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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第97話

「……」

 時刻は22時50分。私は一人で西棟の屋上に立って転落防止用のフェンス越しに家やビルの光を眺めていた。

 幻影(ファントム)さんたちと別れた後、長谷川さんの用意した晩ご飯を食べ、全ての準備を終えたのだが、なんだか落ち着かなくていつの間にかここに来ていたのである。校内の見回りは23時スタート。もう少ししたら生徒会室に戻る予定だ。

(結局、先輩には会ってないな)

 食堂で長谷川さんと一緒にご飯を食べたのだが、何故か音峰先輩はいなかった。長谷川さんに聞いても色々準備をしていると言っていたので起きていると思うのだが、少しだけ心配になってしまう。

「ここにいたのね」

「ぁ、はい……少し落ち着かなくて」

 そんな私の考えを見通すように屋上の扉が開き、その向こうから音峰先輩が現れた。彼女の金髪は夜になっても輝いており、それに見惚れてしまい返事をするのが遅れてしまう。

幻影(ファントム)様の修行をクリアしたのでしょう? それなら十分に戦えるようになってると思うわ」

 『それに』と彼女の視線は私の左手首に集中する。そこには幻影(ファントム)さんから貰った黒いミサンガ。長谷川さんにミサンガの話をしたので彼女にも情報共有されたのだろう。

「……多分、不安とか心配とかじゃないんです。なんというか……そわそわしてしまって」

 こんな感覚を覚えるのは初めてで冷静になるために屋上に来たのだ。5月初旬ということもあり、夜になってもそこまで寒くない。でも、この胸にある熱を少し冷ますには十分に役立ってくれた。

「……きっと、武者震いね」

「武者震い?」

「ええ、気合十分ってことよ」

 そう言って私の隣に立つ音峰先輩。こちらには目を向けず、キラキラ輝く街を眺めていた。プラチナブロンドの髪が街の光を反射し、思わず目を細めてしまう。

「他に不安なことは……ないようね」

「……わかりますか?」

「ええ、とってもいい顔をしてるわ。昨日までの不安そうな貴女とは大違い」

「……」

 頷きながら音峰先輩は私に微笑んでみせた。しかし、どうしてだろうか。彼女の表情にどこか羨望の色が見える。

「あの……何か、ありました?」

「……どうしてそう思うの?」

「いえ、なんというか……これまでの先輩と雰囲気が違うような気がして」

 音峰先輩と初めて話したのは入学式の日。そして、この数日で彼女の人となりは何となくわかった。

 しかし、彼女は私のことを一度、羨ましそうな目で見たことはない。初めて音峰先輩の本当の姿を見た時も、だ。カリスマに溢れた外面が剥げた彼女ですら私を羨ましく思うことはなかった。

「……本当に、観察眼に優れてるのね」

 私が確信を持っていることを見抜いたのか、音峰先輩は困ったような顔で笑う。それがどこか痛々しくて息を飲んでしまった。

「ちょっと待ってね……」

 彼女は目を閉じるとあれだけ輝いていた金色の髪が一瞬にしてその光を失う。いや、色は変わっていないのだが、彼女が纏っていたカリスマが消えてしまったのである。

「お、お待たせ……」

 少しだけ猫背になった先輩はおどおどした様子で聞いてきた。しかし、私の顔から視線を逸らしており、今にも壊れそうなほど弱々しい。これが本来の『音峰 恵玲奈』。

「い、いえ……でも、どうして仮面を……」

 この姿の彼女を見るのは二度目。でも、彼女が本来の性格に戻るのは生徒会室の隣にある彼女の寝室にいる時だけだと言っていた。それ以外は常に仮面を付けている。いや、付けてしまう。それが彼女のトリガー能力。

 そんな彼女が自分の意志で仮面を外した。きっと、それ相応のストレスがかかっているに違いない。だからこそ、仮面を外した理由が知りたかった。

「あ、えっと……多分、いつもの私だと説得力がないから……」

「説得力?」

「わ、私も……ずっと、自信がなかったって話……ううん、違う。今でも、自信ない」

 音峰先輩は項垂れるようにフェンスに背中を預けて視線を落とす。一瞬だけ、それが昨日、あやちゃんに話を聞いてもらう前の私と重なった。

「昔から何もできなくて……お母さんはそれでもいいって言ってくれたけど……それでも、やっぱり私もお母さんみたいにすごい人になりたかった」

「市長ってそんなにすごい人なんですね」

「うん、何でもできる人なの。お父さんが死んじゃってから特に」

「ッ……」

 音峰先輩の父親がすでに亡くなっていると初めて聞き、顔を強張らせてしまう。そんな私の様子に気づいたのか、俯いていた先輩は弱々しい笑みを浮かべてこちらを見た。

「あ、ごめんね……別にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」

「い、いえ……」

「……正直、私のお父さんってほとんど家に帰って来なかったの。市長だったからすごく忙しくて」

 つまり、先輩の父親が亡くなった後、彼女の母親は跡を継ぐ形で市長になったのだろう。

「お母さん、お父さんよりも市長とか『ストライカー』の仕事に向いてたみたいですぐに頼られるようになったの。それがすごくて……私も、いつかお母さんみたいになりたかった」

