第65話
日付がないと時系列がわかりにくかったため、これまでのお話しで日付が変わったり、特定の日付が出てくるところに具体的な日付を付け加えました。
それにあたって、表現の仕方がかなり変わっているところがありますが話の流れは何も変わっておりませんので気になった方のみ、確認していただきますようお願いします。
「んー」
榎本先生の葬式から数日ほど経って4月28日の夜。私は自室でスマホを机に置いて腕を組んでいた。スマホの画面は真っ暗であり、私の考え込む顔と天井が映り込んでいる。
(連絡、なしか……)
榎本先生の事件からすでに一週間以上が経ち、クラスも先生の死による混乱も落ち着きを取り戻し始めていた。いや、一名だけ今もなお、死にそうな顔で学校に来ている人がいる。
『で、では……あの……朝の、ホームルームを始め、ます……』
そう、榎本先生の代わりに『1年D組』の担任を受け持つことになった漣先生である。彼女もまさか初任から担任を受け持つとは思っていなかったことだろう。その証拠に学校が再開してから漣先生は顔を真っ青にしながら授業をしていた。私たちも事情を知っているのでできる範囲でフォローはするつもりだが、それでも彼女の心労を全てなくすことはできないだろう。
「はぁ……」
ため息を吐きながらスマホの画面を人差し指でつつく。画面に映ったのは私とあやちゃんのツーショット写真。学校が再開した時、私の様子がおかしかったことに気づいたあやちゃんが気を利かせて撮ろうと言ってくれたのだ。友達と一緒に写真を撮ったことがなかったため、私の笑顔は引きつっており、なんとも情けない間抜け面となっている。自分の容姿はあまり好きではないが初めての友達との写真だったのでこうやって待ち受けにしてみたのだ。
「……」
私とあやちゃんが映るスマホの画面には何も通知が来ていない。この一週間、ドキドキしながらその時が来るのを待っているのに全く音沙汰がなく、もやもやしっぱなしだ。
(幻影さん……)
頭に浮かぶのは漆黒の外套に身を包んだ私の命の恩人。病室で事件の顛末を聞いた後、連絡先を交換したのだ。
その時はてっきり、今後のことを話し合ったり、相棒のことを詳しく説明してくれるものだと思っていた。
だが、あれから彼女からの連絡は一切なく、どうしていいかわからないまま、今日になってしまったのである。
明日は4月29日の金曜日であり、祝日だ。土日を含めれば3連休なため、必要なものがあればこの3連休で用意したかった。それに加え、貯金はまだあるものの、少しでも多くお金を貯めておきたいので早くアルバイト先を決めたい。だからこそ、可能であれば今後のことをこの3連休で決めておきたかったのだ。
「……はぁ」
じゃあ、私の方から連絡を取るべきなのだろう。でも、彼女には彼女の都合がある。私に連絡を取らないのも何か考えがあってのことかもしれない。そう考えるとこうやってスマホを睨めっこするだけで終わってしまう。
「何やっているでござるか?」
「ぎゃああああ!? ぎゃん!」
その時、誰もいないはずの自室に私以外の声が響き、悲鳴を上げてしまった。その拍子に跳び上がってしまったのだが、まだ上手くコントロールできない身体能力のせいで対面の壁に顔面から突っ込んでしまう。
「いたた……って、痛くない?」
反射的に強打した顔を触るが特に痛みはない。これも吸血鬼の力に目覚めたからだろうか? でも、太陽の光が大丈夫だったり、瞳の色もあの夜に見た血のような紅ではなく、黒に戻っていた。そのせいでふと自分が吸血鬼だと忘れてしまいそうになる。まぁ、今のアクシデントでまた自覚し直したのだが。
「曲芸の練習でござるか? いやはや、体の張った一発芸でござるね」
「そんなんじゃないよ……あれ、シノビ、ちゃん?」
「はい、シノビちゃんでござる」」
顔を上げるとさっきまで私が座っていた場所に黒ずくめの忍装束に身を包んだ小柄な女の子――シノビちゃんが立っていた。あの夜、私をドッペルたちから助けてくれた子である。
「久しぶり、だね。大丈夫だった?」
「ええ、あなたを助けたのは分身だったので本体には特に影響はないでござる」
「う、うん……それはよかった」
あの夜以来の再会だったため、体調を聞いたのだが彼女は素っ気ない態度で返答する。顔は目元以外を隠しているので表情はわからないが何となくシノビちゃんが怒っているような気がした。そう言った感情には慣れているので嫌でも感じ取ってしまう。さっきの言葉も少し皮肉っぽかったのもそれが原因かもしれない。
「でも、どうしてここに? 扉には鍵をかけたのに」
「シノビにできぬことはございませんので」
「そ、そっか……」
どこか自慢げに語る彼女に何も言えなくなってしまった。壁抜けの術とか使ったのかな?
