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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第97話

「ふぅ」

 第二体育館に併設されているシャワー室を借りて汗を流した私は校舎に向かってグラウンドを歩いていた。すでに空はオレンジ色に染まり、夜が近づいていると嫌でもわかってしまう。

「……」

 少しずつ近づく校舎を見ながらこの後の動きを考える。幻影(ファントム)さんの修行を無事に終えられたのはよかったが昨日から一睡もしていない。不思議と体調に変化はないが、休めそうなら少しでも休んでおくべきだろう。

(晩ご飯は長谷川さんが用意してくれると思うし……保健室で仮眠を取るって連絡しておこうかな)

 そういえば幻影(ファントム)さんを見て気絶してしまった先輩は目を覚ましたのだろうか。彼女の様子を見に行った長谷川さんも帰って来なかったからもしかしたら私とは別に動いているのかもしれない。

【影野さん】

「ッ……ぁ、幻影(ファントム)さん」

 その時、不意に目の前にすっかり見慣れてしまった青白い文字が浮かび、振り返るといつの間にか幻影(ファントム)さんと相変わらず不貞腐れたようにそっぽを向いているシノビちゃんが立っていた。私が汗を流すのを待っていてくれたのだろうか。

【改めて修行、お疲れさまでした。これでヤツラを前にしても完璧、とはいえませんが最低限の動きはできると思います】

 あれだけ頑張ったのに『最低限の動き』と言われると少しだけきついものがある。だが、彼女の言っていることは事実なので素直に受け入れるしかなかった。

「こちらこそ時間がない中、修行を見てくれてありがとうございました」

【いえ、特に最後は私も予想以上の動きでした】

「最後?」

「……拙者の変わり身の術を攻略した話でござる」

【手加減しろと指示されたシノビは忍術を使わない。きっと、そう勘違いすると思い、先入観の恐ろしさを伝えるためにあえて最後の分身になったら身代わりの術を使い、不意打ちをするように指示していました】

 なるほど、確かに身代わりの術を使われるまで幻影(ファントム)さんの予想通り、私は勘違いしていた。あの不意打ちをやり過ごせたのは奇跡にも近い。私の体が不自然に加速しなければ回避は間に合わなかっただろう。

【やはり、あの目(・・・)のおかげでしょうか】

「?」

 そのことを伝えると考察するように文字を浮かべた幻影(ファントム)さん。しかし、そんな彼女の文字を読んで首を傾げてしまう。

 あの目、とはなんだろうか。目の異変で思い浮かぶのは榎本先生の赤黒い靄を防いだ紅い盾だが、あの幾何学的な模様は見えなかった。

「その様子だと無自覚なんですか? 拙者にぶん殴られて立ち上がった頃にはお主の虹彩は紅く染まってたでござるよ」

「え!? そうなの!?」

【ええ、そして、身代わりの術を使った分身の攻撃を回避する時、紅い目が少しだけ光ったように見えました。あなたの体が加速したのはそのおかげかもしれません】

「……じゃあ、この目の異変を使いこなせたら」

【戦略の幅は広がるでしょう】

 引き延ばされた世界。私の思考速度が上がり、周囲の状況を観察しながら最適解を導くまでの猶予(モラトリアム)

 でも、そんな世界で私だけが普段と変わらない速度で動けた場合、文字通りに世界が変わる(・・・・・・)

【しかし、使いこなせない以上、それに頼る戦い方はお勧めしません。今のあなたでもできることはあります】

「ッ……」

 私の焦りなど見抜いていたのか、釘を刺すように目の前に文字が浮かんだ。

 そうだ、紅い盾も、不自然な加速も、今の私は意図的に使えない。それは持っていないのと同じだ。持っていない武器を振るうことに何の意味がある。ただ、空ぶって大きな隙を晒すだけ。

「……すみません」

【謝る必要はありません。力を掴み損なった気持ちはわかりますから】

「え?」

【そして、そんなあなたにこれをお渡しします】

 幻影(ファントム)さんの文字の真意がわからず、聞き返したが彼女はそれを無視して私にそれを差し出した。

「!? これって……」

 彼女が付けている黒い手袋に置かれていたのは榎本先生の戦った時に貰った黒いミサンガと同じものだった。あの時は赤黒い靄に拒絶され、消滅してしまったそれが目の前にある事実に驚きを隠せない。

(そうか、幻影(ファントム)さんは……)

 妄想者(クリエイター)。トリガーアイテムを作るのが得意なトリガー能力。つまり、この黒いミサンガは彼女が作ったものだ。

【左腕を出してください】

「は、はい」

 戸惑う私は彼女の指示通り、左腕の袖を捲り、差し出す。そのまま幻影(ファントム)さんが私の左手首に黒いミサンガを付けた。まさか、これが修行する前に言っていた二つ目の対策?

