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第4話

 北高前往きのバスは南町のバス停を出てから約40~50分ほどかけて北高前に到着する。その間、あまり乗り物酔いをしない私は本を読もうと鞄に入れていた。

「……」

 だが、私の手は鞄に伸びず、ジッと前を見つめていた。いや、彼の背中を眺めていたというべきか。

「すぅ……すぅ……」

 微かに聞こえるのはマンションの前で目が合ったあの男の子の寝息(・・)。バスの中が静かだとしても聞こえないはずのそれは確かに私の耳に届いていた。

(疲れてるのかな)

 バスが出発してすぐに彼は窓に頭を預けて一瞬で寝てしまった。あまりの早さに驚いてしまったほどである。よほど疲れていたのだろうか。もしくは入学式が楽しみでよく眠れなかった? いや、さすがにそれはないか。

「……」

 バスは順調に進む。もちろん、バス停に到着する度に乗客が乗り込んでくる。特に朝が早いからか、あまり降りる人はいないのでどんどん車内は混んでいく。

 それなのに何故か彼の隣だけはずっと空いていた。たとえ、席に座れずに吊革に捕まって立つことになっても誰も彼の席に座ろうとしていない。それが不思議で首を傾げてしまった。

(鞄が置いてあるとか?)

 ここからだと彼の背中しか見えないので空いている場所に鞄を置いていたら座れないのは当たり前だ。だが、何となく彼はそんなマナー違反な行為をする人には見えなかった。理由は、ない。そう、思っただけ。

 それからしばらく経ってバスの中がそれなりに混雑してきた頃、北高の制服を着た学生がちらほらと見受けられるようになってきた。このバスは南町に到着するのが早すぎるだけで学校に到着するのは8時過ぎ。早めに学校に行く人なら普通に利用する路線なのだろう。

(確か今日は在校生は登校してこないはずだから……)

 今、このバスの中にいる北高生は皆、私や彼と同じ新入生ということになる。しかし、どういうわけか、ほとんどの人が複数人で乗り込み、それからも小声でお話ししているようだった。確かに中学校が同じ人がいて、友達同士で待ち合わせをして学校に向かっているのなら話はわかる。

「あ、おはよー」

「おーう、おはよー」

 だが、次のバス停で乗り込んできた北高生にも気さくに声をかけているのはどういうことだろうか。あれではまるで、最初から(・・・・)知り合いのようだ。

(……嫌な予感がする)

 ざわざわと胸騒ぎがする。その正体はわからないが、私にとって良くないことが起きるような気がする。

「次は北高前。北高前でございます」

 その時、不意に運転手のアナウンスが車内に流れた。どうやら、目的地に到着したようだ。それなりに暇になりそうだと思っていたのだが、彼や北高生のことを考えているだけで時間が過ぎてしまった。

「……」

 私が座っているのはバスの後方なので降りるのは後になる。また、私のスマホは交通系ICアプリがダウンロードされているのでタッチするだけで運賃を支払えるのだが、現金を使う乗客もいるので私の番が来るまで少し時間がかかりそうだった。

(あれ……)

 とりあえず、立って順番が来るのを待っていると彼がまだ窓に頭を預けて眠っていることに気づく。彼の席はバスの前方なのでここで降りる北高生たちの視界には彼の姿も映っているはず。それなのに誰も彼を起こそうとしない。まるで、誰も彼のことを気にしていないように。






 


 ――同じ班とかほんと、最悪。








「……ぁ、あの」

 もう少しで私の降りる番だ。それは未だに座り続けている彼との距離が縮まっていることに他ならない。そして、気づけば少しだけ身を乗り出し、彼の背中に声をかけていた。

「…………あ?」

 バスの中なので大きな声を出すわけにもいかず、囁くような声になってしまったが幸い、彼の眠りはそこまで深くなかったらしい。すぐに目を覚ました彼は僅かに振り返り、その目を私に向けた。

 質量を持っていれば簡単に物が切れてしまいそうなほど鋭い視線。

 私の近くにいた乗客たちがビクリと肩を震わせてしまうほどの圧力。

 それでいて――僅かに感じ取れる、優しい眼差し。

「……北高、前ですよ?」

「……ああ、そうか。さんきゅ」

 色々な何かが含まれたそれを真正面から受け止めた私は静かに目的地に到着したことを伝える。すると、彼は周囲を見渡した後、そう小さくお礼の言葉を零して立ち上がった。そのまま、ポケットからスマホを取り出して運賃箱へと向かい、運賃箱に併設されているキャッシュレス端末にスマホをタッチする。

(あ、れ?)

 ピッ、と漏れた電子音で私は首を傾げた。確か、彼は私がバスに乗り込む前に両替をしていたはずだ。バスの運賃箱は通常、おつりは出てこないので硬貨で支払う場合、細かい硬貨を用意しておかなければならない。だから、彼も細かく崩していた、と思っていた。

(まさか……)

「あのお客さん?」

「え? あ、降ります!」

 運転手に声をかけられて我に返るとすでに車内に残っている北高生は私だけ。慌てて彼に倣うようにスマホをキャッシュレス端末にタッチして運賃を支払い、バスを飛び降りた。目の前には大きな校門とその脇に立てかけられた『市立音峰北高等学校 入学式』と書かれた看板。

 周囲を見渡してもすでに彼の姿はない。あれだけ大きな体なのに私が考え事している間にさっさと学校へ向かってしまったようだ。

(もし、私の予想が正しかったら……)

 私と同じ新入生たちが校門を通り抜けるのを見ながら思考を巡らせる。

 予定よりも早くバス停に到着していたバス。

 席を立ち、本来なら必要のない両替をしていた彼の姿。

 もし、バスが予定時刻よりも早く出発する素振りを見せていたとしたら?

 もし、私と同じように彼も私が北高生だと気づいていたら?

 もし、あのバスを逃すと私が遅刻してしまうと知っていたら?

 もし――もし、そこまで考えて出発するバスを少しだけ足止めするためだけに硬貨の両替をしていたとしたら?

 あくまでこれは私の予想に過ぎない。それでも、何となく外れていないような気がした。

(また、会えるかな)

 同じ学校、同じ学年、同じ地域に住んでいたとしても会えるとは限らない。特に北高は大きな学校なので生徒数も多いため、そう簡単に知り合えないだろう。

 でも、可能性はゼロじゃない。もし、また話す機会があったら聞いてみよう。

(さぁ、行こう)

 彼のことも気になるが、今は気持ちを切り替えよう。勝負はここからなのだから。

「……よし」

 おじさんたちの反対を押し切って願った、私の青春。その舞台に私はゆっくりと足を踏み入れた。

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