 そう言って彼女は空を見上げる。今日の夜空は残念ながら雲が多く、星はあまり見えない。それでも先輩は雲の向こうで輝いている星を見つけようとしているのか、目を細めた。

「でも、駄目だった。私には何もなかった」

「そんなこと――」

 咄嗟に言葉を紡ごうとしたが、それが無駄なことだと気づいて口を噤む。少し前まで自信のなかった私だからこそ、何を言われても自信を持つことのできない苦しさを知っている。だから、下手に慰めようとすれば余計に先輩を追い詰めてしまうだろう。

「そんな時、色々あって幻影(ファントム)さんに助けてもらったの。すごく格好良くて、どんなことがあっても染まらない黒い背中に憧れた」

「……」

「それからこのトリガー能力に目覚めて……何か変わると思った。でも、外面だけが厚くなるだけで私の根底は何も変わらなかった。貴女のように自信を持てなかった」

「でも……強いじゃないですか……」

 彼女が私を羨ましく思うように、私だって音峰先輩の強さが羨ましい。幻影(ファントム)さんに修行を見てもらっても最低限にしか戦えないから。

「そんなに強くないよ……この前だって『コマンド』使っちゃったし」

「コマンド?」

 聞き慣れない単語に首を傾げてしまう。それに気づいたのか、音峰先輩は少しだけ意外そうにキョトンとする。

「あれ、長谷川から聞いてなかった? トリガーの中には『コマンド』って技術があって、指定したキーワードとか動作で自動的に能力を使うことなんだけど……」

 そういえば、二日目の夜に先輩は上から落ちてきた巨大なヤツラに対して『狐火』を言いながら火球を飛ばしていた。あれが『コマンド』というものなのだろう。それこそ、幻影(ファントム)さんから貰った黒いミサンガも『装填(セット)』、『射出(シュート)』と『コマンド』を使用する。

「『コマンド』って便利なんだけど決まった攻撃しかできないからあまり使わない方がいいの」

 攻撃する際、どのような方法で、どのタイミングで、どれくらいの威力で、どれほどの規模の、どの方向から――などと様々なことを考えなければならない。きっと、『コマンド』はそういった過程をすっ飛ばして事前に設定した攻撃を放つものなのだろう。

「だから、私はまだ未熟なの」

「……それでも私にとって先輩の強さは眩しいです」

 どんなに自信があっても、それはあくまで現状の私を肯定しただけだ。もし、強大な敵を前にして何もできなければ自信があったとしても意味はない。だから、今でも私は先輩のような力が欲しいと願っている。

「……やっぱり、私たち、似た者同士だね」

「……そう、みたいですね」

「ならさ……きっと、姫ちゃん(・・・・)だって大丈夫。何もできない私だって少しだけ強くなれたんだから姫ちゃんも強くなれるよ」

「なら、先輩も私みたいに自分のこと、少し認められるようになりますよ」

 同じような境遇で、同じ人に憧れ、自信のない小心者。

 お互いを羨ましがる似た者同士。なら、お互いに持っているものを手に入れることだってできるはずだ。

「そうだといいね……私の方が元気づけられちゃった」

「いえ、先輩とはこうやって話したかったのでこちらもよかったです」

 素の先輩も私に慣れたようで弱々しいものの、笑顔で目を合わせてくれた。これまではただの先輩と後輩だったがやっと本当の仲間に慣れたような気がする。

「じゃあ、そろそろ生徒会室に――ッ」

「ッ――こ、れは……」

 音峰先輩がそう言いかけた時、強烈な悪寒に襲われた。先輩も目を見開いているのでこの嫌な感じを覚えているのは私だけではないらしい。

影野さん(・・・・)、あれ……」

「なっ……」

 一瞬にしてカリスマ力を取り戻した先輩が空を見上げて唖然としている。私も彼女の視線を追い、言葉を失ってしまう。






 そこには真っ赤に染まった夜空が広がっていた。先ほどまで曇っていたはずなのに雲はどこにもなく、星はもちろん、月すら見えない。






「お嬢様、影野様!」

「……」

 そんな不気味な赤い空を視認すると同時に屋上の扉が勢いよく開かれる。そこから飛び出したのは気を取り乱した様子の長谷川さんと黙ってついてくるシノビちゃんの分身。分身体は一人しかいないため、一緒ではないようだ。

「何かあったの? あの空のこと?」

「違います! 23時になったと同時に学校の敷地内に大量のヤツラが出現いたしました! 今もなお、増え続けております!」

「なんですって!?」

 長谷川さんの報告を聞き、音峰先輩は慌てて反対側の――中庭側のフェンスへと駆け寄る。私もついていき、中庭を見下ろす。

「嘘……」

 そこでは10、20、30――いや、数えきれないほどのヤツラが校舎の中や中庭、渡り廊下などいたるところから現れていた。





 そして、生まれたヤツラは赤ん坊が産声を上げるように咆哮。それが木霊していき、いつしか大気が震えるほどの声量へとなる。

 その光景はまさにこの世の終わりだった。まるで、この先の未来を示唆するように。

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