第十七話 繁忙
女王レナキュアと宰相レオとの間に子が生まれてより数日後、パンドルスは女王に申請し、北の白獣合衆国へと渡ることとなった。この国との国交は既に結ばれていたが、その東にある魚王国とはまだしっかりとした条約が結ばれていなかった。そこでパンドルス使節団は白獣合衆国を経由して魚王国へと向かうことになったのである。
出発の日、パンドルスたちは女王や宰相、大臣たちの見送りを受けて、白獣合衆国へと旅立った。パンドルスたちは数日かけて白獣合衆国へと到着し、そこで補給を受けさせてもらい魚王国へと再出発した。魚王国へは海を渡っていく必要があったので彼らは船に乗って二日ほど波に揺られていた。その時、パンドルスはつまらなさそうに海を眺めながらユキヒョウ領主ミムレドと会話していた。
「海を最初見た時はスゲーって思ったけどよ。上から見ているだけじゃ飽きてくるぜ」
「では、潜ってみますか」
「いや無理無理。そんなことできねぇよ」
「これから我々が会いに行くサカナ族は泳ぎが得意で、潜水も可能らしいそうですよ」
「へぇー、スゲーな。早くそいつらと会いたいぜ」
そうしているうちに彼らは魚王国へと辿り着いたが、都までは距離がまだまだあった為、ある町に滞在し、一夜を過ごすことにした。そこでパンドルスたちはサカナ族と初対面し、彼らと話し合う機会があった。
「あんたたちは王都へ行くんだろ」
「はい」
「だったら、近道があるんだ。最近、王様が作ってくれた道でな……」
パンドルスたちはサカナ族の者たちから耳寄りな情報を聞き、彼らに感謝した。サカナ族は細かいことを気にしない者が多く、友好的であったのですぐに仲良くなり、その夜は皆賑やかに過ごしていた。
翌日、パンドルスたちはその町を離れ、魚王国の都へと向かい、サカナ族が教えてくれた近道のおかげで予定よりも早く目的地に到着することが出来た。彼らが都へ入るとサカナ族たちの歓迎を受け、王の宮殿へと真っ直ぐ通された。パンドルスたちが案内されるまま進んでいると玉座らしきものとそこに腰掛ける一人のサカナ族が見えてきた。そのサカナ族はパンドルスたちが近いてくると立ち上がり、先頭を歩いていたパンドルスに接近してきた。パンドルスはやや警戒したようであったが、そのサカナ族の者は気にせず、彼に話しかけてきた。
「やぁ、初めまして。俺がこの国の王、ピスキュラだ」
「俺は猫王国、外交使節団の長を務めるパンドルスだ」
「パンドルス。折角だから俺と腕相撲しないか?」
「王様と俺が?」
「この国では腕相撲から全てが始まり終わると言っても過言ではない。さぁ、始めよう」
ピスキュラはやる気満々であり、パンドルスも始めは戸惑いを見せていたが、結構やる気はあったようでピスキュラの挑戦を受け、二人は腕相撲をすることになった。
「腕相撲で君が負ければ私は君たちの言うことを聞かないからな」
「えっ!まぁ、いいですよ。相手が王様だろうが俺が勝ちますから」
二人は軽く言い合いをして腕を組んだ。その時、二人とも何かを感じたのか見つめ合い、ぼーっとしていた。しかし、審判の試合開始の合図を受けると二人とも我に返り、腕に力をこめて相手を負かそうとした。実力は拮抗しているようで、二人はうなり声を上げながら戦い、猫王国の者たちはパンドルスを応援し、魚王国の者たちはピスキュラを応援していた。二人の腕は中々負けを認めなかったが、彼らより先に彼らの試合場となっていた台が音を上げてしまった。パンドルスとピスキュラの力に耐えきれず、台が壊れてしまい二人は態勢を崩してしまって床に倒れてしまった。
「この勝負は引き分けか」
「いや、俺たちの手をよく見てみろ」
パンドルスの言葉に従ってその場にいた者たちは彼の示す先を見てみるとピスキュラの腕はパンドルスの腕にねじ伏せられていた。
「参ったな。この俺が負けるとは」
ピスキュラは笑いながら自らの敗北を認め、パンドルスは勝利を喜び、大笑いしていた。さて、その後使節団はピスキュラたちと話し合い、無事条約の締結が完了した。彼らは食事会を開き、共に騒いでいた。一方パンドルスはピスキュラに呼ばれ、二人きりで会話をしていた。
「やはり、君も特殊な能力を持っていて、さらに別人の記憶も持ち、謎の声まで聞こえるのか」
「あぁ、他にもトリ族やサイ族たちにも同じような奴がいたぜ」
「君は記憶や声に従った方がいいと思うか?」
「うーん。記憶の内容を全て信じられるわけじゃないが、俺はそれが真実だと知ってしまったからな。でも従いたくない」
「そうか。俺は別に従ってもいいと思っている」
「どうしてだ?」
「わからん」
「なにー!」
「俺は口下手でうまく言えないが、それより君は他の能力者を倒したことがあるか」
「一、二回な」
「その時、感じただろ。倒した相手の力が自分の中に入ってきて自分の力が大きくなるのを。しかも記憶まで流れ込んでくる」
「あ、あぁ」
「力と記憶の流れ、バラバラに分かれているものが一つになる。これは水の流れと同じで必然のものなのかもしれない」
「だから従う方がいいって言うのか。俺は賛成できない。」
「俺も完全に納得できているわけではない」
「なら、一緒にサル族の奴に聞きに行こうぜ。そうすれば疑問も晴れる」
「そうか、なら熊公国のことは俺たちに任せておけ。あいつらとは今まで散々喧嘩してきたが、それも終わりにするつもりだ」
