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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第58話

 明らかに正気ではない榎本先生。きっと、私の吸血行為を見た瞬間、彼の中にあった何かが壊れてしまったのだろう。

 そして、自分の欲望のまま人を襲い、血を飲んだ。だが、彼の体はずっと憧れていた血を受け入れなかった。それが引き金(トリガー)となって能力に目覚めた。それがこの二つの事件の真相。

「僕は吸血鬼じゃない……それがわかった僕が目の前で死んでる女性を見下ろしながら呆然としてると話しかけてきた人がいました」

 しかし、先生の話は終わらない。むしろ、ここからが本番だと言わんばかりに目を輝かせてこちらを見ている。話しかけてきた人。おそらく先生が所属している組織の人のことだ。

「その人はこの力――トリガー、ヤツラのことを教えてくれました。そして、あなたのこと」

「ッ……」

「僕は吸血鬼にはなれませんでした……ですが、あなたは正真正銘の吸血鬼だと太鼓判を押してくれたんです。また、あなたを欲しがってるそうで協力してほしいと言われました」

 やはり、私のことを知っているらしい。でも、どうして私のことを求めているのだろうか。ヤツラ――人ならざる存在はこの世にいてはならない。だから、『ストライカー』は私を抹殺するために先生(ティーチャー)を動かした。

「どうやら、吸血鬼はとても貴重な存在らしく……あなたのことを調べて世の中の役に立てたいそうなんです」

 しかし、先生に声をかけた組織は抹殺するのではなく、ヤツラを研究しているらしい。確かに吸血鬼のことを調べたら医療関係などで役に立ちそうだ。

 だが、それは私に実験動物になれと言っていることになる。命の保証はされるかもしれないが不自由な暮らしを強いられ、最悪の場合、解剖されて標本にされる可能性だってある。もしかしたら私の場所を把握できたのはヤツラを研究した技術が使われているのかもしれない。私もその研究に利用されようとしているのだ。

「このまま『ストライカー』に殺されるよりはるかにマシです。ね? 一緒に行きませんか?」

 しかし、先生はそのことに気づいていない。私という吸血鬼のことを求めすぎて明らかに自分の発言に矛盾が生じていることがわかっていない。

 だからこそ、彼は本当に私を助けようと手を差し伸べている。先生の組織に連れていくことこそ私のためになると信じて疑っていないのである。

「……私は、行きません」

 再び私に手を差し伸べる先生だったが答えは最初から決まっていた。この話し合いの目的は先生が二人の女性を殺したのか。もし、そうだった場合、どう思っているのか確かめるためのもの。たった数分程度の会話だったが嫌というほど伝わった。

「あなたは……人を殺したことをなんとも思ってないんですね。ううん、違う。人を殺した罪悪感よりも自分の思い通りにならなかった怒りの方が大きかった」

「そんなこと、ありませんよ」

「なら、なんで笑ってるんですか? どうして、そんな嬉しそうに私について来いって言えるんですか?」

「嬉しそう、に?」

 そこで初めて自分が笑っていることに気づいたようで先生は自分の顔に触れる。もしかしたら、内心では人を殺してしまったことに何らかの感情を抱いていたのかもしれない。でも、それ以上に喜びが勝ってしまった。もう欲望を抑え込まなくてもよくなったと安心してしまった。だから、榎本先生はこんなにも安心しきったような笑みを浮かべてしまっている。それがどれほど異常なことかわからなくなってしまうほどに。

「私はあなたにはついて行きません。そんな人と一緒にいたくありません。諦めてください!」

 もう未練はない。この人はもう駄目だ。そう判断した私はきっぱりと先生の誘いを断る。榎本に協力を仰いだ組織のことは気になるがここからは時間稼ぎに集中するべきだろう。

「……諦める? また、我慢する?」

 私の言葉を聞いた彼は呆然としたようにそれを繰り返す。そして、何かに怯えるように顔を歪ませ、彼の体から赤黒い靄が噴出した。そのあまりの勢いに私の髪が揺れ、思わず顔を庇ってしまう。

「無理、またあんな生活に戻るなんて無理だ!! ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! もう我慢なんてできない! もう絶対に、我慢なんてしないいいいいいい!!」

「ちょっ……」

 頭をかきむしる先生は絶叫しながら周囲に靄をまき散らし始めた。明らかにコントロールできていない姿に冷や汗が流れる。だが、まき散らさせている靄に触れても何も起こらない。やはり、彼のトリガー能力は私に効果がないのだろう。

