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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第79話

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 天狗のお面を外し、凛とした顔を私に見せた音峰先輩。戦闘を見た感想を求められたが、あまりに衝撃的な光景だったので言葉が上手く出てこない。

「……お嬢様」

 その時、拳銃をリロードし終えた長谷川さんが先輩に話しかける。その表情は無表情のように見えるがほんの少しだけ怒っているようだった。

「わざと流されましたよね? いつもの貴女様であれば私の援護など必要なかったはずですが」

「え?」

 音峰先輩の能力により、天狗のお面を付けた彼女は調子に乗りやすい体質になってしまう。だからこそ、相棒(バディ)である長谷川さんがいつもフォローしているのだと思っていた。それほど二人の連携は完璧だったのである。

「ええ、そうよ」

 しかし、長谷川さんの指摘に音峰先輩はあっけらかんと頷いた。まるで悪気がなく、堂々とした佇まいに本当に彼女は悪いことをしていないのだと錯覚してしまうほどだ。

「どうして、そんな危険なことを?」

「実際に見せた方が説得力があるから、と言えばいいかしら」

 私の質問に対し、彼女は天狗のお面に視線を落としながら答える。説得力。つまり、能力のデメリットを私に教えるための行為だったということだろうか。

「先ほども言ったけれど、短期間だとしても私たちはこの学校を守る仲間。その仲間が何ができて、何ができないのか。どのように行動するのか、どんな弱点があるのかを把握しておく必要がある。もし、私とあなたしかいなかった場合、次からは私のフォローに入ろうとしてくれるでしょう?」

「それは……」

 彼女の説明に私は思わず納得してしまった。

 例えば、仮に口頭だけで調子に乗りやすいと言われてもどの程度、調子に乗りやすいのか。そのせいでどのような危険があるのかイメージがしにくい。そのため、実際に戦った時、どのようにフォローをすればいいか悩んでしまう――いや、もしかしたらフォローするという考えすらしないかもしれない。私の中で音峰先輩はすでに完璧な生徒会長というイメージがあるから。

 だが、今のように長谷川さんが先輩をフォローした姿を見たおかげでイメージが付きやすくなった。戦えない私でも敵の動きを観察して声をかけるぐらいならできるだろう。

「だから、明日からの(・・・・・)――避けてッ!」

 おそらく、その声に反応できたのは奇跡だった。慌てて後ろに下がると先ほどまで私たちがいた場所に巨大な何かが落ちてくる。地震にも似た地面から伝わる振動にバランスを崩しそうになってしまうほどだ。

「何が……へ?」

 落ちてきた物体を見上げ、私は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 それはまさに山。見上げなければ全貌がわからないほど巨大な何かがそこにいた。全長は校舎の一階よりも高いため、三メートルは超えているだろう。それ以外にわかるのは体色が黄色く、呼吸しているのか僅かに体が上下に動いていることだけ。妙にふよふよしているため、もしかしたらとても柔らかい体をしているのかもしれない。

「こいつは……」

 巨大な何かの奥から会長の声が聞こえた。長谷川さんの姿も見えないので二人とも向こう側に逃げたのだろう。もしかして、これもヤツラなのだろうか。

「え、ええ!?」

 そう考えていた時、その巨体が少しずつ私の方へ近づいている――いや、違う。転がり始めた。ふよふよとした体のため、動きはぎこちないが確実に私の方へ向かってきている。

「……鳥?」

 その途中、ギョロっとした目と小さな嘴が見えた。頭らしきところに短い紫色のトサカもあるため、超肥満体質の黄色い鶏なのだろう。

「影野様! こいつには近づかないでください! 全力で逃げてください!」

「そ、そんなこと言われても……」

 長谷川さんも鶏が私の方に転がり始めたのを見て声を張り上げて指示を出した。今すぐ先輩が天狗のお面を付けて攻撃すればすぐに倒せると思うのだが、それができない理由があるのだろうか。

「ッ……」

 そんな甘えた考えは頭を振って飛ばした。駄目だ。ここで先輩を頼りにするのは間違っている。ゴールデンウィーク中、私は先輩たちに覚悟を見せなければならないのだ。攻撃手段を持たないなりにできることはあるはず。

