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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第85話

「は?」

 私の答えは予想外だったのか、長谷川さんはキョトンとしてしまった。そりゃそうだ。見つかっているといっても一体だけだ。声を出さずに逃げ出せばその分だけ犬たちの動きも出遅れる。しかし、大声を出せば自分の存在がばれてしまうため、普通なら決してやらない行動だろう。

 ただ、問題は犬たちと対峙したのが私、ということ。

「……どうして、そのような答えになったか教えていただいても?」

「単純に私は戦えないからだよ」

 仮にこちらが先に見つけたのならその場を離れて音峰先輩たちと合流しているだろう。だが、すでに三体の内、一体に見つかっているのなら少し時間を稼いだところで意味はない。なら、大声を出して校内にいる彼女たちにこちらの状況を伝えた方が断然早いだろう。

「私の強みは吸血鬼特有の身体能力と複雑骨折程度(・・・・・・)なら一日で治る治癒力ぐらいしかないでしょ?」

 そもそもトリガーはその人の技量にもよるが肉体強化ができる。それこそ幻影(ファントム)さんやシノビちゃんなら能力を使わずとも吸血鬼である私を一瞬で倒せるだろう。

 しかし、それは幻影(ファントム)さんやシノビちゃんだからだ。肉体強化だけでヤツラと戦えるのであればゴーグルを付けて個体の分析をしなくていいし、そもそもトリガーアイテムすら必要ない。

「でも、トリガーは装備を支給される。それって純粋な反撃者(アタッカー)だとしてもトリガーアイテムがなければヤツラに対抗しきれないってことだよね?」

「それは、そうでございますね」

「なら、ただの身体能力が高いだけの私じゃお話にならない」

 治癒力も瞬時に治るものでもないので肉壁として前に出ることすらできない。あの紅い盾が使えるようになれば話は違うかもしれないが、現状どうやって出すのかわかっていないため、ないものとして扱う。そんな私が真正面からヤツラと戦う選択肢などありえなかった。

「じゃあ、そんな私にできることは何か? 一刻も早く音峰先輩と合流すること」

 長谷川さんはトリガーアイテムがあったとしても人間であるため、安易に合流すれば共倒れになってしまうだろう。だからこそ、私たちの中で唯一、戦える音峰先輩と合流する。それしかヤツラを倒す方法はない。

「なるほど……ですが、相手は犬型。四足歩行のヤツラは足が速いことが多く、吸血鬼である貴女様でも追いつかれてしまうでしょう。そのようにお嬢様と合流するおつもりでしょうか?」

 私の話を聞いた長谷川さんは納得してくれたようだが、冷静に質問してきた。確かにこの身体能力があったとしても犬型のヤツラから逃げきれる自信はない。

「うーん、向こうがどんな風に追いかけてくるかにもよるけど……とりあえず、校舎の中に逃げ込むかな。北高の構造ってシンプルだから廊下を走っていても他の部分から見えやすいし、状況に応じて窓を叩き割りながら逃げて音で私がどこにいるか知らせようかと」

「……随分、大胆でございますね」

「そうでもしなければ死んじゃうからだよ」

 私は弱い。何の後ろ盾もなく、特殊な能力も持っていないただの化け物。最初に大声を出してヤツラを見つけたことを知らせるのも私一人では合流するのが難しいから一秒でも早く、音峰先輩に駆けつけてもらうためだ。

 弱いなりにできることをする。それしか私にできることはないから。

「……最後の質問です。犬型はとても連携が上手く、窓を割れないほど余裕がなかったとします。気づけば貴女様は東棟三階にいました」

「……」

「きっと、お嬢様は影野様の大声を聞いて中庭に向かうでしょう。そして、窓から中庭にお嬢様の姿を見つけました。貴女様ならどういたしますか?」

「犬もろとも窓を突き破って飛び降りるよ。多分、三階に長谷川さんがいるから」

「ッ――」

 まさか即答するとは思わなかったのだろう。長谷川さんは大きく目を丸くして私を凝視する。

 長谷川さんのゴーグルはレーダーの役割をしている。おそらく、犬型のヤツラの場所も捕捉できるはずだ。音峰先輩と彼女が一緒に行動していればそんなすれ違いは起きない。

 それなのに音峰先輩は中庭に向かってしまった。つまり、何らかの理由があって二人は別行動を取っていることになる。

 そして、レーダーに従い、長谷川さんは東棟三階に来るだろう。まだ出会って一日しか経っていないがこれまで見た彼女の人となりを鑑みれば単身だったとしても私のところへ駆けつけてくる。長谷川さんはそういう人だ。

