表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
85/109

第84話

「話を戻しましょうか」

 少し脱線してしまったので長谷川さんが話を戻す。幻影(ファントム)さんのことも気になるが今は講義に集中しよう。

「ヤツラの生態をきちんと確認してから攻撃を仕掛ける。そのためにこのゴーグルのようなトリガーアイテムはほぼ必須でしょう。ですが、今回の実戦では影野様に装備が支給されることはありません」

「っ……それは私が吸血鬼だから?」

「いいえ、貴女様がここにいることは『ストライカー』に報告していないからです」

「……え?」

 聞き捨てならないことを聞いてしまい、間抜けな声を漏らしてしまう。確か、音峰先輩は彼女の母親である市長から伝言を頼まれて私を呼び出したと言っていた。しかし、私がそれを拒絶したため、私の覚悟を見極めるために3日間という期間を設けたはず。てっきり、その旨を市長に伝えたと思っていたがまだ私のことを言っていないらしい。

「それって大丈夫なの?」

「正直に申せば大丈夫ではございません。お嬢様の独断でございます。もし、何かしらの問題が発生した場合、お嬢様は罰せられるでしょう」

「ッ!?」

 まさかそこまでして私の覚悟を見たいとは思っておらず、目を見開いてしまった。音峰先輩は幻影(ファントム)さんに対して強い憧れを抱いているようだが、私個人としてはほぼ無関係だ。同じような境遇だったとしても自分の立場が危うくしてでもここまでする必要はあったのだろうか。

「……もしかしたらお嬢様は貴女様に期待しているかもしれません」

 私の困惑を察したのか、長谷川さんはボソリと呟くようにそう言葉を続けた。

「期待?」

「ええ……昨日も申しましたが、幻影(ファントム)様はとてもお強いお方です。決して戦闘向けとはいえない妄想者(クリエイター)であれほどの戦闘力を持つトリガーはいらっしゃらないでしょう。それこそ純粋な反撃者(アタッカー)ですら太刀打ちできないほど実力者でございます」

 そう語りながらも彼女は少しだけ寂しげに目を伏せる。その表情はまるで絶対強者であるはずの幻影(ファントム)さんを憂えているようだった。

「ですが、だからこそ彼女の隣にはどなたもいらっしゃいません。あのシノビですらどんなに打診しても相棒(バディ)になれませんでした」

 思い出すのは飛来森で幻影(ファントム)さんたちの戦いを見たあの夜。私を呼びに来たシノビちゃんは私のことを酷く恨んでいたように思える。それはトップクラスのトリガーであるシノビちゃんを差し置いて私が幻影(ファントム)さんの相棒(バディ)になったせいだ。

「しかし、誰も近づけようとしなかった幻影(ファントム)様が初めて相棒(バディ)を作った。それは影野様が彼女の隣に立つ可能性を秘めていることでもあります」

「……」

「トリガーは孤独な方が多く、タイプの呼び方があのような卑屈なものになったのもトリガー自身、己のトリガー能力を好まない方が多いからです」

 それは幻影(ファントム)さんの同じだ。彼女も自分の能力が嫌いだと言っていた。だから、あのような戦い方をしているのだ、と。

幻影(ファントム)様に救われた方は少なくありません。特にお嬢様。そして、クレア様は彼女がいなければきっと、今頃……」

 長谷川さんの話は完全に『たられば』だ。すでに終わったことであり、考えても無駄なことである。その先を考えても結局のところ、予想でしかなく、誰も真実はわからない。

 だが、それでもなお、そんな音峰先輩と市長の『もしも』のその先は容易に想像しやすく、そんな結末にならなくてよかったと彼女は安堵していた。

「ですから……お嬢様は影野様の覚悟を見極め、幻影(ファントム)様の隣に立てる人物なのか確認したいのです。それが幻影(ファントム)様のためになると信じて」

「……」

 音峰先輩は幻影(ファントム)さんに憧れている。きっと、彼女自身、自分が幻影(ファントム)さんの相棒(バディ)となり、共に戦いたいと願ったこともあるだろう。

 しかし、申し訳ないが音峰先輩の実力派シノビちゃんよりも下なのは否めない。そして、格上であるシノビちゃんですら幻影(ファントム)さんの相棒(バディ)にはなれなかったのだから音峰先輩が相棒(バディ)になれる可能性はほぼ0。