「じゃあ、俺たちは犬共和国を同盟に引き入れるぜ。そうすれば猿帝国以外は全部一つになったことになる。そうして猿帝国に突きつけてやるんだ。お前たちの時代は終わりだってな」
パンドルスとピスキュラは今後について話し合いながら食事会の席に戻り、皆と楽しく夜を過ごした。
数日後、パンドルスたちはサカナ族の者たちの見送りを受け、魚王国を後にし、十日ほどかけて猫王国へと無事帰還した。パンドルスが女王への報告を済ませ、女王の間から退出してくると大臣の一人が彼に話しかけてきた。
「パンドルス様、よろしいでしょうか」
「いいぜ。何の用だ?」
「我が国の東側、大山脈の下に広がるセイ・マクナ原生林にて何か異常があり、調査隊を派遣しましたが、彼らからの連絡が途絶えてしまったのです。この事件についてどうかお力を貸してください」
「そいつは心配だな。ちょうど女王様から休暇を頂いて暇だしな。よし、俺に任せておけ」
「ありがとうございます。できれば誰にも知られないようにお願いします」
「秘密の依頼か、面白いな」
パンドルスは早速、セイ・マクナ原生林へと一人で向かおうとしたが、地理的知識が乏しかったので、偶然会ったゲラピッドを道案内役として二人で目的地へと向かった。パンドルスとゲラピッドは前トラ領主ティグルムの陰謀以来、それなりに付き合いがあり、道中親し気に会話していた。ただ、ゲラピッドは寡黙な者でほぼパンドルスが一方的に話しかけているようでもあった。
「セイ・マクナ原生林ってどんなところだろうな。俺は初めての経験っていうのが好きだからな。ワクワクするぜ」
「……」
「それでさ、色々あったんだけど……。おっ、見えてきた。意外と近かったな。うん、緑がいっぱいって感じだな」
「……」
「道案内、ありがとな。ゲラピッド。ここからは俺一人で十分だぜ」
「……目的は何ですか」
「えっと、俺休暇だから、まだ行ったことのない所に行こうかなーって」
「では、ご一緒します。私はここにはよく足を運ぶので色々と紹介できるでしょう」
「うーん。なら、よろしく頼むわ」
パンドルスはゲラピッドの申し出を断り切れず、彼と二人で依頼された地へと向かった。二人がそこに到着するとそこに数人の死体が転がっていた。
「なんてこった。一体誰にやられたんだ」
「……」
二人が死体を探っていると近くの草木が微かに揺れ、二人はそれを感知し、身構えた。
「なんだ、何かいるのか」
「……パンドルス様、右に!」
ゲラピッドの言葉と同時に草木の間から黒い影が現れ、パンドルスに飛び掛かってきた。パンドルスはすぐさま反応し、謎の敵の攻撃を回避しながら一撃お見舞いしたところ、敵は地に倒れた。二人は恐る恐る倒れた敵に近づき、敵の正体を見た。その生物の顔は猪のようであり、体には毛が無く、ブヨブヨしていて手足はフニャフニャであったが、爪は鋭かった。背中にいくつかの突起があり、尾が二本あった。総じて不気味な姿をしていた。
「何だ、こいつは。見たことない姿だな」
「こいつはセイ・マクナ原生林の各地に住み、モンスターと呼称されています。こいつらは他生物を襲わず、我々のみ襲ってきます。ですから定期的に討伐しています」
「そうか。気持ち悪いけど、食べられるのか?」
「いえ。それに我々と同じく死後数時間ですぐに土に還ります」
「そうか。他の生物は死んでもすぐに土に還らないのに俺たちはすぐに土になっちまう。良いような悪いような……」
パンドルスは依頼内容を終えたので、原生林から去ることにしたが、ゲラピッドと少しその辺をぶらつくことにした。
「ゲラピッド。お前は誰かに死んでくれって言われたらどうする」
「……私はパンドルス様に言われたのならその言葉に従います」
「どうして?」
「私はティグルムたちと一緒にパンドルス様を亡き者にしようとしましたが、あなたは許してくれて今もこうして親しくしてくれます。そんなあなたに恩返ししたいのです」
「ゲラピッド、お前……あー今の話は忘れてくれ。もっと楽しいことを話そう」
パンドルスとゲラピッドは話題を変えて話を続けたが、微妙な感じであった。そうして話しているうちに夜が近付いたので、二人は別れそれぞれの家へと帰ったが、パンドルスは途中で道を変えて大臣に報告しに王城へと向かった。しかし、大臣は見えず、なぜかパンドルスは女王に呼び出され、彼女のもとへ行ってみると探していた大臣がおり、彼は沈んだ顔をしてその傍にはプンプン怒った女王がいた。パンドルスは状況がわからず女王に質問した。
「女王様。何用ですか」
「あなたとこの方に何か共通点がありませんか?」
「うーん?あっ!?まさか……」
「気付いたようですね」
「あっ、新しい任務ですか?行ってきます」
そう言ったパンドルスの様子には明らかに焦りが見えており、その場から逃げようとしていた。しかし、女王はそれを許さず、呼び止めた。
「パンドルス。あなたには折角休暇を与えたのに……。あなたはこの大臣と一緒になって私に無断で危険な行動をしましたね」
「はっ、はい。でも、そんなに危険じゃなかったです」
「お黙りなさい!大臣、あなたに言いたいことは全て言い終えました。今日はもう帰りなさい。次はパンドルス。あなたの番です」
大臣はそう言われるとそそくさと退出していった。その後、パンドルスは女王から長めの説教を聞かされ、かつてない程に意気消沈した様子で王城を去って行った。