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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第56話

 真っ暗な森の中、私と先生は向かい合う。風によって木々が揺れる音しかせず、そのせいで自分の呼吸音が嫌でも大きく聞こえる。

「……その質問にどんな意味がありますか?」

「いいから答えてください」

 はぐらかそうとする先生に対し、少しだけ強く催促した。

 幻影(ファントム)さんは私に時間稼ぎの他に先生の情報を集めて欲しいと頼んできた。特に重要なのは先生のトリガー能力だ。彼女も何となく先生の能力を察しているようだが、確信がなければ思わぬ反撃を受けてしまう可能性がある。だからこそ、先生の能力に関してはっきりさせた方がいいという。

 それに加え、幻影(ファントム)さんの推測はあくまでも状況証拠しか根拠はなく、確証はない。先生が真犯人でなければ私の指名手配は撤廃されないが、それでも私は信じたかった。

「……そうですね」

 先生が小さな声で言葉を漏らす。たったそれだけで肩が震え、緊張で心臓が激しく鼓動し始めた。そんな私の様子に気づくことなく、彼は話を続ける。

「あの二人の女性は僕が殺しました」

「ッ……」

 先生はどこか他人事のようにそう言った。表情一つ変えずに自分の罪を認めたのだ。常人ではあり得ない反応に思わず言葉を失ってしまう。

「……それは、私の吸血行為を見て能力に目覚めた、からですか?」

 そして、呼吸を整える前に振るえた声で更に質問する。もし、そうだった場合、私はどう思うのだろう。幻影(ファントム)さんは私のせいではないと言っていたが、きっかけになった事実は変わらない。気にするなと言われても気にしてしまう私は小心者すぎるだろうか。

「ん? いえ、あなたを見つけた時はまだ能力には目覚めていませんでしたよ」

「……え? トリガー能力で殺したんじゃないんですか?」

 だが、私の予想とは裏腹に先生はキョトンとした様子で首を傾げた。確か、一件目の事件の被害者である女性は爆散したように血しぶきだけが現場に残っていたとシノビちゃんのメールに書かれていたはず。そんなこと、普通であればできるわけがない。だからこそ、てっきりトリガー能力で殺したと思ったのだが違ったのだろうか。

「……」

 しかし、私の質問に先生は答えず、訝しげな表情を浮かべる。そして、私に差し出していた手を下ろし、深いため息を吐いた。

「てっきり、あいつの協力を得られなかったと思いましたが……違いますね? 何を企んでいるんです?」

「ッ!?」

【情報収集は二の次です。時間稼ぎが優先です。怪しまれた時点で時間を稼ぐ難易度は跳ね上がりますので気を付けてください】

 あの洞窟で読んだ幻影(ファントム)さんの文字が脳裏を過る。しまった、調子に乗って質問しすぎてしまった。このままでは先生は私を全力で捕まえに来る。彼のトリガー能力の正体がわかっていない状態で逃げるのはあまりに危険だ。思わぬところで足をすくわれる可能性が高い。

「……私は、化け物です。でも、少し前まで人間として生きてました。普通、人殺しにはついて行きたくないって思うのでは?」

「……一理ありますね。なら、逃げ続けるはずですよね? どうして、立ち止まって質問したんです?」

「先生は……優しい先生だったので何かの間違いなんじゃないかって。だから、話が聞きたかったんです」

 苦し紛れな言い訳だったが最後の言葉だけは本心だった。出会ってまだ数週間しか経っていないが、どうしても教室で数学を教えてくれた彼の姿が鮮明に浮かび上がる。




 ――死んじゃえばいいのに。




 ううん、違う。ただ、私は信じたかったのだ。

 私がいたあそこだけ悪に溢れ、外の世界は光で溢れている。

 常に負の感情を向けられていたのは私のせいではなく、環境のせいなのだ。

 だから、外に出たら良いことしか待っていないのだ、と。

 私にとってあの場所以外は良いところなのだとありもしない希望に縋りつくしかなかった。

 実際、この街に来てから素敵なことばかりで、毎日が楽しくて、私があの場所へ帰るまでずっと続くのだとつい数時間前まで信じ切っていた。

 でも、現実は違った。私は化け物(きゅうけつき)で、この世にいてはならない存在だった。殺されそうになったり、どこかへ連れて行かれそうになったり、救いはないのだと絶望を叩きつけられた。

