第二十話 情報収集
パンドルスはその日いつもより早く目を覚まし、アルクルフとの対話を求めたが、彼女は彼よりも早く起きて食事をしていた。パンドルスは彼女が食事中は話を聞いてくれないことを昨日の件で思い知らされていたので、彼女が食事を終えるのを待つことにした。この時、パンドルスはアルクルフをじっと見つめており、アルクルフは途中でその視線に気づき、嫌そうな顔をしてパンドルスの視線から離れようとした。パンドルスは彼女の気持ちを察し、彼女の視線外へ移動し、別の事を考え始めたようであった。そこへ犬共和国の反猿帝国派の代表を務めていたシェドアンが来て、パンドルスに話しかけてきた。
「おはよう。パンドルス。お邪魔していいかな」
「シェドアンか。いいぜ」
「では遠慮なく。私たちは昨日、猿帝国派の代表を倒し、都を手中に収めたが、各地ではまだ猿帝国派の残党が勢力を保持している所がある。これについては我々が対処し、数日程で何とかなるだろう。その解決後、各国との友好条約を結ばせてほしいのだが……」
「なるほど、わかった。今は俺たちと友好を結ぶ気があるってだけでもうれしいぜ」
「ありがとう。ところで、私の知り合いに猿帝国について詳しい者がいるのだが、もし君が会いたいのなら紹介するよ」
「そいつはいい。よろしく頼む」
「いい返事だ。その知り合いの名前はベリキシア。彼はイヌ族だけど少し前まで猿帝国の諜報員だったんだ。それで猿帝国についてよく知っているんだ。今彼は僕たちの組織に属してして主に兵士の訓練を担当しているんだけど……」
「あー!」
パンドルスが会話の最中、ふとアルクルフの方へ目をやると彼女はいなくなっていたので、彼は驚きの声を上げた。その声にシェドアンは驚き、パンドルスは彼に謝り事情を話した。
「なるほど、彼女はかなり気まぐれだからね。でも食べ物が好きそうだから、それを目印に探せば見つけられると思うよ」
「確かにそうだな。よし俺はアルクルフを探しにいくから今の話はまた今度な」
パンドルスはそう言い残すとすぐさまそこを飛び出していき、残されたシェドアンはパンドルスの後ろ姿を静かに見送っていた。
さて、パンドルスはアルクルフを探す為食べ物に関係する所を調べまわっていたが、中々見つからなかった。パンドルスはしばらく立ち止まって何か考えているようであったが、何か思いついたような顔をして再び歩き始めた。彼の向かった先は元居た場所であり、シェドアンが彼を出迎えた。
「見つかったかい」
「いいや。それより調理場を借りてもいいか?」
「あぁ、器具も食材も好きに使ってくれても構わないよ」
「ありがとな」
その後、パンドルスは料理を始めた。彼は料理人ではなかったが、普段は自分で料理することが多く、女王やレオなどに振る舞い好評を得ていた。彼は手際よく食材を調理していき、見るからに美味しそうな料理を完成させた。その時、パンドルスが料理をする様子を見ていたシェドアンが驚きの声を上げていた。
「君は料理も得意だったのか」
「実は俺、こう見えて味にうるさいぜ」
「へぇー。それよりもなぜ料理を作ったんだ?」
「アルクルフの為だ。昨日から俺、彼女に嫌われるようなことをしてしまって避けられているみたいだから、これで仲良しになろうかなって」
「なるほど。おっ!どうやらおいでなすったようだ」
パンドルスとシェドアンが会話していると部屋の扉が静かに開き、そこからアルクルフが料理を覗き込むように現れた。しかし、彼女はパンドルスを警戒しているようで、そちら側には中々進んでこなかった。そこで、パンドルスは彼女を驚かせないように優しく話しかけた。
「アルクルフ。昨日からあんたの事を考えずに無理やり話を聞こうとしてすまねぇ。これはせめてもの償いだ。あんたの為に作ったんだ、食べてみてくれ」
「……」
パンドルスはアルクルフに自分が作った料理を示し、アルクルフはそれをさっきよりも強く見つめた。彼女は完全には警戒を解かず、そろりそろりと料理に近付き、少しそれを見つめた後、パンドルスの顔を見た。その時のパンドルスは良い笑顔をしており、その顔に安心したのかアルクルフは料理を食べ始めた。最初は少しずつ食べているようであったが、徐々にガツガツと食べ出した。そうして、すぐに料理を平らげて上機嫌な様子でおかわりをし、パンドルスが作った分を全て食べ終えてしまった。
「アルクルフ、いい食べっぷりだったぜ」
「美味しかった。お前気に入った」
「そいつは良かった。悪いけどちょっと質問していいか」
「うん」
「あんたは他人の記憶が見えるか?」
「わからない」
「声が聞こえることはないか?」
「わからない」
「そうか、悪かった。ありがとな」
パンドルスがアルクルフへの質問を終えるとアルクルフはそこから立ち去り、シェドアンがパンドルスに話しかけてきた。
「パンドルス。アルクルフはまだ会話が上手くできないようだから私たちが彼女を教育しておくよ。そうすれば今より上手く会話できるようになって君の疑問を解決できるかもしれない」
「そうか。あまり無理はさせないように頼むぜ」
「もちろんさ。ところで君の料理はあれで全部かい?」
「あぁ」
「残念だなぁ。僕も食べたかったなぁ」
「すまねぇ、食材は使い切っちゃったからな。また今度だ」
「そうか、じゃあ次の機会を楽しみにしておくよ」
