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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第90話

 あやちゃんが去った屋上で私は空を見上げて思考を巡らせる。生徒会室は長谷川さんが来る可能性があるし、校内を徘徊するわけにもいかないため、ここで今後のことを考えることにしたのだ。

 そもそも――冷静に考えてみれば今回の話はそう難しい話ではない。あやちゃんの言う通り、いくつかの問題が絡み合ってどうしようもなくなってしまっただけなのだ。

 では、その問題の一つは何なのか。単純な話、私が自惚れていただけ。

 幻影(ファントム)さんに何もしなくていいと言われ、ショックを受けた私は何も知らなかった。トリガーのことも、ヤツラのことも、飛来森のことも、『ストライカー』のことも。何も知らなかったからこそ、知るところから始めた。

 だが、知ったところで私にできることはないことは最初からわかっていた。ただ身体能力が少し高くて人間よりも傷が治るのが早いだけの化け物に何ができるというのだろう。

 もし、あの幻影(ファントム)さんを守った紅い盾が自在に使えたのなら話は違ったかもしれない。しかし、使えもしない力に寄りかかるほど私は落ちぶれていなかった。

 でも、残念ながら心の弱い私は無意識に期待していたのだろう。知ることさえできればきっと、私にもできることはあるはずだ、と。

 些細なことでいい。この体そのものを盾として使うことも視野に入れていた。原因は私であるため、長谷川さんは悪くないが彼女に認められたこともそれに拍車をかける要因になってしまったのだろう。






 そう、音峰先輩の炎を見るまでは。






 結局、私はいてもいなくてもいい存在なのだ。むしろ、足手まといになってしまう分、いない方がいいのだろう。だから、幻影(ファントム)さんは私に何もしなくていいと言い、音峰先輩はこの3日間で私を見極めると言った。

「……」

 思わず、右手を強く握りこんでしまう。思ったよりも力が入ったのか、爪が掌を傷つけ、紅い血が流れた。

 知っていたはずだ。わかっていたはずだ。気づいていたはずだ。

 知ったところで私にできることはないことぐらい。

 音峰先輩は情けで私に手を差し伸べてくれたことぐらい。

 こんなことをしても幻影(ファントム)さんの隣に立てるわけがないことぐらい。

 でも、それでも『もしかしたら』と考えてしまった自分が恥ずかしい。たった二週間前に彼らの世界を知っただけの一般人に何ができるというのだろう。

 そうだ、私は人間でも、ヤツラでもない。ただの弱い化け物。最弱のヤツラ(・・・・・・)だ。

 戦う術を持たず、誰かを守る力もない。知識も、覚悟も、経験も。何もかもが足りていない。






 だからこそ、あえて言葉にする。そんなこと、最初から知っていた(・・・・・・・・・)






 知っていたけど。

 わかっていたけど。

 気づいていたけど。

 それでも、嫌だった。

 情けでも、私を救うためだったとしても、幻影(ファントム)さんの隣に立てるかもしれない唯一の存在、それが相棒(バディ)

 私はそれに成った。






 この先――私の人生を全てかけてでも縋りたい場所にいる。






 ああ、そうだ。そうだった。それだけで十分だった。

 たったそれだけで立ち上がれるほど彼女の存在は私にとって大きい、憧れの人。

「……」

 改めてそれを認識できた瞬間、細かい問題が全て吹き飛んだ。

 ヤツラと対峙することに対する恐怖。

 何もできないと打ちひしがれる無力感。

 私のせいで誰かを傷つけてしまうかもしれない不安。

 音峰先輩は私に期待してくれたのにそれに応えられない罪悪感。

 長谷川さんは私を認めてくれたのに失望させてしまうような言動。

 そして、榎本先生を蹴落として生き延びた責任感。

 そのどれもが私の足を引っ張る要因。私の体を縛る鎖。

 でも、そんなこと、知ったことか。それを引き千切れるほどの力は今の私にはないけど、それらを引きずりながら歩く覚悟はある。

 いいや、違う。覚悟ではない。歩かなければならないのだ。この体を縛り付ける重荷は全て自分で生み出したもの。なら、ちゃんと全部持って前に進む。

 だって、捨てるということはそれらから目を逸らすことと何も変わらないのだから。

 ただでさえ、何もないのにそれらを捨ててしまったら私が私でなくなってしまうような気がしたから。

「……」

 右手に滴る血を制服のポケットから取り出したハンカチで拭き取る。幸い、出血はそこまで多くなかったようだが、ハンカチには紅い血が染み込んでしまった。ヤツラの血は青かったような気がする。

 でも、私の血の色は紅い。やはり、吸血鬼は特別なのだろうか。

 長谷川さんの話では吸血鬼に関する情報は『ストライカー』ですらほぼ皆無。その生態は不明であり、伝承の域を超えないそうだ。

「……はぁ」

 とりあえず、問題の大部分は解決した。

 でも、肝心な鶴来君のことは何も進んでいない。そもそも、これに関してはすぐにどうにかなることではないだろう。だって、たとえ、目の前に彼がいたとしても素直に『私のこと知ってる?』と聞くわけにはいかないのだから。

