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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第55話

 暗い森の中を走る。時々、地面から顔を出している木の根っこに足を取られ、吸血鬼の身体能力に物を言わせて強引に態勢を立て直す。吸血鬼のおかげで夜目が利くため、暗い森の中でもいつもと同じように見える。それがなければまともに移動できなかっただろう。

 幻影(ファントム)さんとの話し合いを終えた後、私はひたすら森を走り続けていた。もちろん、出鱈目に走っているわけではなく、彼女に指示されたルートを走っている。目印はないので大まかなルートを走るしかないのだが、ちゃんと辿れているか不安だ。

「……」

 身を潜めていた洞窟から出て五分ほど経った頃、私は不意に足を止める。周囲には木々が生い茂っているだけで何もない。だが、ここが幻影(ファントム)さんの言っていたポイント、だと思う。

 急いで近くの茂みに身を隠し、目を閉じて耳を澄ます。少し遠い場所から誰かの足音がする。足音といってもヒールを履いて歩いたような音ではなく、木の枝や草を踏む音だ。何かを探しているのか、その歩みは少し遅いが迷いがない。やはり、幻影(ファントム)さんの予想通り、向こうは私の居場所を探知できるようだ。

 一度、深呼吸をした後、不自然にならないように音を立てながら勢いよく茂みから飛び出す。丁度、木の向こうから顔を出した榎本先生と目が合った。

「あっ」

「ッ! 待て!」

 あたかも驚いたように声を漏らし、慌てて彼に背中を向けて走り出す。突然のことだったからか、先生は少し荒い口調で私を呼び止めた。その後、背後から私を追いかける音が聞こえるので上手く釣れたようだ。

(この後は……)

 木の根っこに引っ掛からないように注意しながら森の中を疾走する。榎本先生を置いていかないように走る速度を抑えておく。

【トリガーはトリガー能力の他に肉体強化が可能です。純粋な身体強化もそうですが、夜目が利くようにもできます】

 不意に幻影(ファントム)さんの言葉が浮かぶ。榎本先生に手首を掴まれた時、人間とは思えない速度で動いていた。彼だけでなく、幻影(ファントム)さんやシノビちゃんも凄まじい身体能力を持っていたが、肉体強化を施して動いていたのだろう。

【ですが、まだトリガーになったばかりなので肉体強化に慣れていないはずです。吸血鬼の力であれば追いつかれることはないでしょう】

 それが幻影(ファントム)さんの予想だった。その証拠に先生は私に追いつけず、ほとんど一緒の速度で森の中を進んでいる。

「逃げてどうします!? 今の状況は聞いたんでしょう!?」

 なかなか追いつけないせいか痺れを切らしたようで後ろから先生が叫んだ。思わず、足を止めたくなるがグッと我慢して次のポイントを目指す。

「どうせ、この先もずっと『ストライカー』に狙われ続けます! それに朝になればあなたは指名手配されるんです! 僕についてきた方があなたのためになるんです!」

 その声を無視して走り続ける。しかし、覚悟を決めたはずなのに先生の言葉は私の心を揺さぶる。そのせいで気が急いてしまい、あの洞窟を出発してまだ十分も経っていないのに予定よりも少し早くポイントに着いてしまった。

「……」

 もう少し粘りたかったがポイントを変えるわけにはいかず、そこで足を止めて振り返る。慣れない森の中を走ったせいで少しだけ息が上がっていた。それは榎本先生も同じようで僅かに汗をかいているのが見える。

「やっと、わかってくれましたか……こんな森、早く出て一緒に行きましょう?」

 息を整えた先生は私に手を伸ばして誘う。その手を私はもう掴むことはない。そう決めているのに僅かに気持ちが揺れるのはきっと、今後の不安がまだ残っているからだ。

「……」

 差し出された手を見つめながら洞窟で幻影(ファントム)さんから教えてもらった作戦を思い返す。

【通常の攻撃ではあの靄に通用しません。そのため、確実に倒せるように準備をしなければなりません】

 おそらく、最初に幻影(ファントム)さんが吹き飛ばされた時に展開した盾のように矢もあの赤黒い靄に無効化されてしまうのだろう。

【ですが、私が準備している間、動くことができなくなってしまいます。ここで待っていれば準備が整う前に榎本に追いつかれてしまいます】

『なら、どうすれば……』

【そのため、あなたに時間稼ぎをお願いしたいんです】

 そう言われて私は思わず顔を引きつらせる。正直、ちゃんと時間を稼げる自信がない。あの靄は私に効果がなかったようだが、それでも先生はトリガーだ。肉体強化に慣れていなくても不安になってしまうのは仕方ないと思う。

【これができなければ最初に話した作戦でいくしかありません】

『……はい。でも、逃げ回るだけでもいいんですよね?』

 そうだ、別に時間稼ぎをするのなら戦わなくてもいい。それなら吸血鬼のスタミナを駆使すればいけそうだ。

【それも可能ですが問題なのは怪しまれてあなたを捕まえることを諦めて逃げられる可能性があることです】

『あ……』

 そうなってしまえば事件の真犯人を捕まえられず、彼に協力している組織に関する情報も手に入らない。おそらく今後も私を狙ってくるはずだが、襲ってくるタイミングがわからなければそれに怯えながら生活することになる。それは凄まじいストレスになるだろう。そして、弱り切ったところを狙ってくる。

【そのため、あえてあなたには奴の前に出て時間を稼いでもらいます。もちろん、万が一の可能性を考慮してあなたの様子はこちらでも気にかけておきます】

 幻影(ファントム)さんは周囲の状況を察知でき、そのおかげで森に入った時、ヤツラの居場所や榎本先生がこちらに向かってきていることもわかったそうだ。

【そして、もう一つ。あなたにはやっていただきたいことがあります】

『もう、一つ?』

【はい、それは――】









「……先生、本当に人を殺したんですか?」









【――情報収集です】

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