第十五話 記憶
パンドルスと王女レナキュアはトラ軍の舟に乗り、川を上ってトラ領主の館へと進んでいたが、二人とも常に警戒状態であった。特にパンドルスは王女を守るためトラ軍の兵士からひと時も目を離さずにいた。トラ軍の兵士たちはある地点まで来るとパンドルスと王女に話かけてきた。
「我々はここで待機するよう命じられているので、この先は二人だけでお進みください」
「それは誰の命令ですか?」
「そこのヒョウ領主に殺されたティグルム様の実の父にあたる方からです」
兵士の言葉にパンドルスは少し反応を示したが、特に何も発言しなかった。パンドルスと王女は兵士らの言う通り、二人だけでその先を進むことになった。そこから領主の館までは一本道であり、迷う心配はなさそうであったが、パンドルスは警戒を解かなかった。その道中、王女はパンドルスに質問をしてきた。
「パンドルス。私の本当の両親の事は何かわかりましたか?」
「えっ!?あ、それがまだよくわかっていなくて。すみません」
「へぇー。そうですか」
王女はパンドルスを覗き込むように見つめ、パンドルスは恥ずかしそうに彼女から目をそらしていた。王女はパンドルスの態度に興味を示したようで彼に再び質問した。
「ところで、あなたは私のことが好きですか?」
「えっ!?えーっと、なんていうか、その……」
「ふーん。そうですか。わかりました。あなたは私のことが好きなのですね」
「なっ!?なんでわかったんですか?やっぱり、王女様は不思議な力を持っているんですか?」
「さぁ?なぜでしょう?わかりません。それよりも、なぜあなたはこうして危険な行動をしているのですか?」
「それはもちろん。争いを解決する為ですよ。トラ族は今回許されない事をしましたが、俺は彼らがなぜそうしたのか知りたいんです。それに犠牲は少ない方がいいかなって」
「それでは、私と同じですね」
パンドルスと王女は顔を見合わせて笑っていた。二人はそのように話し合いながら進んでいき、遂に領主の館へと辿り着いた。そこは山中であり、人気は感じられず、ひっそりとして不気味な雰囲気を感じさせた。パンドルスと王女がゆっくりと警戒しながら進んでいると館の扉が開かれ、トラ族の者が出て来て二人を館内へと案内し、二人はある一室へと通された。そこには老いたトラ族の者が一人座っており、彼は室内へと入ってくるパンドルスと王女をじっくりと眺めていた。パンドルスと王女はその者の向かい側に座り、彼らは対話を始めた。
「私が王女のレナキュアです。そしてこちらがヒョウ領主のパンドルス。あなたの望み通り二人だけで来ましたよ」
「そのようだ。私の名はデミラト。ティグルムの親で三代ほど前のトラ領主を務めていた」
「自己紹介は終わりにして本題に入りましょう。あなたはなぜ私たちをこの地に招き寄せたのですか?」
「理由、それはお前たちが最も重要な存在だからだ。本来であればティグルムに次期宰相となってもらい国政を裏から操るつもりであったが、奴が失敗した為このような手段を取るはめになってしまった」
「国を操って何をするつもりなのですか?」
「国々の戦争を継続させることだ」
「何っ!どういうことだ?」
デミラトの言葉にそれまで黙っていたパンドルスが怒気を含んだ言葉を返した。デミラトはパンドルスに目を向けて表情を変えずに答えた。
「我らの為に争いは必要なのだ。我らははかなき存在、そんな我らが確固としたものになるには避けられぬものなのだ。そう、これは我々に残された唯一の道なのだ」
「何が言いたい」
「知らずともよい。それにお前たちが苦しむ必要もない。ただ、流れに身をゆだねよ。さすれば我らは道の果てに到達することができる。故にお前たちは、ここで散れ!」
そう言いながらデミラトは急に王女に向かって殴り掛かった。パンドルスは咄嗟にその間に入り、デミラトの拳を抑えた。
「何をしやがる」
「それで受け止めたつもりか」
直後デミラトの拳より赤き炎が放出され、パンドルスは吹き飛んだ。しかし、パンドルスは受け身を取り、すぐさま体制を整え、デミラトに反撃した。
「どういうことだ。俺と同じ赤い炎をなぜあんたが?」
「私に勝った時、お前は全てを知るだろう」
「引き下がる気はないか。なら手加減はなしだ」
パンドルスは全力でデミラトと戦い、王女もパンドルスを支援した。デミラトは老体の割には健闘したが、力及ばず、パンドルスの一撃を食らい地に倒れた。
「やはり、勝てぬか」
「約束だ。全部教えてもらうぜ」
「よかろう。だが、口を挟むなよ。時間が無いからな。まず、国々の戦争を助長するものの正体を教えよう。それは、猿帝国だ。私も彼らの命令を受け、これまで活動してきた。他の国々にも私のような者達が大勢いるだろう。そして、私の炎の力はお前の父を殺して奪ったものだ」
「何だと!詳しく教えろ」
「口を挟むなと言ったはずだ。ゲホゲホ。後は私のように自分で確かめるのだな。お前も知ることになる。我々の宿命を……」
そう言い終えるとデミラトは力尽き、灰となってしまった。その時、パンドルスは一瞬固まったが、すぐにひどく取り乱し始めた。