「私は傷の治りが早いから多少、怪我をしても大丈夫だと思う。私自身、吸血鬼のことを何も知らないから完全に予想でしかないんだけど……」

 榎本先生の赤黒い靄の直撃を受け、大木に叩きつけられても死ななかったのだ。三階から飛び降りたところで即死はしないだろう。

 あくまでこれはシミュレーション。こうやって作戦は考えてみたが実際に行動に移せるかわからないし、犬型のヤツラの性能も知らない。きっと、予想外なことが起こるだろう。

 でも、これは考えることに意味があるのだ。作戦を考えることに慣れておけば冷静に判断できるかもしれないし、少しでも合致する状況になった時、咄嗟に行動に移せる可能性だってある。

 そう、決して無駄ではない。無駄にしたくない。無駄にしない。

「……」

 そこで長谷川さんがポカンとした様子で私を見ていることに気づいた。しまった、少し深読みしすぎただろうか。はたまた、考えた作戦には欠陥があり、呆れてしまったか。いずれにしても私の考えは彼女の答えとはかけ離れたものだったのだろう。そうでなければここまで驚いていないはずだ。

「……申し訳ございません。私は影野様のことを侮っていたようです」

「へ?」

「悪戯、といいますか。安易に犬型と戦うと答えないか、というテストをしようと思い、あのような問題を出しました。答えられずとも貴女様は少し前まで普通の女子高校生だったのです。無理はありません。これからしっかり基礎を学びましょう、と発破をかけるつもりだったのです」

 むしろ、答えすぎてしまったらしい。確かにシミュレーションとはいえ、ただの女子高校生がこんなすぐに作戦を練られるのはおかしいだろう。

「……多分、ずっと考えてたからかな」

「考えていた?」

「うん」

 作戦のことだけじゃない。ましてや、あの運命の夜からではない。

 ずっと、ずっと前から私は考え続けていた。

 おじさんたちのこと。

 学校のこと。

 これからのこと。

 これまでのこと。

 夢で見た幻影(ファントム)さんのこと。

 私自身のこと。

 ずっと独りだったから考えることしかできなかった。なにか思いついても行動に移すまでの勇気がなく、ただ流されるだけだった。そんな人生を無駄に過ごしていた。

 でも、もう変わると決めた。変わってやると心に火を灯した。なら、あとは考え付いたこと、全部やるだけ。

 そう考えたらあの惰性的に過ごしていたこれまでも無駄ではなかったのかもしれない。こうやって、『考える』という行為に慣れることができたのだから。

「……とにかく、影野様。それは貴女様の立派な武器でございます」

 そんな私の話を聞いた長谷川さんだったが、どこか納得のいかない顔をしていた。しかし、とりあえず話を進めることにしたらしい。

「武器?」

「はい、少しの思考で戦略を導き出す回転の速さ。ご自身やお嬢様だけでなく、本来、戦力外として扱われ、考える必要のない私の行動パターンも予測する客観的視点。なにより、その合理性です。少々、乱暴ではありますが私たちに状況と場所を知らせるために大声を上げたり、窓を割って音を立てたり……吸血鬼の体が頑丈であり、治癒力に長けているとしても三階から身投げすると即答できる度胸には目を見張るものがあります」

「そ、そうかな?」

 昨日から随分、長谷川さんに褒められており、ちょっと嬉しくなって口元が緩んでしまう。

「ですが、過ぎた自己犠牲は褒められたものではございません」

 それを戒めるようにピシャリと彼女ははっきりとそう言った。う、と言葉に詰まりながら思い出すのは昨日の夜に襲ってきた黄色い鶏。

「現状、この世に不死身の存在は確認されておりません。体が頑丈でも、傷の治りが早くても死んでしまう時は死んでしまいます」

「……はい」

「それに三階から飛び降りた後、打ちどころが悪かったせいで動けなくなってしまった場合、お嬢様は貴女様を守りながら三体の犬型と戦うことになります。そうなれば戦況は一気に不利となるでしょう」

「……おっしゃる通りです」

 上手く答えられた気になって浮かれた自分が恥ずかしい。やはり、まだ全然、駄目だ。もっと、頑張らなければ。

「しかし、咄嗟の判断として導いた作戦にしてはとても理に適っております。影野様には戦略家の才能がおありのようです」

「……」

「……影野様?」

「あ、ううん。なんでもない、ありがとう」

 戦略家。果たして、私にその才能はあるのだろうか。




 ――死ね。




 もし、もしそうなら――どうして、これまでの私はあの状況をどうにもできなかったのだろうか。

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