第92話
「処刑って……」
あまりに重い罪に私は言葉を失ってしまった。しかし、音峰先輩と長谷川さんの様子を見るに冗談ではないのだろう。
――もう一度、断言します。貴女様やドッペル以外、ヤツラと相棒契約している人は一人もいません。
不意に数日前の講義で聞いた長谷川さんの言葉を思い出す。私とドッペル以外にヤツラと相棒契約している人はいない。つまり、それだけヤツラという存在は人類に受け入れられておらず、そんな存在に味方する人は人類の敵だと認識されてもおかしくないのだ。
「最初から……わかってたんですか? もし、ばれたらって……」
「ええ、わかってたわ。まさかこんな事態になってしまうとは思ってなかったけど」
確かに今回の事件は誰にも予想できなかったことだ。それでも私に味方したことがばれてしまう危険性はゼロではなかったのも事実。
しかし、彼女はそんな危険を冒してでも私を試そうとした。
もしかしたら、幻影さんの隣に立てるかもしれない、と期待した。
「……」
「だから、貴女は気にしないで。これは私たちの問題よ」
何も言えずに立ち尽くす私に音峰先輩は突き放すようにそう告げる。そうだ、私はまだ『ストライカー』に所属したわけではない。あくまでも私の覚悟を見極めるために生徒会庶務に任命されただけ。だから、関係ない。
ふざけんな。
「ふざけないでください」
「ッ――」
自分でも驚くほど低い声が出た。私の様子が変わったからか、生徒会長の席に座る彼女は小さく目を見開く。だが、そんなこと気にしていられない。このまま『はい、そうですか』と引き下がれるほど私はいい子じゃないのだ。
「私のせいで処罰されそうになってるのに黙ってるわけにはいきません」
「でも、貴女に手を貸すと決めたのは私よ」
「手を貸そうと思わせたのは私です。それに市長に交渉できるほどの何かを持ってないのも私が弱いせいですから」
そもそもの話、市長が私に幻影さんの相棒を任せてもいいと思わせるような力があればこんなことにはなっていなかった。
そう、全ては私が弱いせいだ。私に力がなかったせいで起きた問題。それなら私が責任を取るのは当たり前である。
「それで幻影様の相棒を辞めることになっても?」
「はい、構いません」
「ッ!!」
音峰先輩の言葉に頷くと彼女は顔を歪ませた後、私の胸倉を掴んで力任せに引っ張る。その拍子に机から紅茶の入ったカップが落ちたのか、ガシャンという陶器の割れる音が生徒会室に響いた。
「貴女の……貴女の覚悟はそんなものだったの!? あの方の隣で支えたいと言ったのは嘘だったの!?」
そう、鋭い眼光で私を睨みつけながら叫ぶ先輩はとても冷静とはいえる状態ではない。トリガー能力であっても我を忘れるほどの怒りを覚えると付けているお面が少しだけ剥がれてしまうのだろう。
「嘘じゃありません」
「なら――」
「――でも、仮に幻影さんの隣に立ったとしても先輩を犠牲にしたら堂々と胸を張れませんから」
先輩の言葉を遮り、私は誤魔化すように笑いながら言い切った。
もちろん、幻影さんの相棒を辞めるのは嫌だ。あの人の隣に立って彼女のことを支えてあげたい。
でも、その過程で誰かが犠牲になったら絶対に私は気にする。
小心者である私は罪悪感で押し潰される。
そして、こんな私のために相棒契約を結んでくれた心優しい幻影さんはそれを許さない。
「だから、私は音峰先輩を犠牲にしたくありません」
「……なら、どうするの? 市長に連絡しない、なんてことは絶対に許さないわ」
「……」
音峰先輩が処罰されない方法として最も手っ取り早いのは市長に連絡せずに隠蔽することだ。しかし、そのせいで予期せぬ事態が発生し、ヤツラによって人類が滅亡するのは絶対にあってはならないこと。
じゃあ、どうする? 私にできることで『市長に連絡する』以外の選択肢は――。
「……シノビちゃん、いる?」
「は?」
気づけば私は胸倉を掴まれながら彼女の名前を呼んでいた。いきなりここにはいない人の名前が出てきたため、少し力が抜けたのか先輩の手が私の制服から離れる。
「いるんでしょ、シノビちゃん。出てきてよ」
もう一度、虚空へ声をかける。私が現れたことで最も被害を受けたのはずっと幻影さんの相棒になりたがっていたシノビちゃんだ。私の動向を探るため、分身を傍に置いていてもおかしくはない。
「……何用でござるか」
少しの沈黙の後、観念したようにシノビちゃんの声がした。そちらへ視線を向けると壁と同じ模様の布を手に持った彼女を見つける。どうやら、あれで姿を消していたらしい。普通ならすぐにばれそうな隠れ方だが、シノビちゃんの『忍者っぽいことができる』トリガー能力の影響で気づかなかったのだろう。音峰先輩も長谷川さんも気づいていなかったらしく、驚いているようだった。
「幻影さんに連絡を取ってくれる?」
「自分でやればよかろう」
「私よりもシノビちゃんの方が信憑性高いと思うし……この事態はシノビちゃんたちも無視できないよね」
「……はぁ。姫に対する説明はお主がやるでござるよ」
ため息を吐いたシノビちゃんはその場で小さな煙と共に消えてしまった。分身を消して情報を共有するためだろう。
「影野、さん……まさか……」
「……はい、幻影さんを頼ります」
「ッ!? そんなことをすれば今度こそ!」
「大丈夫です、わかってます」
音峰先輩はそこで言葉を区切り、歯を食いしばる。彼女の言葉の続きは言われなくてもわかっている。
何もしなくていいと言われたのにそれを無視して危険な目に遭った。
そして、自分では解決できない事態になったらすぐに頼る。
それは一体どれだけ自分勝手な行為だろう。普通ならすぐに縁を切られてしまうほどの過ち。もし、幻影さんの相棒を解消された場合、もう私は彼女と関わることはできないだろう。できたとしてもそれ相応の運と時間が必要だ。
でも、音峰先輩が処罰されない唯一の方法として『ストライカー』の中で一目置かれている幻影さんを巻き込むことしか思いつかなかった。きっと、心優しい彼女なら何も悪くない音峰先輩の待遇をどうにかしてくれる。
それに加え、私たちが市長に報告せずに黙っていてもシノビちゃんが幻影さん、もしくは『ストライカー』に密告していただろう。どちらにしても一番被害が少ないのは素直に幻影さんを頼ることだった。
たとえ、それで幻影さんとの相棒契約が解除されることになっても私は構わない。全部、私のせいなのだから。
これが最適解。間違ってなどいない。納得した上で導いた答えだ。
「……わかってますから」
そのはずなのにどうしてこんなに胸の奥が痛いのだろうか。