(聞く勇気もないし……)

 そう、だから一番いいのは気にしないこと。しかし、それができたらこんなに悩んでいない。そのせいでふとした時に彼のことを考えてしまう。

 じゃあ、どうする? さすがにこのまま放置するのは論外だ。すでに昨日の夜に鶴来君のことが過る度に思考が一瞬だけ止まってしまう実害が出ている。音峰先輩たちも見過ごさないだろう。

 時刻はすでに午後2時。そろそろ解決の糸口を見つけなければ間に合わなくなる。




 ――自分の力じゃどうにもできないのに誰の手も借りられないような難しい問題……それでも悩み続けてる。今にも死んじゃいそうな顔で、それでも考えてる。それってさ、ひーちゃんはまだ諦めてないんだよね?




 だからといって諦める理由にはならない。考えろ。最後まで考え続けろ。何もできない私にできることはそれぐらいしか――。

「……そっか」

 不意に閃いた私は思わず立ち上がってしまう。

 そうだ、それでいいのか。考えてしまうのなら、考えればいいのだ(・・・・・・・・)

 善は急げと屋上を飛び出して階段を駆け下りる。その途中、部活の一環なのか楽器を持った数人の生徒とすれ違ったが気にするほど私には余裕がない。

「長谷川さん!」

 ノックもなしに生徒会室の扉を開け、この数日間で何度もお世話になった同級生の名前を呼ぶ。彼女は書類整理をしていたのか、いくつかのフォルダが乗った机で作業をしていた。

「影野様、いかがされましたでしょうか」

「お願いがあるの」

「……かしこまりました。書類を片付ける時間をください」

 私の表情を見た後、彼女はコクリと頷いて手に持っていた書類をフォルダに戻し始めた。

 時間はない。確証もない。でも、やるしかない。それしか方法はないのだから。

 長谷川さんの準備ができるまで私はどうやって今の状況を説明するか、必死に考えをまとめ続けた。











「――なるほど、そういうことがあったのね」

 時刻はすでに深夜、生徒会室で音峰先輩に私の現状を伝えると納得したように頷いた。こちらとしては誤魔化す余裕はないので馬鹿正直に全てを話したため、この時点で駄目だと言われたらそれまでだ。

「確かに鶴来君と貴女は一緒に行動することが多いことは知ってたから……早めに伝えておいた方がいいと思って長谷川に頼んだけど、完全に裏目に出てしまったのね。ごめんなさい」

「い、いえ! 全部、私が悪いので気にしないでください! 一応、長谷川さんのおかげで形にはなったから昨日みたいなことにはならないと思いますし!」

「形? 事情を話したっていうことは対策を立ててきたと思ったけど……」

「はい、最大の問題点は鶴来君のことが頭に浮かんだら思考が止まってしまうことでした。だから、ずっと考え続けることにしました」

「……もう少し具体的に説明お願いできる?」

 私の解決策を聞いた先輩は数秒ほど考え込んだが、頭を抱えてしまった。私としてはわかりやすく説明したつもりだったのだが、変なことを言っただろうか。

「えっと……別のことを考えている時に鶴来君のことを思い浮かべたら思考が止まっちゃうので常に考え続けたら思考は止まらないかな、と」

「つまり、影野様は頭の片隅に鶴来様のことを置きながら戦うということです」

「それって大丈夫なの? 並列思考(マルチタスク)は半日程度で身に着くような記述じゃないでしょう?」

「影野様の場合、考えることに慣れておられました上、無意識に並列思考を行っていたようでして……先ほどまで念入りにシミュレーションをした結果、問題ないと判断しました」

 信じられないと言った表情を浮かべた音峰先輩に長谷川さんが説明した後、おもむろに右手の人差し指、中指、薬指を立てた。

「3? 3がどうしたの?」

「影野様が同時に行ったシミュレーションの数です」

「……は?」

 そう、私の思考速度の限界を確かめるため、負荷を上げることになった。その結果、長谷川さんに3つのシミュレーションを続けざまに伝えてもらい、質問をしながら対策を考え、長谷川さんの返答を聞きつつ次の質問を考え、最終的な対策法を話して判定してもらう。それを何度も繰り返した。もちろん、その間、鶴来君のことは頭の片隅に置いていたが、ちょっとしたズルができたので問題なくできてしまったのである。

「ズル?」

「はい、ちょっと言葉にするのは難しいんですが……集中すると時間が引き延ばされるんです」

 今思えばこれまでにもその兆候はあった。特に昨日の夜、天井から変な音がした後、体感時間は通常よりも何倍にも引き延ばされていたような気がする。それを意識して使えるようになった今、これまで以上に思考効率は上がるだろう。

「……ひとまず、精神面も落ち着いているようだし、対策法もある。これでやってみましょう。長谷川、フォローは任せるわ」

「かしこまりました」

「では、そろそろ行きましょうか」

「はい!」

 こうして、二日目の夜が始まった。






 そして、この日、明け方になるまで待ってもヤツラは出現しなかった。

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