(でも、油断しちゃ駄目。今は時間稼ぎするんだ)

 急いでその場から離れるため、私は先生に背中を向けて森の奥へと駆け出す。約束の時間まで十分程度。情報を引き出すための会話でもあまり時間を稼げなかった。ここからはどうにかして約束の時間まで先生から逃げ続けなければならない。

「無理やりにでも連れていく!」

 敬語を使う余裕すらなくなってしまったのか、先生は荒い口調でそう言いながら私を追いかけてきた。情報収集前よりも確実に速い。無意識に肉体強化の効果が強まってしまったのかもしれない。いや、これが暴走(バースト)の影響か。

(逃げきる……絶対に生きて帰るんだ!)

 先生の思い通りにはさせない。彼には自分の罪を償ってもらう。そう決意しながら私は自然と自分の右手首に視線を落としていた。

【最後にこちらを】

『これは?』

【私の能力で作り出したミサンガです。音声とあなたの位置情報が私に伝わります】

 そう言って幻影(ファントム)さんは彼女のローブと同じ黒いミサンガを差し出した。素直にそれを受け取って右手首に付ける。見た目は特に変わったところのないミサンガだが、彼女の気遣いが伝わってきて少しだけ心が温かくなる。

【きっと、どんなに情報収集に時間をかけてもあなたは榎本から逃げることになります】

 黒いミサンガを付けたところで幻影(ファントム)さんが文字を浮かばせる。彼女に視線を向けると準備をするためにその場に座り込んでいた。

【ですが、あなたはすでに自分が吸血鬼だと自覚しています。トリガーの肉体強化に引けを取らない身体能力を持っているはずです】

 彼女の手には細くて短い棒のようなものが握られ、呼応するように光り輝いている。あれが先生を倒すための切り札。私が生き残るための希望。

【だから、自分を信じてください。腕力でもいい。スピードでもいい。何でもいいのでこれだったらできると信じられる何かを見つけてください】

『……わかりました』

 洞窟ではそう返事をしたが今もなお、自信を持てる何かは見つけられていない。

 吸血鬼だから力が強い? 強かったらなんだ。数時間前までただの女子高校生だった私が真正面から戦って勝てるとは思えない。

 先生には追いつけないほどの速さで逃げる? いいや、無理だ。ここは深い森の中。慣れない速度で逃げても木にぶつかって自滅するだけ。

 じゃあ、私には何がある? これまで生きてきた人生の中で経験した何かで役に立ちそうなことはあるのか?

「はぁ……はぁ……」

 自分の親すら知らず(・・・・・・・・・)、おじさんたちに拾われなかったら今も施設で暮らしていた不幸な人生。

 友達のいなかった人生。

 それでもやっと自由を手に入れ、友達ができた。友達になりたい人ができた。

 短い私の人生。ほんの少しだけ人より救いのなかったそれが私を助けてくれる?

「ッ……」

 その時、ゾクリと背筋が凍りついた。後ろから刺される嫌な感じ。ずっと、ずっと向けられ続けていた負の感情。それを感じ取った私は咄嗟に頭を下げる。その瞬間、私の頭上を赤黒い靄が通り過ぎた。

(かわ、した?)

 森の奥へ消えていく靄に目を白黒させているとまたあの感覚。今度は右。半身になるように体を捩じるとまた赤黒い靄が制服の一部を通過していく。掠っただけ。直撃を避けた。そう、後ろを見ないで(・・・・・・・)

「なんで当たらない!!」

 後ろから榎本先生の悔しそうな声が響く。

 ああ、そうか。こんな救いのなかった人生にも役に立つことがあったのだ。

 私はこれまで接するほとんどの人から嫌われてきた。後ろ指を指され、噂を流され、罵倒され、煙たがられ、期待されずに生きてきた。

 だから、わかる。先生の怒りが伝わってくる。先生が私を睨めば睨むほど向けられ続けた結果、鍛え上げられた嫌な予感が教えてくれる。

(左、と見せかけて足……)

 私にかわされると予想し、体の左側と足を狙って時間差で靄が射出された、らしい。それがわかったのは反射的に体を捩じったまま跳躍し、靄が通り過ぎたのを見た後だった。一度も後ろを振り返ることなく、私はそれらを回避してみせた。

(これならッ!)

 木の根に足を引っかけないように気を付けながら私は森の中を駆ける。すでにここがどこなのかわからない。それでも幻影(ファントム)さんを信じて榎本先生から逃げ続けた。

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