第51話
真犯人を捕まえる。幻影さんは確かにそう言った。
先週に起きた二件の殺人事件。ニュースでは被害者の死体は酷い状態であり、身元を特定するのに時間がかかったと言っていたがそれ以上の情報を私は持っていない。やはり、『ストライカー』に所属しているからそういった情報も入ってくるのだろうか。でも、『ストライカー』が真犯人に繋がる情報を持っているのなら私が指名手配されることもないはず。まずは話を聞いてみるしかなさそうだ。
「幻影さんはあの事件について何か知ってるんですか?」
【少し気になる点があったのでシノビに調べさせていました】
そんな文字を浮かばせた後、彼女は二つ折りの携帯を操作して私に画面を見せてくる。そこには長文が綴られたメールが表示されていた。
【シノビの調査結果です。もしよろしければ読んでみてください】
「は、はい」
殺人事件の調査内容を見るのは少し怖いが今はそんなことを気にしている場合ではない。おそるおそる携帯を受け取り、その全文をゆっくり読んでいく。幸い、シノビちゃんの報告メールはわかりやすくまとめられていたので私にもすぐに理解できた。
まず、一件目――4月8日の未明に起きた事件について。
被害者は二十代の女性。しかし、死体そのものは現場にはなく、爆散したように血しぶきだけがその場に残っていた。現場近くに落ちていた鞄の中に身分証明書があり、身元を確認。自宅から検出された髪の毛と現場の血液のDNAを照合し、同一人物だと断定した。
また、現場には争った形跡はなく、被害者の交友関係も洗ったが特に不審な点は見受けられず、犯人は被害者とは面識はない人物だと思われる。なお、現場近くの防犯カメラは何故か犯行時間前後のデータが残っておらず、犯人がデータを改ざんした可能性があるとのこと。
次に二件目の事件。
4月9日の未明に起きたそれは一件目と同じく被害者は二十代の女性。こちらは死体は現場に残っていたが肩口が大きく抉れており、死因は大量出血によるショック死。顔面も身元特定を遅らせるためかぐちゃぐちゃになった状態になっていた。
一件目の被害者との面識はなく、またこちらも争った形跡はなく、交友関係を確認したが犯人と思わしき人物はいなかった。被害者が二十代の女性であること、連日起きた事件であることなど似通った部分が多かったため、犯人は同一人物と仮定し、捜査を始めた。こちらも現場付近の防犯カメラのデータは残っていない。
更に一件目の事件が起きた前日、二十代の女性が襲われている。被害者の女性は酷く泥酔しており、被害者が吐いたと思われる吐しゃ物が地面に広がっていた。女性は生存しているが襲われた時間、被害者の特徴などこちらも似ている部分があったため、同一人物の可能性を考慮してその犯人を指名手配する予定である。また、現場近くの防犯カメラには被害者がフラフラと路地裏に入っていく姿が映っていた。
三つの事件を簡単にまとめたが真犯人に繋がるような手がかりはなさそうだった。幻影さんは真犯人に心当たりがあるのだろうか。
「えっと、この一件目の事件の前日に女性を襲ったのは私、ですよね?」
【それは間違いありません。もちろん、殺人事件が起きた夜、あなたが家から出ていないことは防犯カメラで確認済みです】
彼女は私の監視をしていたと言っていた。どのタイミングで監視を始めたのかわからないが私の行動を調べたのだろう。
「それだけだと駄目なんですよね?」
【私の相棒になれば撤回される可能性はありますがそれは最終手段に取っておいた方がいいと思います】
そう言いながら私から携帯を回収した幻影さんは僅かに顔を動かす。洞窟の入り口に視線を向けたようだ。
【順番に説明しますが今回の事件は不審な点が多すぎます】
「不審な点?」
【まず、スムーズに状況を説明するために真犯人の候補を挙げます】
やはり、彼女はすでに真犯人に心当たりがあったようだ。一体、どんな人があんな酷い事件を起こしたのだろうか。
【真犯人はあなたの担任である榎本です】
「……え?」
榎本先生が犯人? まさかの名前に私は息を呑んでしまう。確かに私を狙っている節はあったが二つの事件を起こした犯人だと言われてもすぐには信じられなかった。
【正直、証拠はありません。ですが、色々な観点からあの男が犯人だと私は考えています】
念を押すように文字を浮かばせる彼女だったが、榎本先生が犯人だと確信しているように見える。きっと、私が持っていない情報から導き出した答えなのだろう。
「……教えてください」
【わかりました。ですが、説明する前にあなたが襲った女性について話します】
「ッ……」
淡々と話す幻影さんだったが私は心臓を掴まれたような感覚を覚える。
私は二つの事件の犯人ではない。だが、人を襲ってしまっている。たとえ、死んでいなくてもそれは許されないこと。なかったことにはできない私の罪。だからこそ、その女性のことを私は知っておくべきである。
【あなたが襲った女性は『漣 美波』。あなたのクラスの副担任です】
「……は?」
覚悟を決めて聞いたはずなのに知っている名前が出てきて思わず頭が真っ白になってしまう。体調不良で倒れてしまった私を南町まで送ってくれただけでなく、心配して連絡先まで交換してくれた漣先生。私はあんなに親切にしてくれた優しい先生を襲っていた?