「何だ、今のは?くっ、ありえない。だが……」
「どうしたのですか。パンドルス」
パンドルスは王女の声を聞いて我に返ったが、動揺が隠し切れていなかった。
「王女様、実は。いや、でも……」
「私はあなたが突拍子もないことを言っても必ず信じますよ」
パンドルスはかなりのためらいがあったが、王女の優しい言葉を聞いて決心したのか話し始めた。
「なんか急に俺の中に別人の記憶が現れたんです。その記憶ではヒョウ領主のパテリオスっていう人がライオン領主やトラ領主と王女様のドレスティアっていう人を巡って争って、陰謀によってヒョウ領主は失脚してライオン領主と王女が結ばれることになったのですが、ヒョウ領主は諦めきれず、式典に乱入して王女を強奪したんです。それで実は王女もヒョウ領主を愛していてヒョウ領主と共に子を二人産んだんです。王女はそこで力尽きてしまって、ヒョウ領主は二人の子も一人はヒョウ領のある村の夫婦に、もう一人は王城の前へと置いてきて、彼は最後、さっきのデミラトに殺されたんです。それでこの時の二人の子は俺と王女様なんです」
パンドルスはたどたどしくも恐るべき内容の話を王女に聞かせた。王女は彼の話を静かに聞いており、パンドルスの話が終わると笑顔を見せて彼に話しかけた。
「それで全てですか?」
「は、はい」
「そうですか。それでは私たちは姉弟で、父親がパテリオス、母親がドレスティアということなのですね」
「こんなぶっ飛んだ話、信じてくれるんですか」
「姉が弟の話を信じるのは当然でしょう」
パンドルスは暗い顔をしていたが、王女の言葉に励まされ明るさを取り戻した。
「ありがとうございます」
「私とパンドルスは肉親です。かしこまらなくていいのです。それにしても、やっと本当の肉親を知ることができました。ありがとう。パンドルス」
「俺も両親や姉さんのことが知れてよかったです」
二人がそうやって会話をしているところにトラ族が現れ、二人は再び警戒したが、トラ族の者達は彼らに降伏する形をとったので、二人は彼らの話を聞くことにした。彼らはどうやら予め、デミラトに彼が負けた時の対応を教えられていたようであった。パンドルスと王女はトラ族の使者を伴って王都へと戻り、女王へ事の顛末を報告した。後日、トラ領は調査を受け、猿帝国との関連を示す証拠が次々と発見され、それは猿帝国の危険性を明らかにしていた。そこで猫王国は猿帝国との国交を断絶させることにした。
さて、パンドルスは王女と姉弟関係にあることが判明したので、彼には特別な地位が与えられて特務官となり、国政への参与が可能となった。パンドルスが王女の婿候補から外れたことで、ライオン領主レオが新たに婿候補に挙がった。そして遂に戴冠式が行われ、王女レナキュアが新女王となり、同時に結婚式も行われてレオは彼女と結ばれ、夫となり宰相となった。大勢の者たちに混ざってパンドルスも二人のこれからを祝していた。
その夜、パンドルスとレナキュア、レオが三人で話し合っていた。
「今日は良い感じだったな。二人ともかっこよかったぜ」
「ありがとう。パンドルス」
「パンドルス、そういえば俺はライオン領を別の者に託してきたが、お前はどうした?」
「俺はリーダスやジェラヘッドたちに任せることにしたぜ」
「なるほど、彼らなら安心だな」
「ところでさ、二人はこれからどうしていくんだ?」
「私は女王として国を発展させていくつもりですが、やはり猿帝国が気になります」
「元トラ領主が話していた内容か。確かに国々が争うよう仕向けていた諸悪の根源だ。どうにかしなくてはならないな」
「そもそも、猿帝国ってどんな所なんだ?」
「あの国のことは殆どわかっていない。位置としては犬共和国の東側、我が猫王国とは国境を接していないが、猿帝国の使者がこの国を定期的に訪れていた。彼らはどうやって来ているのやら」
「猿帝国は謎が多すぎるので対抗策を考えるのも一苦労ですね」
「俺の考えでは他の国々と同盟を結んで、猿帝国の悪事を止めさせるっていうのがいいと思うんだ」
「それがうまくいけばいいんだが、どの国ともこれまで戦争してきたからな」
「今までが駄目だったから、これからも駄目なんて決めつけるのはよくないぜ。レオ」
「ですが、まともに外交したこともないのですよ。こちらは相手のことを知らず、相手もこちらを知らない。上手く交渉できるとは思えません」
「なら、俺が他国に行って交渉してくるぜ。たまには危ない橋を渡らなくちゃ」
「パンドルスは本当に勇敢ですね。ではあなたの行動を許可します。」
「パンドルスも女王様も即断即決だな」
三人は夜が深まるまで談笑しながら過ごした。
翌日、パンドルスは正式に女王の命を受け、大臣たちと使節団を派遣する為の準備を行い、数日間忙しくしていた。やがて準備を終えると都合がいいことに西側の鳥首領国の内戦状態が終結し、国内が安定しているとの報告があった。そこでパンドルスは女王の許しを得て使節団の長として鳥の国へと向かうことになった。




