟国は二手に分かれ、東と西両方から猿帝国に侵攻することとし、猫王国は犬共和国、鳥首領国、象・河馬・犀三首長国と共に西側を担当することに決定。会談は夜遅くまで続いた。
翌日、猫王国の軍は猿帝国へ侵攻する軍と猫王国に残って守備をする軍とに分けられ、パンドルスはレオと共に侵攻軍を担当することとなった。二人は軍の編成やら訓練やらを速やかに行い、数日後、犬共和国へと向かった。犬共和国の都周辺には西側の攻めを担当する各国の軍隊が終結した。そこでパンドルスはカルバトロスやフィポリタスと再会し、彼らと会話をした。
「最初に思っていた状況と違うが、この戦いに勝てば俺たちの願い通りの世界になるよな?」
「パンドルス。少し自信が無さげだな」
「俺は元々、この戦いに特に意味を見いだせていない。だが、あんな高圧的な奴は好きじゃないし、国を守る為なら仕方がないと思ってここに来た」
「フィポリタス。お前はまだその調子なのか。でも国を守りたいっていうのも立派な理由だぜ」
「そうか」
「パンドルス。あちらにお前を呼んでいる者がいるぞ」
「ん?あっ!シェドアンか。悪い、俺は彼と話してくる」
パンドルスはカルバトロスとフィポリタスに一言断りを入れて、そこから移動してシェドアンのもとへと向かった。パンドルスとシェドアンは互いに再会を喜び合い、早速話を始めた。
「パンドルス、アルクルフに君の料理を食べさせてやってくれないか。彼女、君の料理を食べなければ参戦しないとまで言っているんだ」
「あっはは、わがままだな。なら俺に任せておけ」
「ありがとう。ところでパンドルス、君は我々が猿帝国に勝てると思うか?」
「もちろん。あいつらは強力な兵器を持っているようだが、実戦経験が殆ど無いだろ。先日の攻撃だってあいつらの腰抜け具合を象徴しているようなものだぜ」
「確かにそうかもしれないが……まぁ一度、皆で話し合ってみよう」
シェドアンの意見にパンドルスは同意し、二人は会話を中断してカルバトロスやフィポリタスがいる所へと移動した。そして、シェドアンたちは各国の軍隊の責任者たちを集めさせて作戦会議を始めた。
その場に集まった者たちは猫王国からはレオとパンドルス、犬共和国からはシェドアンとアルクルフ、鳥首領国からはカルバトロスと彼の右腕とされるアギライム、象・河馬・犀三首長国からはフィポリタスとサイ族の将軍リレイラスだった。彼らの中で最も猿帝国に詳しいのはシェドアンであったので彼が会議を主導することとなった。
「我々の住むこの大陸は中央に世界樹があり、それを囲むように大山脈が連なっているが、どうやら猿帝国の北側には大山脈が途切れている箇所があるらしい。今まで彼らの国土は狭いものだとしてきたが、これが真実なら彼らについて考え直す必要があるかもしれない」
「つまり彼らは大山脈の内側に入れるのか。だがその土地がどのようなものなのかわからない。そこは良い土地かもしれないが、その逆である可能性もある」
「敵の戦力分析は重要だが、猿帝国についてはわからないことが多い。情報に踊らされる可能性もあるから不確定な情報は一応頭に入れておくに留めよう」
「それが良さそうだ。シェドアン、他に何か新たな情報はあるか」
「すまない、これも不確かな情報だが、猿帝国の南側には猿帝国と同じくらいの面積の土地が広がっていて、そこには僕たちの知らない国があり猿帝国と敵対しているらしい」
「なんじゃそりゃ」
「今までそちらの方角の調査は猿帝国によって禁止されていたが、最近調査してみて判明したんだ。けど、そちらとは海によって隔てられ、猿帝国の艦隊によって近付けないから接触は無理だね。空にも飛行機なるものが飛び回っているからトリ族でも近付けないだろう」
「うーん、それも話半分に聞いておこう」
「ちょっと待て。お前今、俺たちトリ族を馬鹿にしたのか」
「いや、そんなつもりはないよ」
「落ち着け、アギライム。俺たちが争ったところでどうにもならん」
「奴らの保持する兵器がどれ程のものか、実態がつかめないのでは話にならんな。帰っていいか」
「おいおい、フィポリタス。何を言い出すんだよ」
「俺はここに噂話を聞きに来たのではない。敵に対し何か具体的な作戦を考える為に来たのだ。お前たちに何か考えがあるのか?」
フィポリタスの言葉に答えられる者はおらず、場は静まってしまった。そうしてパンドルスたちはなんとなく暗い雰囲気の中、会議を進めていたが皆表情が険しかった。そんな中、アルクルフは他の者たちとは違う理由で表情を曇らせているようだった。彼女は会議中皆が黙ってしまったのを確認すると口を開いた。
「お腹減った。パンドルス何か作って」
その場にいた者たちは突然のアルクルフの発言に少々驚いていたが、パンドルスはすぐに明るい顔で返事をして、皆を誘って一緒に料理を作り始めた。彼らは調理中、先ほどまでの話題を忘れて楽しく料理を作り、完成した料理を皆で仲良く食べた。その楽しそうな雰囲気の中、彼らは話し合い、そこでは前向きな意見が飛び交った。その後、作戦会議は順調に進み、彼らは自分たちの兵士たちに作戦を伝えることになった。パンドルスは作戦を伝え終わった後、アルクルフの所へ向かった。その時、アルクルフは肉を焼いており、よく見るとそれは黒焦げになっていた。彼女はその焦げ肉を見て残念そうにしていたが、パンドルスの接近を察知すると急いでそれを隠そうとした。しかし、隠し場所を見つけられず、仕方なく自分の口の中に放り込んだ。その為喉を詰まらせてしまい、苦しみだした。その直後パンドルスが彼女の前に現れ、パンドルスはアルクルフの姿を見てすぐさま水を与え、彼女を苦しみから救った。
