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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第69話

 宙に浮いたような感覚に身を委ねる。意識は朦朧とし、私がどこにいて、どんな状態なのかわからないほど私という存在が曖昧になっていた。

 体は動かない。いや、動かそうとすら思わない。ただその感覚にゆらゆらと身を任せていた。

(甘い……)

 不意に口内に甘い何かが流れ込んでくる。感覚が曖昧になっているせいで余計にその甘さが際立ち、思わず吐息を漏らしてしまった。

 美味しい。美味しい。美味しい。もっと、もっと、もっと――。

 そんな欲求を満たすようにその甘い何かがドクドクと口内へ注がれる。

 だが、トントンと優しく背中を叩かれ、その甘い何かは消えてしまう。その代わりに感じたのは温もり。甘い何かに夢中になっていたせいで気づかなかったが私は何かに包まれていたらしい。

(あったかい……)

 こんな時間が一生、続けばいいのに。そう思いながら曖昧だった意識は今度こそ、闇の底へと落ちていった。















 カチコチ、と時計の秒針が時を刻む音がする。気づけば私は自室のベッドで横になり、天井を見上げていた。

 あれから幻影(ファントム)さんたちは危なげなく戦い続け、目標の100体はおろかオペレーターさんが計測した結果、ヤツラの討伐数は268体だった。数時間ほどかかったが怪我はもちろん、足手まといな私にすら傷を負わせることなく戦い終えてしまったのである。

 ずっと彼女たちが戦っている姿を見ていたが途中からふわふわとした感覚を覚え、集中できなかった。その感覚は時間が経つにつれ、酷くなっていき幻影(ファントム)さんに背負われたところで記憶が曖昧になり、どうやって帰ってきたのか覚えていない。

 あの感覚は何だったのだろう。私が幻影(ファントム)さんの役に立てないと現実をつけつけられ、思考が麻痺してしまったのかもしれない。

「……ふぅ」

 気持ちを切り替えるために小さく息を吐く。確かに私は弱い。吸血鬼であっても少し前までただの女子高校生だったのだ。そんな奴が幻影(ファントム)さんの隣で戦えるわけがなかった。それぐらい考えればすぐにわかること。

 きっと、調子に乗っていたのだ。あの何度も夢に見た憧れの人がいて、その人の相棒(バディ)になって、認められたような気がして、独りよがりに息巻いて。

「……」

 体を起こしてベッドから降り、部屋のカーテンを開ける。すでに日は昇り、その光に思わず目を細めた。

 今日は4月29日。3連休の初日。バイトを探したり、買い出しをする。現実を叩きつけられる前の呑気な私は浅ましくもそんな予定を立てていた。

「……」

 確かにシノビちゃんの言うとおりだ。幻影(ファントム)さんに相棒(バディ)は必要ない。きっと、榎本先生と戦っていた時だって私の想像以上に調子が悪かったのだろう。それだって彼女はあの外套を脱げば一人で対処できると言っていた。結局、私の力を借りたのは私が外套を脱がないでほしいと頼んだから。もっと言えば彼女が私を助ける義理すらなかった。

 それなのに幻影(ファントム)さんは私を助けてくれた。

 脱ぎたくない外套を脱ぐと言ってくれた。

 彼女がいなければ私は今頃、榎本先生に連れ去られて実験動物にされていたかもしれない。こうやって、朝日を拝むことができるのは全て幻影(ファントム)さんのおかげ。

「……」

 無意識にカーテンを掴んでいた右手に力が籠る。

 駄目だ。やっぱり、諦められない。幻影(ファントム)さんがどんなに強くて、誰の助けも必要としていなくても私は彼女の助けになりたい。

 おそらく、そう思うこと自体、迷惑なのだろう。彼女からしてみればこの想いはせっかく助けた命を粗末にしているようなものなのだろう。

 だから、昨日の夜、私をあの森に呼んで現実を見せつけた。どうやったってお前は役に立てない。大人しく日常に戻れ、と伝えた。

「……よし」

 しかし、幻影(ファントム)さんの誤算は私が彼女に抱いている恩は彼女の想像以上に大きかったこと。

 私にとって幻影(ファントム)さんが憧れの存在だったこと。

 そして、あの程度で私の心が折れると思っていたこと。

 まだ私にできることは思いついていない。だが、それはこれまでも同じだった。

 こんな私にできることなんてない。

 誰の役にも立たない。

 存在しているだけ邪魔な存在。

 この街に来るまでの私は悪意に晒され続け、私はそういった人なのだと決めつけていた。全てを受け入れ、私だけが我慢すればいいと思っていた。

 でも、この街に来て、北高に入学して、鶴来君やあやちゃんたちと出会い、幻影(ファントム)さんに命を救われて少しだけ自分自身が好きになった。ほんの少しだけ前を向けるようになった。

 そんな私にやりたいことができたのだ。そう簡単に諦められると思わないでほしい。

「よし」

 カーテンを完全に開け、部屋が明るくなった。時計を見ればまだ朝の5時。一睡もしてないが吸血鬼のおかげか、それとも心に火が付いたからか眠気を感じられない。体の調子は絶好調だった。

 手短に身支度を済ませ、学校指定のジャージに着替える。

 今の私にできることはない。何をすればいいかさえもわからない。でも、だからといって黙っているわけにもいかない。

 あの深い森で動き回るためには今以上に体力が必要になる。だから、今はとにかく走って体力をつけよう。本当にただの思い付きだけど、吸血鬼に目覚めた私がどれぐらい動けるのかも確認しておきたかったので今後も色々と試してみるつもりだ。

「行ってきます」

 私は誰もいない部屋にそう告げて家を出る。もう黙っているだけなのは嫌だから。

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