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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第52話

「感情の、爆発……」

 幻影(ファントム)さんの言葉を無意識のうちに呟いた。思った以上に緩い条件に驚いてしまったのだ。

 この世界には理不尽なことがたくさんある。自分の思い通りにならないことの方が多いだろう。きっと、世界の中にはそんな理不尽に対して強い感情を抱く人だっているはずだ。なら、世界規模で見ればトリガーになる人も多そうだが。

【感情の爆発といっても必ず目覚めるわけではありません。本当に極稀です】

 私に表情から何かを読み取ったのか、彼女は念を押すように文字を浮かばせる。なるほど、そのせいでトリガーは世間に知られていないのか。もちろん、『ストライカー』などの組織が情報を隠蔽しているのもあるだろう。

【とにかく、私が言いたいのはあなたの吸血行為を見て榎本はトリガーになった可能性が高い、ということです】

「……確証はあるんですか?」

 私の質問に幻影(ファントム)さんは首を横に振る。彼女は最初から証拠はないと言っていた。つまり、証拠がないのに榎本先生が犯人だと判断しうる決定的な何かがあるのだ。

【ここまでは前提の話です。本題に入ります】

 彼女も私が話を聞く態勢に入ったのを察してくれたようで話を進める。今は時間がないので質問は必要最低限にしておこう。

【私が榎本が犯人だと思った理由は4つあります。いえ、4つの偶然が重なった、と言うべきでしょうか】

「偶然?」

【一つ、あなたがこんな時間まで学校に残っていた原因はなんですか?】

「それは――」

 反射的に答えようとして私は思わず口を噤む。そうだ、今日は鶴来君にクッキーを作るために早めに帰ろうとしていた。しかし、榎本先生に資料室の片づけを手伝って欲しいと頼まれたから遅くなってしまい、結果的に先生(ティーチャー)たちに襲われた。

【二つ、本来であればあなたが先生(ティーチャー)たちに襲われた時点でシノビが私に連絡を取り、救助に向かえるはずでした】

 言葉を失っている私に対し、彼女は淡々と続きを話す。確かに少ししか話していないが何となく幻影(ファントム)さんに対して絶対的な信頼を置いていそうなシノビちゃんなら私が先生(ティーチャー)たちに襲われた時点で幻影(ファントム)さんに報告しているだろう。

【実はあなたが襲われる少し前に街中にヤツラが出現し、一般人を襲う事件が起きました】





 ――賭けに近いですが……いいですか? とにかく時間を稼いでください。





 不意にシノビちゃんの言葉が思い浮かぶ。なるほど、幻影(ファントム)さんはその事件の対応をしていて手が離せなかったのだ。私を助けてくれた後、緊急事態が起きたと言っていたのでそれのことだろう。きっと、シノビちゃんの本体もそれに参加しており、私の監視を分身に任せたのだ。

【その事件で襲われた一般人が『漣 美波』です】

「……は?」

 思いもよらない人物の登場に私は間抜けな声を漏らす。漣先生が、襲われた? 無事だったのだろうか。いや、確か榎本先生は病院に運ばれたと言っていたので無事なのだろう。いや、そもそも――。

【ヤツラ……まぁ、今回は一体だったのですが必要以上に彼女を追っているようでした。本来であれば目に入った存在を無差別に襲うはずなのに】

「……」

 ぐるぐると思考が巡る中、幻影(ファントム)さんの文字を読む。言葉は理解できているはずなのに他人事のようにどこかへ流れていってしまう。

【どうやら、彼女は榎本に買い出しを頼まれていたそうです。その途中で襲われました。丁寧に人払いの結界まで用意されていました】

「人、払い……?」

【あなたも経験していますよ。先生(ティーチャー)たちに襲われた時、周囲に人はいませんでしたよね?】

 彼女の言う通り、私が襲われる直前、周りから人がいなくなっていた。あれは人払いの結界のせいだったようだ。もしかしたらドッペルが壊した物が何事もなかったように直っていたのはその結界の効果なのかもしれない。

【三つ、榎本は数学教師でしたが彼は医学書を所持していたそうです】

「医学書……あっ」

 あれは入学式の日、苗を植えるために中庭の花壇を使っていいか話を聞きに行った。養護の先生に榎本先生の机まで案内された時、彼の机に置かれたブックスタンドに見慣れないタイトルの本が差し込まれていた。その医学書は、確か――。





【その医学書は血液に関するものでした】





「……」

【あなたに資料室の片づけを頼んだのはあなたに調子を聞くためでした】

 ああ、そうだ。榎本先生は優しく微笑みながら私に話しかけてくれた。大丈夫ですか、と心配してくれた。

【『漣 美波』に買い出しを頼みましたが彼女がどんなルートで買い出しをするかまでは予測できません】

 資料室の片づけが終わった後、漣先生が戻ってこないと慌てた様子で対策を考え込んでいた。

【血液に関する医学書もただの趣味かもしれません】

 彼女の話はあくまで全てが憶測だ。何の証拠もなく、悪い言い方をするとただの被害妄想だ。

【そして、四つ目】

 幻影(ファントム)さんの文字を読み進める。ああ、本当にこの世界は理不尽なことばかりだ。

 教室で授業をする先生。私の体調を気遣ってくれた先生。漣先生の心配をする先生。

 信じたい。あの姿が全部、嘘だったと思いたくない。でも、それでも――。






【随分とタイミングよくあなたを前に現れましたよね。漆黒のローブに身を包む不審者を成敗する先生(ヒーロー)のように】





 ――どうしても、その全てが繋がっているとしか思えないのだろう。





【私を吹き飛ばしたのもあなたから信頼を得ようとしたとしか思えません】

「……」

【私としては見知った人より私を信用したことに驚きを隠せませんが結果的にはよかったです】

「……幻影(ファントム)さん」

【なんでしょう】

 自分でもわかるほど掠れた声で彼女の名前を呼ぶ。このタイミングで声をかけられるとわかっていたのか幻影(ファントム)さんはすぐにそんな文字を浮かばせる。

「本当に、榎本先生は人を殺したんでしょうか?」

【おそらく。彼はあなたに執着していましたから。そうでなければあなたを指名手配犯に仕立て上げないでしょう】

 さっき、先生が私に近づいてきたのは私を手に入れるためのようにも思える。その理由は不明だが、彼の後ろには何かしらの組織があるはずだ。指名手配の件も偶然か、計画的なものかは不明だが私を孤立させ、頼れるのが先生しかいないと思い込ませるためだと考えるのが妥当だ。きっと、幻影(ファントム)さんがいなければ私は先生についていっていただろう。

「……そっか」

 なるほど、確かに最初に私が漣先生を襲った話をしてくれたおかげで色々と飲み込めた。

 間接的とはいえ、二度も今回の事件に関わった漣先生。

 無関係と思われた血液に関する医学書。

 何度も名前の出てくる榎本先生。

 そして、これら全てが関わっている出来事。全ての始まりであり、今回起きてしまった事件の起爆剤。

「私の吸血行為から全部……始まったんですね」

 彼女は榎本先生が私の吸血行為を見てトリガーになったと考えている。そして、それを裏付けるように理由はわからないが彼は何かを企て、裏から色々と細工を施していた。

 つまり、私が暴走しなければ起こらなかった事件。私がきちんとしていれば榎本先生は二人の女性を殺害せずに済んだ。全部、私の――。







 ――全部、お前のせいだ。





 いつだったか。誰だったか。数えきれないほど悪意を向けられたせいで碌に思い出せなくなってしまった記憶が私を責めるように不意に蘇った。

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