「それでこんな夜に何の用?」
「あのお方がお呼びです」
「ッ……まさか……」
「ええ、あ、な、た、の! 相棒になった幻影さんですううう! ああああああああああ!!」
「え、ええええ!?」
幻影さんが呼んでいると言った瞬間、シノビちゃんがその場で蹲ってダンダンと床を殴り始めた。まさかの事態に目を白黒させてしまう。
「シノビちゃん、どうしたの!?」
「どうしてぇ! どうして、拙者ではなくこんな小娘を相棒にしたんですかあああ! 姫ぇぇぇぇ!!」
「ひ、姫?」
一瞬、私の名前を呼ばれたのかと思ったがシノビちゃんの態度からして違うだろう。もしかして、幻影さんのことをそう呼んでいるのだろうか。それに私のことを小娘と呼んでいたがおそらくシノビちゃんの方が年下だと思う。
「え、えっと……シノビちゃん、落ち着いて?」
「これが落ち着いていられますか!」
なんとか宥めようと声をかけるがかえって油に火を注いでしまったらしく、シノビちゃんはガバリと顔を上げた。そのあまりの勢いに思わず肩を震わせてしまう。
「拙者がどれほど姫のために尽くしてきたと思います!? その全てはあのお方に認められるため! 相棒になるため! 何度も、何度も、何度も何度も姫に頭を下げて相棒にならせてくださいとお願いをして! その度に断られて! 今度こそは、と思っていたのに!」
「あ、あの……一応、防音だけど近所迷惑だからもう少し静かに――」
「――うわああああああん!」
「え、えぇ……」
幻影さんがシノビちゃんと組んでいるのはあの夜で何となく察していた。しかし、想像以上に一緒に行動していたようでシノビちゃんは幻影さんの相棒になりたかったのだろう。それなのに私のようなぽっと出の吸血鬼にその席を取られてしまった。彼女からしてみればたまったものではないはずだ。
「え、えっと……ごめんね?」
「なら、相棒を解消してくださいよ!」
「いや、それは……無理かな」
あの夜以降、私が普通に生活を送れているのは幻影さんの相棒になったからだ。解消した瞬間、『ストライカー』に討伐依頼が出て一晩のうちに殺されてしまう。
「なら、謝らないでくださいよ! 馬鹿にしているんですか!?」
「あ、ああ、ごめんね。ごめん!」
「だからぁ! もおおおおお!」
予想していなかったわけではないが有名なトリガーである幻影さんの相棒になった私を受け入れられない人もいるようだ。特にシノビちゃんは幻影さんと一緒に戦っていたので余計にそう感じてしまうのだろう。
(この子にも認められるように頑張ろう)
きっと、幻影さんが私を呼んでいるのは今後のことを話し合うためだろう。まだ私にできることが何かわかっていないができる限りのことをしたい。泣き喚いているシノビちゃんの背中を摩りながら決意を新たにした。
【結論から申し上げます。あなたは何もしなくていいです】
「……え?」
そもそも、幻影さんは最初から私に期待などしていないことに気づかないまま。




