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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第94話

 場所は変わって中庭。私は冷や汗を流しながらシノビちゃんの分身の前に立っていた。そんな私たちを幻影(ファントム)さんとシノビちゃんの本体、長谷川さんが見守っている。

(うぅ……どうしてこんなことに……)

 事の発端は生徒会室での話し合いで幻影(ファントム)さんとシノビちゃんが深夜に飛来森で依頼があるため、それが終わるまで私たちに力を貸せないことだった。

 依頼が終わったらこちらに駆けつけてくれるそうだが、何が起こるかわからない状態で彼女たちの助力を得られない時間があるのは不安だ。

 そこで幻影(ファントム)さんが出した提案によって今の状況が完成したのである。

【では、先ほども言いましたが改めて確認させていただきます】

「は、はい!」

【私たちが依頼を終えるまでに何かが起こり、皆さんだけでは対処できなくなることも考えられます】

 彼女たちの推測では深夜1時までには依頼を終えられるらしい。しかし、それまでに問題が発生することもあるだろう。因みに依頼を後日に回すのは『ストライカー』に理由を説明できない上、急を要するらしいため不可能だった。

【そこで三つの対策を考えました。まず、シノビの分身を二人ほど置いていきます。一人は戦力として、もう一人は緊急時の連絡用です】

 シノビちゃんの分身は消えるとその分身が得た情報が本体に伝わる。そうすればこちらで問題が発生した場合、依頼を一時的に中断して駆けつけてくれるそうだ。そして、駆けつけてくれるまでの時間は――。

【五分。我々なら五分で飛来森からここまで来ることができます】

 目の前に浮かんだその文字列にゴクリと生唾を飲み込む。北高と飛来森までの距離は数十キロほどある。それほどの距離をたった五分で移動できるのは彼女たちが規格外な強さを持っているからだろう。

【ですが、ヤツラの中には五分であなたたちを皆殺しにできる存在もいるでしょう。そこで少しでも生存率をあげるため、影野さんにやっていただくことが二つあります】

「は、はい……」

 一つはすでに内容を聞いており、目の前にシノビちゃんの分身が立っている原因なので彼女の文字に力なく頷いた。

【影野さんは吸血鬼なため、高い身体能力を持っています。また、先ほど聞きましたが戦況を見極める観察眼と思考速度が研ぎ澄まされ、ゾーンに似た感覚になるとのことでした。これらは戦闘中、必ず影野さんの力になる要素です】

 高い治癒力や未だに扱えない紅い壁は今回の作戦には役に立たないので除外される。治癒力はともかく紅い壁に関しては幻影(ファントム)さんも少し期待していたようで使えないと知ると作戦を練り直すためか、数秒ほど考えるそぶりを見せていた。

【ですが、戦闘経験が乏しいため、緊急時に戦えるとは思えません。そこでシノビ相手に最低限の経験を積んでいただきます】

「わかりました……」

 戦闘経験。それが私に最も不足しているものだ。それはわかるのだが、まさかシノビちゃん相手にそれを積まされるとは思わなかった。

【最後の対策はこれをクリアしなければ意味がないため、クリアしてから説明します】

 つまり、幻影(ファントム)さんの作戦は緊急事態が発生した場合、シノビちゃんの分身が消え、幻影(ファントム)さんたちが駆け付けるまでの五分間を私たちが稼ぐ、というものだった。

 生存率を上げるためとはいえ、いきなり幻影(ファントム)さんに鍛えられるとは思わなかった私はどこか飲み込み切れていないのだろう。

【では、時間もありませんので始めます。目の前にいるシノビを全力で殴ってください。シノビは避けることも、受けることもせずに殴られてください】

「……は?」

 でも、そんな気持ちは目の前に浮かんだ青白い文字で吹き飛んだ。

 シノビちゃんを殴る? 分身とはいえ、無抵抗な相手を?

「えっと……」

「……舐めてるでござるか?」

 どうしていいかわからず、視線を彷徨わせてしまう。それを見たからか、目の前に立っているシノビちゃんの分身が失望したような声と共に消えた。

「ガッ……」

 そして、右頬に凄まじい衝撃が走り、私の体は横に吹き飛んだ。そのまま地面をゴロゴロと転がり、校舎の壁に叩きつけられた。そのまま地面に倒れ、土や草の匂いが鼻孔をくすぐる。

「無抵抗だからといって殴れないような奴はここには必要ないでござる。さっさと帰ってください」

 倒れている私にシノビちゃんの言葉が突き刺さった。手加減してくれたのか、不思議と痛みはないものの、殴られた右頬の感覚はほとんどなく口内に血の味が広がっていく。

(そうだ……)

 私は幻影(ファントム)さんの隣に立つためにここにいる。それはヤツラだけでなく、違法を犯したトリガー――人間相手に戦うこともあるのだ。

 しかし、今の私はためらった。無抵抗だとか、人間だとか。余計なことを考えて拳を握らなかった。私を鍛えようとしてくれる――いや、私の尻拭いをしてくれると約束してくれた幻影(ファントム)さんたちに失礼だ。

「……ペッ」

 口の中に溜まった血を吐き出して立ち上がった。

 そうだ、彼女たちはそんな世界で生きている。私が予想もつかないような過酷な世界で。

「ごめんなさい。目が覚めました」

「別に覚めなくてもよかったんですよ。邪魔なので」

 相変わらず辛辣なシノビちゃんの反応に苦笑を浮かべる。そして、拳を握りしめた。

「影野様の目が……」

 吸血鬼の聴覚が長谷川さんの呟きを捉えたが今は気にしている場合ではないので無視する。

「……行きます!」

 姿勢を低くして全力で地面を蹴った。ゴッ、という音と共に蹴った地面が爆ぜ、私の体を前へ押し出す。シノビちゃんは幻影(ファントム)さんの指示通り、抵抗するつもりはないようで白けた目で私を見ていた。

「やぁああああああ!」

 右腕を振りかぶり、タイミングを見計らって振るう。先ほどのお返しとばかりに私の拳はシノビちゃんの左頬を捉えた。これまで経験したことのない感触が右拳に伝わり、顔を歪ませる。

 私に殴られた彼女は後方へ吹き飛んでいき、地面に叩きつけられる直前で白い煙となって消滅。あのまま分身を維持してしまうと消えた後に本体へダメージが伝わってしまうため、すぐに消したのだろう。

「はぁ……はぁ……」

 たった一発、殴っただけなのに私の呼吸は乱れていた。きっと、必要以上に力が入ってしまったのだろう。

 でも、できた。初めて人を殴れた。無抵抗な相手にこんな様では仮にヤツラと戦うとなってもまともに戦えなかっただろう。私は少し前まで戦闘とは無縁のただの女子高校生だったのだから。

 しかし、これで最低限の経験は積んだ。これで幻影(ファントム)さんも――。

【駄目ですね】

「……へ?」

 目の前に浮かんだ文字に間抜けな声を漏らしてしまう。そして、次に浮かんだ文字で私はとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。

【腕力に頼った殴打だったため、体全体を使うことを意識してください。シノビ、分身を五体追加】

「御意! ニンッ!」

【次は連続で分身を殴ってください。右、左、右、左。そして、最後は蹴りでお願いします】

「え? え?」

【時間がありません。強制的に帰宅させますよ】

「は、はぃ!!」

 最低限の経験。それは幻影(ファントム)さんの基準で最低限、戦えるようになるまでしごかれる、という意味だったのである。

【重心がぶれています。そんな体たらくでよく戦うと言いましたね。やり直し】

「ひぃ! すみません!」

 それから数時間にも及ぶ修行が始まったのだった。

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