第75話
「さて、休憩も終わりにして本題に入りましょう。相棒システムもただ傍にいるというわけではございません」
長谷川さんが淹れてくれたお茶を飲み終えたところで彼女は話に戻った。目指すべき姿がまだわからないが方向がわかっただけでも進歩と言えるものの、幻影さんの隣に立つためには知らなければならないことが多すぎる。少しでも自分の力にできるように真剣に聞こう。
「まずは単純にお給金です」
「……は?」
だが、最初に出てきた話がお金のことだった。思わず目を白黒させてしまう私に長谷川さんは何故かキョトンとする。
「もしかして……このお話ですら聞いていないのですか?」
「あ、えっと……うん」
「……」
何故だろう。長谷川さんがドン引きしているような気がする。そして、呆れたように小さくため息を吐いた。
「相棒契約を結ぶ際、銀行口座の番号を記入する欄があったと思いますが何も疑問に思わなかったのですか?」
「え、だって、幻影さんが書けって言ったから」
「……もしかしなくても貴女様もお嬢様レベルの幻影様狂なのでは?」
「?」
他の人ならともかく別に口座の暗証番号を教えるわけではないのだ。幻影さんなら銀行口座の番号ぐらい知られてもいい。どうして、長谷川さんは頭を抱えているのだろう。
「まぁ、いいでしょう。では、話に戻ります。相棒契約を結ぶと割合がどうであれ『ストライカー』の依頼で発生したお互いの収益が共有されます」
「……え?」
少し待ってほしい。収益の共有。彼女はそう言ったか? それはつまり、私が稼いだお金の何割かが幻影さんに入り、それは逆も同じことが言え――。
「ッ――」
私は慌ててスマホを取り出し、銀行口座の残高を確認する。まだバイトをしていないから家賃や光熱費が引かれるぐらいなのでしばらく見ていなかったからか操作に手間取ってしまった。いや、あまりに慌てていたせいで手が上手く動かせなかっただけかもしれない。
「ひゃっ……」
そして、やっと銀行口座の残高がスマホに表示され、呼吸が止まった。そこには数十万そこそこしか入っていなかったはずなのに桁が一つ増えている。もしかして、この前の『間引き』の報酬が私にも入った? ただ見ていただけで?
「ぁ……ぁ、あああ……」
「あの、影野様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫、じゃ……ないよ……」
これは、あまりにも酷い。酷すぎる。そりゃ、色々な人から相棒契約を解除しろと言われるはずだ。だって、これじゃ私が幻影さんからただお金をもらっているだけだ。
「きっと、想像以上に振り込まれていたのでしょう。彼女の報酬金は1千万はくだらないと伺ったことがございます」
「いっせ……は、はは……因みに共有の割合って最低どれくらい?」
「一割です」
わかった。これでも最低割合だ。大本の金額が大きすぎて一割でもとんでもないことになっているだけ。この先、幻影さんが依頼を達成する度にこの残高が増えていくと考えるとどんどん血の気が引く。
「……いっそ死んじゃったほうが幻影さんのためになるんじゃ」
「お止めください。せっかくお嬢様が貴女様のことを気に入ったばかりなのですから」
「あ、はい。ごめんなさい」
思ったことが口に出てしまい、長谷川さんに窘められてしまった。駄目だ、思考がぐちゃぐちゃになってしまって変なことばかり考えてしまう。頬を軽く叩いて気を取り直す。
「つ、続きを……どうぞ」
「貴女様が言うのなら……では、お給金の話はこれぐらいにしておきます。次に体制ですね」
「体制?」
「はい、相棒と一口に言いましても私のような人間もいれば、トリガー、そして、貴女様や先生のドッペルゲンガーがいます。相棒によってどのような体制で動くのか変わってきます」
確かに人間である長谷川さんに戦う力はない。そんな人がヤツラの前に立てばすぐに殺されてしまう。また、幻影さんやシノビちゃんのように一緒に戦えばその分、生存率は上がるはずだ。そんな風に組んだ相手によって体制が変わるのは当たり前である。
「……あの一つ気になったんだけどいい?」
「どうぞ」
「私やドッペルみたいにヤツラを相棒にしてる人はいないの?」
「いません」
私の質問に長谷川さんははっきりと断言した。だが、それは長谷川さんが知っている人の中で、という話だろう。だって、私やドッペルがいるのだ。もう一人くらいヤツラを相棒をしている人は――。
「もう一度、断言します。貴女様やドッペル以外、ヤツラと相棒契約している人は一人もいません」
「ッ……」
そんな私の思考を読んだように長谷川さんは釘を刺した。その鋭い視線に一瞬だけ怯んでしまう。
「そもそも今までヤツラだと自覚せず、普通の人間として生きていた貴女様と人を襲わず、本当の子供のように先生に懐いているドッペルゲンガーが例外なのです」
「それ、は……」
「それに気づきませんか? あれほど固有名詞を出すなと言っていたはずのヤツラの名前を私はあえて口に出しているのです」
「あっ」
そうだ、先ほどから彼女ははっきりと『ドッペルゲンガー』という固有名詞を言葉にしている。
「あのドッペルゲンガーは変異種です。しかし、世間一般的に広まっている通常種があの子のような変異種に成り代わったらどうなります? 人間に懐き、共に戦ってくれるのならとても心強い味方になる。そのため、『ストライカー』では先生の連れているドッペルゲンガーは特別に固有名詞で呼んでいます」
「そうだったんだ」
確かにシノビちゃんや幻影さんもドッペルのことをはっきりと言葉にして呼んでいた。そんな事情があったとは思わなかったが、確かにドッペルゲンガーがあの子のようになればヤツラと戦いやすくなるだろう。
「結論に入ります。貴女様とドッペルゲンガーが特別なだけでヤツラは基本、本能で人間を襲います。手懐けることは現状、不可能とされています」
「現状?」
「トリガーにヤツラを操る能力を持つ者が現れる可能性があるからです。ですが、今のところ、そのようなトリガー能力は確認されておりません」
「そっか……えっと、体制の話だったよね?」
それほど私やドッペルは希少なのだ。そう言われても全く自覚できないのだが、それがわかっただけでもよかったとしよう。
「ええ、これから幻影様の相棒として動かれるのでしたらそこを意識しておく方がよろしいでしょう」
「……うん」
意識、と言われても今の私にできることは少ない。傍にいて支えるにしても、一緒に戦うにしても、他の方法を見つけ出すにしても何もかもが足りない。
「さて、相棒に関してはこれから少しずつ学べばよろしいのでこれぐらいにしましょう」
「……」
これまで『ヤツラについて』、『相棒システム』の話が終わった。つまり、次が最後。『飛来森とサブ』だ。
「これは、何なの? 飛来森って」
「まず、読み方が違います。これは飛来森と読みます」
「避雷針?」
雷が落ちやすいように鋭い針などを用意することで雷が落ちるところを誘導して被害を最小限に抑える装置だ。でも、文字が違う。そして、私が思いつく森はただ一つしかない。
「貴女様も入ったことがあるでしょう。この音峰市の中央、そこにある広大な森。それこそこの飛来森です」
そう、榎本先生が消滅し、幻影さんたちがヤツラの間引きを行ったあの森のことだ。