 そう心に決めた私はその場で反転し、反対側の中庭へと逃げる。すぐに後ろから建物が崩れる音が聞こえた。おそらく、あの巨体で一階と二階の渡り廊下を破壊したのだ。柔らかそうな見た目だが、質量によって転がった時の破壊力が凄まじいことになっているのだろう。巻き込まれたら死。だから、長谷川さんは近づかないように叫んだのである。

(でも……)

 私は後ろを振り返らずに中庭と校舎を繋ぐ扉へと駆け込んだ。そして、そのまま廊下を走り、西棟へと向かう。あの巨体では校舎の中までは入ってこられない。転がって校舎を破壊しようとしてもその間に吸血鬼特有の脚力を駆使して先輩たちに合流できるはずだ。

「え?」

 そう考えていたのだが、後ろから聞こえた轟音に思わず足を止めてしまう。そして、振り返ると廊下いっぱいに詰め込まれた鶏の姿があった。どこにも隙間はなく、通り抜けるのは不可能。だが、それ以上にどうやって校舎の中に入った? まさかあの大きくて柔らかい体を小さな扉に突っ込んで無理やり入ってきた?

「―――――」

 状況を整理しようと頭をフル回転させるが相手は待ってくれない。鶏は何かを叫びながらぶよぶよの体を動かして予想以上の速度で私の方へと向かってくる。このまま壁に押し付けて圧死させるつもりなのだろうか。

「くっ」

 このまま止まっていたら死ぬ。そう判断した私は急いで廊下を走り、西棟に入って職員室の前を通り抜けた。その直後、後ろから何かが飛んでくる。それは『職員室』と書かれた室名札だった。

「はぁ!?」

 慌てて後ろを見れば鶏が廊下の破壊しながら凄まじい速度でこちらに迫ってきている。その光景に悲鳴を上げ、私は更に速度を上げて廊下を走った。そのまま、廊下の途中にあった階段を駆け登ったが鶏も負けじと追いかけてくる。その途中、鶏が体をスライムのように変形させて階段をショートカットしたのが見えた。素直に階段を昇らず、その巨体を利用して一階部分から二階部分へ体を伸ばしたのだ。

(そっか、あの体……本当に柔らかいんだ!)

 右に見える破壊された渡り廊下を尻目に走りながら私はやっと理解する。ぶよぶよとした体は簡単に変形する。しかも、それがスライムと同じレベルだとしたら小さな扉に体を押し付けただけで校舎の中に入れるだろう。

 それだけではない。階段をショートカットした時に見た動きからして鶏は自分の体をある程度、操作できるはずだ。それを利用して廊下の壁に自分の体を押し付け、後ろに向かって力を加えて前に進んでいるのである。

 これでは先輩たちと合流するのは難しい。下手をすれば巻き込んでしまうだろう。

 考えている間に突き当たりに差し掛かる。このスピードでは曲がり切れない。でも、少しでも速度を緩めたら追いつかれてしまう。

「……よし!」

 意を決した私は更に速度を上げる。後ろから聞こえる破壊音が少し遠ざかったが、再び近づいてきた。鶏もスピードを上げたのだろう。

「せーのっ!」

 だが、むしろ好都合だ。タイミングを見計らい、左に向かって跳躍して壁を蹴る。向かう先は斜め右前。丁度、廊下の曲がり角だ。

 壁を蹴った私は突き当たりの壁に向かっていく。もちろん、このままでは激突してしまうため、体を捻って壁に上手く足を着地させた。そして、再び壁を蹴って廊下の曲がり角の先へと跳ぶ。三角跳び二連続だ。

(よし、これで――)

 廊下を曲がることができた。しかし、私の目的はそれだけではない。

 廊下に着地する前に後ろをチラ見する。そこには今まさに壁に激突する寸前の鶏の姿。あれだけの速度で廊下を走っていたのだ。どれだけ柔らかい体だとしても少しくらいダメージが――。

「――ッ」

 殴る、蹴るしか攻撃手段しかない私でもできることをした。もし、これでダメージがなかったら素直に先輩たちと合流する。そう決めていたのである。

 でも、私はヤツラと戦うという本当の恐ろしさを知らなかった。




 巨大な黄色い鶏が突き当たりの壁に激突した瞬間、その体から目が眩むほどの光が放たれた。




「風よ――」

 ふわり、と少しだけ体が浮いたような気がした。だが、それを認識する前に私の視界は白く染まって――凄まじい衝撃と共に意識が吹き飛んだ。

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