 でも、黒いミサンガは幻影(ファントム)さんと連絡を取るだけのものだった。何か起こった場合、シノビちゃんの分身を消すことになっていたがもしものために連絡手段をもう一つ用意したということだろうか?

【このミサンガは以前にお渡したものとは全く違います。向こうに向かって左腕を突き出しながら『装填(セット)』と言ってください】

「え、えっと……装填(セット)!」

 そんな疑問を浮かべていると幻影(ファントム)さんが指さしたのは第二体育館のある方向。言われるがままに左腕を突き出し、キーワードを口にする。

「なっ!?」

「ひ、姫!? まさかこんな小娘にこれほどのトリガーアイテムをお渡しになるのですか!?」

 すると、左腕に沿うように青白い矢がバチリ、と音を立てながら出現した。それを見ていたシノビちゃんも目を見開き、幻影(ファントム)さんに問いかける。

【何が起こるかわかりませんので彼女にも武器が必要だと判断しました。このように装填(セット)と口にして矢を出現させ、射出(シュート)で前に飛ばせます。試し撃ちするために隔離世(カクリヨ)を発動してもらってますので気軽にどうぞ】

「しゅ、射出(シュート)!」

 彼女の文字を読んでほぼ反射的にもう一つのキーワードを叫んだ。それを聞き届けた青白い矢は待っていましたと言わんばかりに私の左腕から飛び出し、第二体育館へと着弾。凄まじい轟音と共にその壁を粉々に粉砕してしまった。

【上手くいきましたね。ですが、キーワードを口にするだけで発動するため、取り扱いには気を付けてください】

「え、あ、あの……」

【装填数は3で、基本的に使い捨てです。慣れたら私と同じように矢の軌道を変えることも可能ですが今は時間がないため、目の前にいるヤツラを蹴散らす時にでも使ってください】

 あまりの破壊力に茫然としている私に気づいていないのか、幻影(ファントム)さんは新しい青白い矢を手に持ちながら淡々と説明する。そのまま黒いミサンガに矢を押し付けるようにして試し撃ちをして使った分を補充した。

「姫!? これはあまりに過剰では!? 拙者もサポートに回るんですよ!?」

 ほぼ崩壊しかけている第二体育館を見てシノビちゃんが待ったをかける。正直、こればっかりは私も彼女に賛同したい。これでは初陣の新兵にろくに使い方を教えていないロケットランチャーを持たせるようなものだ。とてもではないが扱いきれるとは思えない。

【今日の襲撃は何が起こるかわかりませんので十分に備える必要があるかと】

「そうではございますが! じゃあ、拙者にもください!」

【一つしか用意していないので駄目です】

「なんででござるかー!」

「……ふふっ」

 ぷんぷんと怒るシノビちゃんと変わらない態度で無視する幻影(ファントム)さん。そんな二人を見て不思議と笑みが零れた。私に見られていると思い出したのか、シノビちゃんはピタっと動きを止め、こちらを睨んだ。

【影野さん、そろそろ私たちは飛来森へ向かいます】

「ッ……はい」

 もしかしたら、と思っていたが幻影(ファントム)さんは黒いミサンガを渡すのと出発することを伝えに来たのだ。

【何かあったらすぐに私たちを呼んでください。ここに来るまで5分。されど5分です】

「それって……」

【たった5分でも取り返しのつかないことは起きます】

 5分は300秒。大きめのカップラーメンにお湯を注いで出来上がるまでの間に人は死ぬ。そういうことだろう。

【被害を最小限に食い止めるためにも直感的かつ冷静な判断が必要です。今日、この戦場にいる中でその判断をするのに一番向いているのはあなたでしょう】

 まさかそこまで評価されているとは思わず、私は言葉を失ってしまう。

 でも、たったそれだけで胸の中に燻っていた不安が最初からなかったように消えた。

【自信を持ちなさい。榎本と戦ったあの夜、あなたは全力で立ち向かい、生き延びた。それは紛れもない事実です】

「っ……はい!」

「……せいぜい足を引っ張らないことでござるな!」

 その言葉に頷くとシノビちゃんは何故か捨て台詞を吐いて地面に煙玉を叩きつける。少しして煙が晴れるとそこには二人の姿はなかった。

「……よし」

 幻影(ファントム)さんたちと話している間に日はすっかり沈んでしまった。それでも私は特に気にすることなく、校舎へ向かう。

 その拍子に左手首に伝わる黒いミサンガの感触はとても心強かった。

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