第67話
『準備はよろしいでしょうか?』
「きゃっ」
幻影さんたちが深い森の中で仕事を始めると宣言した瞬間、木の陰から小さな物体が姿を現し、小さく悲鳴を上げてしまう。その物体は浮遊しており、幻影さんのところまで滑るように移動した。それに加え、その物体からボイスチェンジャーによって声質が変化した音声が流れている。
「ど、ドローン?」
よく観察してみるその物体はドローンだった。だが、プロペラから音はせず、気配を一切感じられない。これほど静かなら近くを飛んでも気づかないかもしれない。
【『ストライカー』の仕事をする際、このようにドローンを使ってサポートする場合があります。特に今回のような討伐依頼は基本的にサポートが付きます】
「そうなんですね……」
いきなり出てきた近代的な機械に呆然としながらドローンへ視線を向ける。『ストライカー』に所属するトリガーは逆恨みされないように正体を隠す。きっと、オペレーターも同じような理由でボイスチェンジャーを使っているのだろう。
「オペレーター殿、今宵もよろしくお願いするでござる」
『かしこまりました。では、本日の依頼内容を確認いたします。本日の依頼はヤツラの間引きです』
シノビちゃんがペコリと頭を下げるとオペレーターさんは機械的にそう告げたが、『間引き』という言葉に首を傾げてしまう。確か、植物を育てる時に密集しすぎて日光不足や肥料不足で徒長するのを防ぐためにあえて成長の遅いものを取り除く方法だったような気がする。それが今回、何の関係があるのだろうか。
【間引きはあくまで例えです。簡単に言うとこの森に増えたヤツラを倒すという仕事です】
「なるほど……って、この森に増えたヤツラって」
【詳しい話は機会があればその時に】
そう言って話を切られてしまう。幻影さんは私に仕事を手伝わせるつもりがないため、説明しても無駄だと思っているのかもしれない。
「数は?」
『最低でも100はお願いします。それよりも多く倒していただければその分、報酬は上乗せされます』
「ひゃっ!?」
オペレーターさんの言葉に絶句してしまう。榎本先生から逃げていた時、幻影さんは矢を使って遠くにいたヤツラを倒したのは知っているがあまりにも数が多すぎる。そんな数、一晩で倒しきれるはずが――。
「いつもより随分少ないでござるな」
【4月になる前にまとめて間引きした影響が出ているのでしょう。本日は彼女もいますから丁度いいです】
「……へ?」
だが、幻影さんとシノビちゃんは平然としている。いや、むしろ肩透かしを食らったような態度だ。100という数は彼女たちにとって少ないものなのだろうか。
(いや、でも……)
たとえ、ヤツラが私の想像以上に弱い存在だったとしてもこんな深い森の中で討伐対象を見つけるのは困難だ。一体、二人はどうやって探すのだろうか。
【それでは早速、取りかかりましょう。シノビ、いつもより一体だけ多く分身してください】
「おや、それは何故……ああ、なるほど。御意でござる。ニン!」
幻影さんの指示に最初は首を傾げたシノビちゃんだったがこちらをチラリと見た後、左手の人差し指を立て、その指を右手で握った。そして、ボフンという音と共に彼女の周りに11人のシノビちゃんが現れる。私を助けてくれた分身の術。
「では、1人を残して他の分身はいつものように遠くの方から釣ってきてください。散!」
本体のシノビちゃんの指示で10人の分身が一瞬で姿を消す。なるほど、人海戦術でヤツラを探し出す算段らしい。でも、どうして遠くの方から、と条件を出したのだろう。
疑問に思っていると残った分身が私の傍に来て何もせずにジッとしている。もしかして、私の護衛?
【では、索敵します】
「索敵? ッ!!」
だが、それを確かめる前に幻影さんが動いた。動いたと言っても彼女はその場で佇んでいるだけ。しかし、彼女から得体の知れない何かが放たれ、背筋が凍りついた。榎本先生と戦った時には感じられなかった圧力に思わず目を丸くしてしまう。
「姫はああやって力を放出して周囲の様子を確かめることができるでござる」
「そう、なんだ……」
私の護衛をしているシノビちゃんの分身が説明してくれるが幻影さんから放たれる威圧のせいで頷くことしかできなかった。榎本先生との戦いで見せた力はほんの一部だったらしい。
【いました。数は10。シノビ、1体だけお任せします】
「もっと任せてくれてもいいでござるよ!」
そんな短い会話だけで幻影さんたちは敵がいたであろう方へ走り出す。慌てて私もその後を追いかけるが森の中を走っているとは思えないほどの速度で移動しているため、すぐに置いていかれてしまった。このままでは2人とはぐれてしまう。
「しょうがないでござるな」
「きゃっ」
見ていられなかったようでシノビちゃんの分身が私を横抱きにして2人を追いかけた。それから数分とせずに目的地に着いたようで幻影さんたちは足を止める。
「あ、れは……」
夜目の効く私の視界には10体の小さな人型の化け物がいた。体は緑色であり、耳が鋭く尖っている。そう、その化け物はファンタジーの世界に出てくる『ゴブリン』という怪物の特徴そのものだった。
「――――!」
「――!」
「――――――!!」
ゴブリンたちは私たちに気づき、ぎゃあぎゃあと鳴いた後、こちらへ一斉に襲い掛かってくる。その手には棍棒や短剣を持っており、これだけの数をまとめて相手にするのは危険だ。
「……」
しかし、私の不安を吹き飛ばすように幻影さんは榎本先生を倒した時のようにいつの間にか手に持っていた青白く光る弓に3本の矢を番え、放つ。放たれた3本の矢は凄まじい速度でゴブリンたちへと向かい、それぞれの矢が先頭を走っていた3体のゴブリンをまとめて貫いた。
「え!?」
だが、幻影さんの矢はゴブリンの体を易々と突き抜け、その後ろにいたゴブリンすらも貫通した。もちろん、素直に並んで走っていたわけではないため、青白い矢はゴブリンの体を捉えた後、また軌道を変えたのだ。そういえば、ドッペルや榎本先生と戦った時も同じように軌道を変えて飛んでいた。
その光景に呆然としている間に幻影さんの矢は合計9体のゴブリンを倒してしまう。ドサリ、というゴブリンが地面に倒れる音に唯一生き残ったゴブリンが足を止めた。瞬く間に仲間がやられて混乱している様子だ。
「斬ッ!」
そんな隙を見過ごすはずもなく、シノビちゃんがゴブリンの背後から忍者刀を一閃。そのまま、そのゴブリンの首が落ちる。きっと、あのゴブリンは自分が死んだことさえ、気づいていないだろう。私もゴブリンの首があった場所から青い血が噴き出してやっと気づいたほどだ。それほどシノビちゃんの攻撃は鋭く、凄まじい速度だった。
「ッ……」
たった数秒で10体のゴブリンが死んだ。たとえ、相手がヤツラだとしてもあまりの光景に吐き気を覚えてしまう。
【次は8体です】
「御意」
だが、私の様子に気づいていないのか。あえて無視しているのか。幻影さんたちは走り出してしまう。
間引きという名の一方的な殺戮はまだ始まったばかりだ。