 だからこそ、私に一縷の望みをかけた。孤独な彼女の傍にいられる誰かになって欲しい、と。

「……頑張ります」

 そう言われてやる気が出ないわけがなかった。音峰先輩に託された嬉しさやプレッシャーによって少しだけ乱れた感情を落ち着かせるため、深呼吸した後、長谷川さんに頷く。講義の続きをしよう、という意味を込めて。

「ええ、その意気です。ですが、ここからは貴女様にとってあまり良くないお話でございます」

「良くない話?」

 よりいっそう気合を入れて講義を受けようと思ったのだが、言いづらそうにそう告げた長谷川さんに少しだけ出鼻を挫かれてしまった。

「ええ、先ほども言いましたがトリガーアイテムには強力な武器もございます。本来であれば戦闘力に難のあるトリガーは能力に合ったトリガーアイテムが支給されるのですが……影野様の場合、それがございません」

「……つまり?」

「本番ではヤツラ相手にその身一つで挑んでいただくことになります」

 無数の触手や毒息。衝撃を与えただけで大爆発を起こす化け物相手に素手で戦う。それはあまりに無謀だ。長谷川さんもそれを知っているから少しだけ言いづらそうにしていたのだろう。

「確かにそういう事情ならそうなるよね。うん、わかった」

「……怖くはないのですか?」

 あまり気にしていない様子の私に彼女は訝しげな表情を浮かべた。

 確かに武器があった方が心強いのは本当だ。しかし、私はつい最近までただの女子高校生だった身。いきなり、剣や銃を渡されても使いこなせるとは思えない。

「それなら最初から選択肢が少ない方が戦い方も思いつきやすいかなって……えっと、どうしたの?」

「……いえ、私としたことが影野様のことをまだ見くびっていたようです」

「う、うん?」

「なんでもございません。ですが、確かに戦い慣れていない頃なら選択肢は少ない方がいいのも事実。では、ここで問題です」

 『ててん』と抑揚のない効果音を口ずさみながら長谷川さんはまたホワイトボードに文字を書いていく。昨日から思っていたことだが、もしかして彼女は無表情な見た目とは裏腹にそこそこ愉快な人なのかもしれない。音峰先輩とじゃれていた時も楽しそうだった。

「ここに三体のヤツラがいます。姿は犬型であり、大きさは大型犬よりも二回りほど大きいとしましょう。戦い場所はこの学校。周囲には味方はいません。影野様、貴女様ならどう戦いますか?」

 なるほど、仮想の敵を用意してシミュレーションをするということだろう。私がどんな風に考えて戦うのか知りたいらしい。

「……まず、色々質問してもいい?」

「ええ、もちろんでございます」

「その犬型のヤツラはどこにいるの? 私の立ち位置も教えてほしいかな。あと、見つかってる?」

「そうですね。ヤツラは中庭にいます。貴女様は見回りの途中、一階の渡り廊下を歩いている時に群れの一体と目が合った。そのような感じでしょうか」

 ふむ、すでに見つかっているのであれば不意打ちは不可能。それに私は長谷川さんのようなゴーグルを持っていないから不用意に攻撃するのは駄目だ。

「……周りに人はいないって話だったけど校内には誰かいるの?」

「はい、私とお嬢様がいます。ですが、インカムの類もございませんのでお互いにどこにいるかわかりません」

 そうなると合流には時間がかかりそうだ。なにより、人間である長谷川さんがヤツラと出会ってしまった場合、銃を持っていたとしても三体のヤツラを退けるとは思えなかった。

「……」

 頭のギアを切り替えて思考する。この思考時間もあまりかけてはならない。長い時間をかけて答えを導き出したとしても本番ではその間にヤツラに食い殺されてしまう。だから、このシミュレーションで重要なのは作戦を考える瞬発力ともしものことがあった場合の打開策をいくつ用意できるか、である。

(うん、この場合なら――)




「――まず、大声を出すかな。『犬が三体いたぞー!』って」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