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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第63話

「……」

 幼い私の姿をした吸血鬼と出会ってから早数日が経ち、4月25日の月曜日。すっかり傷が癒えた私は久しぶりの通学路を歩いていた。だが、治療のために学校を休んでいたわけではなく、この数日の間、休校になったのだ。

 その原因は漣先生がヤツラに襲われたことと榎本先生の消滅である。

 漣先生は榎本先生に買い出しを頼まれ、その途中で街の中に突如として出現したヤツラに襲われたらしい。幸い、軽症で済んだのだが気を失ってしまったのだという。また、ヤツラを目撃してしまったので『ストライカー』が動き、記憶の一部を消す道具を使って対応したとのこと。そんなトリガー能力を使って作り出した道具を『トリガーアイテム』と呼ぶそうだ。幻影(ファントム)さんから預かったあの黒いミサンガもその一つ。

 そして、榎本先生。彼は自身のトリガー能力の暴走によって消滅してしまった。しかし、彼がこの世界に存在していたことは消せない。

 そこで『ストライカー』は榎本先生は帰り道の途中で交通事故に遭い、亡くなったことにした。細かい情報操作もトリガーアイテムでパパっと処理してしまったらしい。便利な道具だと思うがそうでなければヤツラの情報は世間に広まっているだろう。そのついでに漣先生の件もヤツラに襲われたのではなく、貧血で倒れたことになった。

 新任の先生は貧血で倒れ、担任を受け持っていた榎本先生が交通事故によって死んだ。そこで学校は生徒たちのことを考え、数日ほど休校することに決めたらしい。特に榎本先生は私たち1年生の担任。入学早々、担任の先生が死んでしまう心労は誰であってもそれなりにあるはずだ。

「……」

 空を見上げる。4月らしい、少しだけ肌寒いながらも暖かい日差しのおかげでそこまで寒く感じられない爽やかな朝。あの夜、私はこんな朝を過ごすために頑張ったはずなのに気分は晴れない。榎本先生のことを引きずっていないと言えば嘘になるがそれ以上に私自身のことだ。

 私は榎本先生のトリガー能力――『拒絶』によって吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた。その際、肋骨の数本が砕け、手足も捻挫や裂傷を受けた。なにより凄まじい負荷がかかったことによって内臓が傷つき、普通であれば助からないほどの重傷を負っていたらしい。

 そんな大怪我を負ったのにもかかわらず、私の体はこの数日ですっかり治ってしまった。『ストライカー』の息がかかっている『音峰市立南町総合病院』に運ばれたのだが、検査をしている間に肉眼で確認できるほど早く傷が癒えていったのだ。





『いやぁ、あれはマジですごかった。言っちゃなんだけどマジキモかった。あ、動画見る?』





 その時、私は意識を失っていたので直接見たわけではないが、担当の看護師さんがケラケラと笑いながら動画を見せてくれた。その動画では気を失っている私の腹部は内出血によって紫色に変色していたのだが、ゆっくりと肌色に戻っていった。その様子は確かに気持ち悪かったのは記憶に新しい。




 閑話休題。




 つまり、吸血鬼の力に目覚めた私は治癒能力が飛躍的に向上した、ということである。私が吸血鬼だということはすでに受け入れているものの、やはり人間離れした一面を目の当たりにしたらどうすればいいかわからなくなってしまう。

 また、吸血鬼の力に目覚めて一番恐れていたのは太陽と吸血衝動について。吸血鬼が太陽の光を浴びると灰になってしまうのは有名だし、吸血衝動は今回の事件の原因でもある。病院で目が覚めた後、初めての夜は上手く寝付けなかった。寝ている最中に病院を徘徊し、誰かを襲うのではないか、と考えてしまったから。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わり、太陽の光を浴びても灰にはならず、吸血衝動も特に起こらなかった。入院生活自体は二日ほどで終わったので吸血衝動に関しては安心できないが太陽の光を浴びられることがわかっただけでも一安心だ。

「……」

 でも、今回の事件でわからなかったことが二つある。榎本先生と繋がっていた組織と幻影(ファントム)さんの不調が治った原因について。

 私を狙った組織は唯一、情報を持っていた榎本先生が消滅してしまったことにより、完全に情報が断たれてしまったのである。これまで『ストライカー』ですらその組織の存在を知りえなかったため、そう簡単に尻尾を掴めないだろうと幻影(ファントム)さんは言っていた。

 また、幻影(ファントム)さんの不調が治った理由も不明だ。そもそも、彼女が不調になった原因ですらわかっていないらしい。漣先生を襲ったヤツラを倒した時も少しだけてこずってしまい、私を助けに来るのが遅れてしまったそうだ。

(でも……)

 不調になっている時点で私が手も足も出なかったドッペルを簡単に撃退し、相性の悪かった榎本先生相手でも善戦していたように見える。むしろ、私がいなければもっと簡単にこの事件は解決していただろう。

 だが、それ以上に不調が治った後の幻影(ファントム)さんはあまりに強かった。先生(ティーチャー)がすぐに撤退したのも無理はない。いくら私が吸血鬼の力で身体能力が向上したとしても彼女相手では一秒とかからずに殺されてしまうだろう。心の底から彼女が味方になってくれてよかったと思った。

「味方、か……」

 あれから幻影(ファントム)さんと話したのは一回だけ。目が覚めた初日、病室で眠れない夜を過ごしていた時にいつの間にか病室に立っていたのである。そして、私が気を失った後や事件の顛末を教えてくれたのだ。