パンドルスはシェドアンとしばらく会話した後、一緒に犬共和国に来た猫王国の兵士たちと合流し、猫王国へと帰る支度を始めた。その日、彼らは明日に備えていつもより早く寝た。
翌日、パンドルスたちはシェドアンたちと別れ、猫王国へと帰還することにした。彼らは犬共和国を出発後、数日かけて王都へと辿り着いた。パンドルスは王城へと登り、女王へ犬共和国での出来事の報告をした。謁見中、女王はいつもと変わらないような姿を見せていたが、その夜、パンドルスと私的な空間に居合わせた際、彼女は軽く泣いていた。
「パンドルス、よかったあなたが無事で」
「大袈裟だなぁ。俺はそんな簡単に倒れないぜ」
「ですが、やはり無理はしているようですね」
女王レナキュアはそう言うと同時にパンドルスの体を見つめており、その視線の先には多くの傷があった。パンドルスはそれに気付き、申し訳なさそうにしていた。
「でも、俺の傷が増えて他の皆の傷が減るのなら俺は喜んで受け入れるぜ」
「その心意気は素晴らしいものですが、少しは自分の事も労わりなさい。さぁ、傷を見せなさい。私が治してあげます」
「これぐらい放っておけば治りますよ」
「いいから、じっとしていなさい」
パンドルスはレナキュアに逆らえず、彼女の治療を受けることになった。治療中、レナキュアは集中しており、二人は黙っていた。パンドルスはレナキュアを見て何だか少し悲しそうな顔をしていたが、治療が終わって彼女と再び会話を始める時には笑顔を見せていた。パンドルスはその後、彼女の下を離れ、自宅へと向かい旅の疲れを癒すべく深き眠りに就いた。
翌日、パンドルスは使節団の長として犬共和国へと向かうことになった。パンドルスは準備を整え、数日後王都を出発した。彼らは猫王国を出て数日歩き続けた結果、犬共和国の都へと到着した。そこでイヌ族の歓迎を受け、彼らとの話し合いの末、友好条約を結ぶことに成功した。パンドルスは個人的な用の為、使節団から抜け出し、シェドアンと対面した。
「久しぶりだね、パンドルス。あれ以来君の料理を食べることだけを考えて生きてきたよ」
「それはさすがに言い過ぎだろ」
「あっはは、でも楽しみにしていたのは本当だよ。さぁ、アルクルフが嗅ぎつける前に早く」
パンドルスはシェドアンの為に料理を作り、シェドアンはパンドルスの作った料理を美味しそうに食べた。彼は満足そうであり、それを見たパンドルスも嬉しそうにしていた。そこへアルクルフが現れた。彼女も何か食べたそうにしていたのでパンドルスは彼女の為に料理を作り、彼女はそれをすぐさま平らげ、食べ終えると気持ちよさそうに睡眠を始めた。
「危なかったよ。もう少し遅ければ彼女に全て食らいつくされるところだった」
「アルクルフは相変わらずだな」
「彼女はあれから会話の練習をしてそれなりに話せるようにはなったよ。彼女はどうやら君の料理がお気に入りらしく、いつも君の料理のことを考えているようだ」
「そいつはうれしいな。ところで、えーっと、ベリキシアさんだっけ。彼と話をしたいんだが……」
「あぁ、そうだったね。彼は今ちょうど近くにいるからこれから会いに行くかい」
「そいつはいい。お願いするぜ」
パンドルスはシェドアンと共にそこから移動し、ベリキシアのいる所へと向かい、そこで彼と対面した。ベリキシアの見た目は他のイヌ族と変わらなかったが、それなりに年を取っており、どことなく険しい表情をしていた。パンドルスは挨拶を済ませるとすぐに彼に質問を浴びせた。
「猿帝国とはなんですか?」
「私は単なる一諜報員であったから、かの国の詳細な内情については知らない。まずは私の過去について聞いてほしい。私は幼い時、猿帝国の者に拉致され、彼らによって諜報員となる為の訓練を受けさせられた。私はその後、猿帝国の為働き、犬共和国内において争いが生じるよう画策してきた。だがある時、私が起こしてしまった争いによる犠牲者を目にして自身の過ちに気付いてしまった。私はその後、諜報員としての活動を止め、反猿帝国派の中心人物となり今に至るわけだ。」
「猿帝国はそんなことをしているのか。なんて奴らだ」
「猿帝国は各国に諜報員をばらまき、各国の内外の争いを助長させてきた。彼らが何故そうしてきたのかはわからない。我々は我らの種族の生き残りの為だと聞かされてきたが、今の私はそれを信じられない」
「奴らはきっと自分たちの事ばかり考えているんだ。それで俺たちのことなんて無視しているんだ」
「猿帝国のトップは皇帝と呼ばれる者で、噂によると彼は人知を超えた力を行使するとされている。猿帝国はかなり高度に発展した技術を保持しており、他国とは一線を画している。私たち諜報員は辺境で訓練されたので都周辺のことは何もわからんが……」
そこまで言うとベリキシアは急に黙り込んでしまった。しかし、パンドルスは少しの沈黙も許さないようで、すぐにベリキシアに言葉をかけた。
「どんな情報でも俺は聞きます。どうか話してください」
「……すまん。少し頭を整理したいから、また明日来てくれるか」
「わかりました。今日はありがとうございました。また明日お会いしましょう」
パンドルスはシェドアンと共にベリキシアに別れを告げ彼のもとを離れた。二人は犬共和国の都のへと向かい、そこで今後について話し合った。話し合いの後、パンドルスは用意された宿へと泊まり明日を待つことにしたのである。