「ふぅー、助かった。ありがとう」
「どうした、また何か急いで食べていたのか?」
「パンドルスのせいです」
「また俺のせいか、悪いな。それよりさっきは助かったぜ」
「?」
「作戦会議中、俺たち嫌な気持ちになっちまったんだけど、アルクルフのおかげで気分転換できたからな」
「そんなつもりはなかったけど……」
「そうか。でも実際助けられたからな、あのまま続けていたらきっと俺たち喧嘩していたぜ。でもお前がいてくれて助かった、ありがとな」
パンドルスの感謝の言葉を聞いたアルクルフは何だか照れくさそうにしていた。二人はすこしばかり会話をすると解散し、それぞれの寝床へと戻った。
翌日、同盟軍は犬共和国の都を出発し、犬共和国と猿帝国との国境付近へと進軍を開始した。同盟軍は国境にある猿帝国の要塞を目指していた。犬共和国から猿帝国へと向かう道は他にもいくつかあったが、険しい山地や視界が悪い森を通るような悪路であったので、今回の作戦には不都合であった。その為彼らは侵攻経路を一つに定め、戦力を集中させることにした。
都を出発してから数日後、同盟軍は目標の要塞が見える位置まで進んだ。その要塞は彼ら同盟軍が作るような要塞とは姿形が異なり、規模が大きく、砲門が多数備え付けられており、よくわからない兵器も見られた。同盟軍は要塞の砲門を見て脅威を感じたのかかなり離れた位置に陣取った。その夜、パンドルスたちは集まって作戦会議をしていた。
「やっぱり、実際に見てみると恐ろしいな。あの中央の巨大な大砲、ここも射程内じゃないのか」
「だが、やつらが言っていた三十日後までまだ時間がある。あの言葉を信じるのなら攻撃してこないだろう」
「彼らには戦力があるのにそれを使用してこないのも約束を守る為なのか」
「よくわからない奴らだ」
「なら、明日試しに攻撃してみよう」
「あの要塞からはあまり人の気配が感じられないが、警戒は怠らないようにしよう」
パンドルスたちは作戦会議を終えると兵士たちに明日の作戦を伝え、戦闘に備えさせた。パンドルスは暗闇の中から猿帝国の要塞を眺めていたが、しばらくすると眠りに就いた。
翌日、同盟軍は猿帝国の要塞へと近付いたが、要塞からは何の攻撃を飛んでこなかった為、皆不審に思っていた。彼らはそうして要塞の目の前まで来たがその時、要塞の全ての砲門が動き出し、同盟軍を狙い始めた。それを見た各国軍隊の責任者たちは危険を感じ、軍に撤退を命じたがすでに手遅れだった。要塞の砲門から火が放たれ、同盟軍を襲い、兵士たちは次々と倒れていった。同盟軍が砲門の射程外へと退却し終えった時にはかなりの被害が出ていた。パンドルスたち責任者は集合し、話し合っていた。
「やはり奴らは嘘つきだった」
「早めに退却できたから死者はそれ程出なかったが、負傷者が多い」
「どうする、あんなものに勝てるのか」
「あの砲門は左右にはあまり動かなかった。だからできる限り端に寄って行けば……」
「だが、門は正面にあるぞ」
「そうだ、フィポリタス。お前の力で地中から進めないか」
「残念だがそれはできない。地中には無数の爆弾が埋まっていて俺の力を使えば大変なことになる」
「あの砲門は上にも動くから空からも無理だろう。手詰まりだな」
「僕は一つ気付いたことがある。あの砲門はどうやら熱を感知して攻撃しているらしい。さっきパンドルスが炎を放った時、砲門はその炎の方を向いていた。これを利用すれば上手くいくかもしれない」
「よし、やってみよう」
シェドアンの提案した作戦は成功し、パンドルスとレオが炎を使って砲門の射撃を誘導、その間に他の者たちは要塞の正面へと向かい、扉を破壊しようとしたが、扉は頑丈でびくともしなかった。フィポリタスとリレイラスは破壊できない扉にイライラし、八つ当たりで扉横の壁を殴っていたが、偶然そこにひびが入った。そこで彼らは扉ではなく壁を壊すことにし、見事壁を壊すことに成功した。彼らはそのまま要塞内へと侵入したが、そこには誰もいなかった。兵士らは唖然としていたが、責任者たちはそんな兵士たちを指揮して内部を探索させ、様々な機械が集まっている場所を見つけた。彼らには見たこともないものであったので、どうするべきなのかわからずにうろたえていた。そんな中シェドアンはスイッチのようなものを見つけ、それを不思議そうに眺めていたが、そこへアルクルフが来て何のためらいもなくスイッチを押してしまった。
一方、要塞外ではパンドルスとレオたちが砲門の誘導を続けていた。彼らは砲門の沈黙を待ち望んでいたが、中々その時が訪れなかった。彼らはヘトヘトになりそろそろ限界が近付いていた。そんな時、砲門が一度に全て沈黙したのである。パンドルスらはすぐには警戒を解かなかったが、しばらくして安全であることを確認し、要塞内へと入っていった。
その後、パンドルスたち代表者は兵士たちに要塞の制圧が完了したことを知らせ、兵士たちは歓声を上げた。これにより同盟軍は要塞の攻略に成功したのであった。
しかし、この時の彼らは知らなかった。この先に待ち受けているであろう恐ろしい運命を。