(私、相棒(バディ)になったんだよね)

 一応、病室で連絡先は交換したのだが、相棒(バディ)については何も触れることなく幻影(ファントム)さんは帰ってしまった。人よりもほんの少しだけ身体能力や治癒能力が高いだけの女子高校生に何ができるかわからないが私としては彼女の役に立ちたい。そのためにも色々と知らなければならないだろう。

「ぁ……」

 いつもの時間。いつもの場所。その人は電柱に背中を預けて誰かを待っていた。あの夜、もう会えないと一度は考えてしまったその人――鶴来君の姿を見た私は思わず、目頭が熱くなってしまう。

「鶴来、君……」

 数日ぶりの再会のはずだが、あの夜が長すぎたせいで本当に久しぶりに感じる。そのせいか彼の名前を呼ぶ声は震えていた。

「……おう」

 声をかけられた鶴来君はゆっくりと目を開けて私を視認した後、小さく頷く。そして、バス停に向かって歩き出してしまう。慌てて彼の隣に並び、一緒に通学路を歩いていく。

「……」

「……」

 会話はない。それもいつものことであり、普段の私なら話題を探すのに躍起になっていただろう。

 だが、今だけはこの空気が心地いい。あのいつもの日常に戻ってこられたのだと実感できた。

 私は人間ではなかった。

 殺されそうになった。

 人が目の前で消滅する瞬間を目撃した。

 たくさん怖い思いをしたし、死んだ方がいいのではないかと考えもした。

 でも、私は生きることを選んだ。どんなに惨めでも、痛くても、悲しくても――この日常に戻ってくるために。

「ほら」

「……え?」

 その時、鶴来君が鞄から取り出して私に差し出す。それは簡易的に包装された小さな袋。袋が透明だったのですぐに中身が茶色いお菓子だと気づいた。

「クッキー……」

 その袋に入っていたお菓子はクッキーだった。綺麗な茶色いそれはあまりに美味しそうで市販の物と勘違いしてしまいそうになる。

「渡すって約束だったろ」

「ぁ、えっと……」

 忘れていたわけではない。私が人間ではないとわかったあの日の朝、確かに私は鶴来君からクッキーを貰う約束をした。

 でも、約束した日は休校となり、てっきりその約束もなくなったと思っていたのである。だから、驚いた。この光景はあの夜を生き残れず、死の間際に見せた幻なのかと疑った。

「……いらないのか?」

「い、いる! 絶対にいります!!」

 驚愕のあまり、動けなくなってしまった私に彼は少しだけ呆れたような顔をしながらクッキーを鞄にしまおうとしたので奪うように袋に手を伸ばした。カサリ、と手に伝わる感触がこれが現実だと教えてくれる。

「……ありがとう、鶴来君」

「ああ」

「あ、待って!」

 クッキーの入った袋を優しく胸に抱き、お礼を言うと鶴来君は短く頷き、さっさと歩き出してしまう。それを彼の腕を掴んで止めた。

 確かに鶴来君からクッキーを貰えたのは嬉しかった。今すぐに袋を破って食べてみたいとも思っている。

 しかし、違う。あの夜を生き残ろうと思ったのはもっと違う理由。それを果たすためにこの数日、ずっと準備を進めていたのだ。

「なんだ?」

「こ、これ……」

「……クッキー?」

 鶴来君から貰ったクッキーを持ちながら私も鞄から同じような袋を取り出して彼に渡す。彼のそれと違うところのは私の袋の方が可愛らしくラッピングされていることと彼のクッキーに比べ、形が歪なこと。

「お礼……」

「何の?」

「これまでの! たくさん助けてくれたし、たくさん迷惑かけちゃった、から……」

 いいや、それだけじゃない。あなたがいなければ私はきっとあの夜を生き残ろうと思わなかった。今、こうして私が生きているのは幻影(ファントム)さんだけでなく、鶴来君のおかげでもある。さすがにそれを伝えるわけにもいかないが、色々な気持ちを込めて作ったつもりだ。

「……そうか」

「ッ……えへへ」

 鶴来君はジッとクッキーの入った袋を見つめ、頷いた後に受け取ってくれた。それが無性に嬉しくて自然と笑みが零れてしまう。そして、鶴来君から貰った袋を開け、一枚のクッキーを取り出す。

「ね、歩きながら食べよ!」

「別にお腹空いてないし」

「いいからいいから! 今度、また作ってくるから味の感想聞かせて!」

「……はぁ」

 私の提案を聞いた彼は面倒くさそうにため息を吐き、私があげた袋から同じようにクッキーを取り出して口の中へ放り込んだ。それを見た私も鶴来君のクッキーを食べる。

「え、美味し……私のなんかよりも全然美味しい……」

 だが、鶴来君のクッキーがあまりに美味しかったので立ち止まってしまう。昨日の夜、作ったクッキーの味見をしてこれまでで一番美味しくできたと思っていたのだが、彼のクッキーには到底及ばない。意気揚々と渡したのが恥ずかしくなってしまうほどである。

「そうか? そんな変わんないだろ」

「全然違うよ! サクッとしてるのに中はしっとりしてるし……味もすっごい丁寧で――」

「――はいはい」

 私がクッキーについて力説するのだが、それを鶴来君は軽く流す。バス停までの道のりはまだまだ続く。




 そんな朝を私はこれからも過ごすために生きていくのだ。

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