第68話
暗い森の中に青白い閃光がいくつも走る。それらは生い茂る木々を生きているようにかいくぐり、標的へ着弾。いや、標的すらも貫通して次の獲物へ向かっていく。物体を通り過ぎたというのにその威力は全く落ちていない。それでいて逃げようとした敵すらも追いかけて葬り去る様子はまさに地獄絵図そのものだった。
「――」
その時、吸血鬼のおかげで強化された聴力が小さな音を感知する。集中していなければ聞き逃してしまいそうなほどの吐息。それを漏らした本人は閃光が射抜くにはやや面倒な位置にいる敵を一閃。飛び散る青い血を置き去りにしてその少女は再び闇の中へと姿を消した。
「……」
その光景を私は黙って見つめる。たった数分で行われた殺戮ショーにただただ言葉を失うしかなかった。
幻影さんが何本もの矢で大多数の敵を殺し、シノビちゃんがその穴を埋めるように的確に葬り去る。その間、二人の間にほとんど会話はない。幻影さんは元々声を発さないが意思疎通のために使っている文字すら使っていないのだ。きっと、この二人は私が想像している以上に長い付き合いなのだろう。
「どうでござるか?」
「……」
そんな私を見たのか、護衛についてくれているシノビちゃんの分身が問いかけてきた。それは一体、どういう意味なのだろう?
『ストライカー』の仕事を初めて見たことに対する感想か。
ドッペル以外のヤツラに関して聞いたのか。
相棒になったからと言って私にできることは何もないと自覚したか、と確認したかったのか。
わからない。わからないけど、少なくとも私の傍にいる彼女は目は笑っていない。むしろ、呆然とする私を見て失望しているような気がした。
「確かにあなたは姫の相棒になったかもしれませぬ。ですが、それはあなたを認めたからではありません。むしろ、逆。あなたを助けるためにしただけのこと」
「……」
「何か思い違いをしているようでしたのであえて言葉にしますが……あなたにできることはありません。それを今日は骨の髄まで刻みつけてください」
「姫、分身たちが帰ってきたでござる!」
シノビちゃんの分身の言葉を全て飲み込む前にシノビちゃんの本体が幻影さんに叫ぶ。幻影さんもわかっていたらしく、無言のまま頷き、3本の矢を弓に番えて真上に向かって放った。榎本先生の時と同じように森の上空へ消えたそれらの後を目で追うこともなく、幻影さんはすでに新しく3本の矢を弓に番えている。
(そういえば……)
今まで気にする暇はなかったが幻影さんのトリガー能力はどんなものなのだろう。弓矢を操ることもあれば薄い盾で身を守ったり、槍のように獲物を投擲する。彼女の武器に一貫性が見受けられない。
「お待たせしましたでござる!」
そんな疑問を消し飛ばすように森の奥から2人の分身が姿を現す。彼女たちが連れてきたヤツラはすぐそこまで来ているのだろう。複数の足音が聞こえた。
【数は?】
「9でござる! 1体だけでかいのと影がいます!」
【では、大きいのと影は私がやります。残りは手分けしてください。】
「御意!」
短い作戦会議。それを終えた途端、番えていた3本の矢が絡み合うように一本の矢へと融合していく。そして、大きくなった矢は更に輝きを増し、森の中を照らす。それとほぼ同時に分身たちを追いかけてきたヤツラが一斉に視界の中に飛び込んできた。
(でかいっ!)
分身の報告通り、ゴブリンの中に一体だけ大きな個体がいる。顔には大きな目玉が一つ。その体躯は3メートル以上あり、分厚い筋肉に覆われている。その手には大木が握られており、私たちへ攻撃するためにすでに振り上げられていた。そう、その姿は物語やゲームの中に出てくるサイクロプスとよく似ている。
「ぁッ――」
目の前に現れた巨大な怪物に私は反射的に声を漏らす。数は多いものの、ゴブリンなら私でもなんとかできそうだった。だが、あれは無理だ。吸血鬼の力があったとしても倒せるビジョンが思い浮かばない。その時点で私の負け。きっと、あの大木に潰されて殺される。
「……」
しかし、幻影さんは特に驚くこともなく、矢を放つ。3本の矢が融合して巨大化したそれは夜空を駆ける流れ星のように青白い粒子を瞬かせながら大気を切り裂き、サイクロプスの巨大な目を易々と貫通した。たったそれだけでサイクロプスの顔面は最初からなかったように消失し、数秒ほど遅れてその場に巨大な体が崩れ落ちる。その拍子に後ろにいたゴブリンの1体がその体に潰されて絶命した。
「う、そ……」
そのあまりの光景に言葉が零れ落ちる。一目見ただけで勝てないと思った怪物を簡単に殺してしまった。いや、違う。幻影さんにとってゴブリンもサイクロプスも間引く対象。雑草と変わらないのだ。
「――――――!?」
「――――!」
「――――――!!」
サイクロプスが殺され、前を走っていたゴブリンたちの足が止まる。あれほど大きな味方が一瞬で死んでしまったのだ。動揺するに決まっている。
そして、その動揺はヤツラにとってあまりに致命的だった。
「やっ」
「せいっ」
「ほっ」
生き残った6体のゴブリンは3人のシノビちゃんによって両断される。首、胴体、頭。そのどれもが致命傷。まるで豆腐を切るようにスパスパとゴブリンを殺していく光景はアクション映画のようだった。
(あれ……)
その時、ふと疑問が浮かぶ。シノビちゃんの分身は奴らの数は9体だと言った。サイクロプスが1体。その体に潰されたゴブリンが1体。シノビちゃんが殺したのが6体。合計で8体。数が合わない。
「ッ――」
私の疑問に答えるように死んだゴブリンの一体の陰が揺らめく。そして、勢いよくその陰から何かが飛び出し、私へ迫った。
顔らしきところには目や耳などの部位はなく、ゴブリンの死体からしなるように伸びる薄い体。それでいてはっきりとわかるほど鋭い鉤爪。それはまさに影。そんな正体不明の化け物が私に向かって鉤爪を振り下ろし――上空から降ってきた青白い矢に貫かれて消えた。
「……ッ。ぁ、はぁ……」
塵のように消えていく影を見ながら止まっていた呼吸を再開する。あれは、なんだ? 確かにあの風貌はシノビちゃんの言ったように『影』と呼称されるべき化け物なのは間違いなかった。
それが確実に私を殺そうとしてきた。その事実にやっと体が追い付き、力が抜けてその場で尻もちを付いてしまう。
「影。影の中に身を潜め、近くを通りかかった獲物の隙を狙うヤツラでござる。拙者たちのようにこの森に慣れた者なら不自然に揺らめく影を見ただけでわかりますが慣れていない者たちはよく餌食になっているでござる」
「え、じき……」
「幻影さんが対処しなければあなたはどうなってたんでしょうね?」
そう言ったシノビちゃんの分身は再び前を向く。前方では追加で3人の分身が連れてきたヤツラを幻影さんたちは危なげなく、対処している。あそこに入る余地はない。
(ああ、そっか……)
尻もちを付いたまま、私は気づく。シノビちゃんの言う通り、私にはできることはない。役に立たない。むしろ、邪魔なだけ。
私は幻影さんの役に立てないのだ。