 そんな闇の一部が生きてきた中で最も幸せだと断言できる数週間の中に入り込んでいる。どうしてもこの数週間を思い出す度、榎本先生のことを思い出してしまう。それが、どうしても許せなかったのだ。

 結局、私は私のために榎本先生の罪を認めたくなかった。認めてしまえば私は殺人鬼の教え子だったのだと気づかされてしまうから。

「何か、理由があるんじゃないですか? 殺してしまったのも……どうしようもない事情があった、とか」

「……理由、ですか」

 懇願するように事情を聞きだそうとする私に対し、先生はどこか呆けたように言葉を零す。そして、どこか煩わしそうに息を吐いた。

「順を追って説明すれば素直についてきてくれますか?」

「聞いてみないとわかりません」

「……そうですね。最初に気づいたのは小学生の頃でしょうか。野球……いえ、サッカーだったかな。とにかく、大人数で遊んでた時に一人の友人が転んでしまったんです」

 私が引くつもりがないとわかったのか、榎本先生は渋々ながら話し始めた。数十年以上前の記憶は曖昧なようで時々、思い出そうと眉間に皺が寄っている。

「盛大に転んだその友人は膝から出血してました……一番近くにいた僕が駆け寄って、その綺麗な赤から目が離せなくなったんです」

「……」

「あまりに綺麗だったので今まで見てきた物全てが白黒に思えたほどです。これほど綺麗な物を見たことがなかった僕は気づけばその友人の膝を舐めてました」

「な、め……」

 膝を、舐めた? 転んだということは血だけでなく、土だって付いていただろう。普通の人なら汚れた膝――それも友達のそれを舐めようとはしない。

「友人も驚いてました。当たり前ですよね、僕自身、我に返って吃驚したんですから。慌てて唾液で消毒できるんだと苦しい言い訳しましたが……その時、初めて自分の異常性に気づいたんです」

 そう言いながら先生は唐突に着ていた上着を脱ぎ、右袖をまくった。その右腕にはたくさんの傷跡があり、どれも鋭い刃物で切りつけたような物ばかりだ。その中でも目立つのは手首に刻まれた真新しい赤く膿んだ大きな傷。

「駄目だってわかってたんですが、僕はどうしてもあの赤を忘れられなかった。だから、我慢できなくなった時はこうやって自傷行為をしてました。自分の腕に滴る血を見て興奮していたんです。ですが、自傷行為は駄目なことだともわかってたので血液の医学書を読んだり、血にまつわる伝説などを片っ端から調べたり、と隠れながらこの欲望を抑える方法を探してました」

 そこで言葉を区切り、右袖を元に戻す先生。私が言葉を失っている間に上着もきちんと羽織り、改めて続きを話し始めた。

「そして、それを解決したのは時間でした。大人になってからは自分をコントロールできるようになったので自傷行為をせずに生活できてました……ですが、僕はあの夜、見てしまったんです。あなたが漣先生を襲ってるところを」

「ひっ」

 それまでは神妙な顔で話していた先生が私の話になった途端、にんまりと笑顔を浮かべる。優しく微笑んでいた今までの彼とは違い、その笑顔は欲望に塗れており、それが恐ろしくて背筋が凍りついた。





「真っ赤な瞳。唾液で濡れた牙。どこか紅潮した顔。そして、漣先生の首筋に垂れる血……僕に気づいたあなたはすぐにその場を去ってしまいましたが僕はそれどころではありませんでした。だって! あんなに憧れてた吸血鬼に出会ったんですから!!」





「先、生……」

 そう、楽しそうに語る先生が私にはどうしても狂人にしか見えなかった。

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