駄目だ、上手く考えがまとまらない。頭が締め付けられるように痛い。落ち着いていた呼吸が乱れ始める。それほど私は動揺していた。
幻影さんは嘘を吐いていない。
どんなに目を背けようとしても私が漣先生を襲った事実は変わらない。
なら、受け入れろ。どんなに受け入れがたい事実だったとしてもそれが罪を犯した私に対する罰だ。
「……続きをお願いします」
【きっと、あなたが彼女を襲ったのは偶然なのでしょう。4月7日の夜、彼女は歓迎会に参加したそうです】
私が落ち着くまで待っていてくれていた幻影さんは私の言葉を聞いて説明を続ける。本当はもう少し時間が欲しかったが彼女は洞窟の入り口を気にしていた。あまり余裕がないのだろう。
【新任であった彼女は飲み会になれておらず、酷く酔ってしまい、二次会に行く前に一人でどこかへ行ってしまいました】
「ど、どこか?」
【お店を出てすぐに笑いながら走り去ってしまったそうなんです】
幻影さんの文字を読んであの大人しそうな漣先生がケラケラ笑いながら走る姿を想像してしまい、体から力が抜けた。未成年なのでお酒を飲んだことはないが将来、大人になったらお酒の飲みすぎには気を付けよう。
【『漣 美波』は南町住みです。酔いながらも彼女は自宅に戻るために歩いて南町を目指しました】
「目指して……それってとんでもない距離なんじゃ?」
【ええ、どうやら彼女はスポーツが得意だったそうで時間はかかりましたが南町に辿り着きました】
そこで幻影さんは文字を消す。会話できないのは不便だと思っていたが『文字を読む』という行為は自分のペースで言葉を飲み込むことができるので今の私にとって少しありがたかった。
【ですが、自宅に辿り着く前に路地裏で倒れてしまい、そんな彼女をあなたが襲いました】
「……」
【おそらく私がその現場に通りかかったのはその直後で私に気づいたあなたはすぐにその場から離れました】
当時の記憶はなく、吸血鬼の本能で動いていた私だったが人の気配を感じ取って逃げたらしい。もし、幻影さんが通りかからなかったらもしかしたら私は漣先生を――。
【本来であればそこで終わる予定でした。ですが、私以外にもあなたたちを目撃した人物がいました】
「目撃、した?」
【はい、それが榎本です。奴は走り去った『漣 美波』を探すために走り回っていたそうです】
「だから、榎本先生が犯人だと?」
【いえ、この件に関してはただの推測です。吸血行為をしているあなたを目撃したのではないか? この後に説明することを踏まえるとそう考えられるんです】
私の吸血行為を見たのはあくまでも予想。さすがに幻影さんでも榎本先生の足取りを追う時間はなかったようだ。もう少し彼女の話を聞こう。
【では、次にトリガーについてお話します】
「トリガー? 超能力とか魔法みたいな異能力のこと、ですよね?」
【はい、私から説明するのはトリガー能力の発現方法です】
「発現……」
トリガーという単語も少し前に聞いたばかりだが、それが榎本先生が犯人であることと何か関係があるのだろうか。
【トリガーは全員、最初は普通の人間です。ですが、とある条件を満たすと能力に目覚めることがあります】
そこで文字を消した幻影さんだったが、次の文字を浮かばせるのに一瞬の間が空く。まるで、後ろめたい何かがあるように。
【それは感情の爆発。怒りや悲しみなど強い感情を抱いた時、稀にトリガー能力に目覚めます】
そのことを聞く前に幻影さんはそんな文字を浮かばせる。彼女の感情を表すようにバチリ、とノイズが走った。




