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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第45話

 幻影(ファントム)さんが赤黒い靄に吹き飛ばされてしまった後、榎本先生が息を切らして私を見つめていた。まさかこんなところで会うとは思わず、目を見開いてしまう。

「どう、してここに?」

「影野さんを探しに来たんです。南町行きのバスには乗ってなかったようなので色々走り回って……」

 偶然、住宅街で見つけられた、と言いたいのだろうか。そもそも私が一人で帰ることになったのは買い出しから戻ってこない漣先生を探すため。榎本先生がここにいるということは漣先生はどうなったのだろう。

「あ、漣先生は無事に見つかりました……どうやら事故に巻き込まれてしまったようで連絡が取れなかったらしいです」

「じ、事故!? 大丈夫だったんですか?」

「はい、念のために病院に行ってるそうですが命に別状はありません」

「そっか……よかった」

 漣先生の無事にホッと安堵のため息を吐く。もしかしたら私が学校を出た後、すぐにその情報が届いたのかもしれない。そして、榎本先生は私を追いかけて学校を飛び出し、バス停を確認して私がいなかったので探してくれたのだろう。

(ううん、そんなことより……)

「そ、それで……さっきのあれは?」

 先生がここに来た経緯はだいたいわかった。問題はあの赤黒い靄である。

 あれは確かに私と幻影(ファントム)さんを飲み込んだ。しかし、吹き飛ばされたのは幻影(ファントム)さんだけで私は無事だった。明らかに異能の力であることには間違いないだろう。

「あれは……何でもないと言っても納得しませんよね。あの靄は私のトリガー能力(・・・・・・)です」

「トリガー、能力?」

 おそらく幻影(ファントム)さんやシノビちゃん、先生(ティーチャー)が使っていた力と同じものだ。だが、初めて『トリガー』という単語が出てきたので思わず聞き返してしまった。

「はい、この世界には……超能力や魔法のような力を使う人たちがいます。そんな人たちが使う力のことを『トリガー能力』、その能力者を『トリガー』と呼んでいます。私が先ほど吹き飛ばした彼女(・・)も『トリガー』です」

「彼女?」

 体型は漆黒の外套で隠れていたし、声も出していないので性別がわからなかったがどうやら幻影(ファントム)さんは女性らしい。確かに文字だけとはいえ、物腰は柔らかかった上、身長も私と同じぐらいなので女性と言われると納得ができる。

幻影(ファントム)はこの界隈で知らない人がいないほど有名なトリガーです。正直、あなたが襲われそうになってるところを見た時はヒヤッとしました」

「ッ!? ち、違います! あの人は私を守ってくれたんです!!」

 確かに幻影(ファントム)さんの風貌は怪しさ満点だが、彼女は私の命の恩人である。きっと、榎本先生は勘違いして咄嗟にあの赤黒い靄を放ってしまったのだろう。

「……本当にそうでしょうか?」

「……え?」

 だが、彼は声を低くしてそう問いかけてくる。普段の穏やかな雰囲気から一変した先生の様子を言葉を失くしてしまう。

「私もトリガーです。幻影(ファントム)とは違いますが同じような組織に所属してます」

「組織、に……」

「なので、あなたが人間ではないこともすでに知ってます」

「ッ――」

 そう言った榎本先生はどこか悲しげな目で私を見つめていた。その視線に乗っているのは同情。私の立場を把握し、行く末を知っていることに他ならない。きっと、私のことは裏社会ですでに噂になっているのだろう。

「彼らが所属している組織――『ストライカー』は人間ではない存在を必ず殺します。おそらく、これからあなたはずっと狙われ続けます。それはあなたを助けたかもしれない彼女も同様です」

「……」

 知っていた。わかっていた。でも、幻影(ファントム)さんに助けてもらった時から彼女なら私を救ってくれるのではないか、と心のどこかで期待していたのかもしれない。そうでなければ榎本先生の言葉にここまでショックを受けるわけがないのだから。

「その様子だとすでに聞かされてたんですね。そこで、どうでしょうか……私が所属してる組織に来ませんか?」

「え?」

「実は私が所属してる組織はあなたのような人間ではない存在を保護してるんです」

「それは、どういう……」

「だって、理不尽だとは思いませんか? 人間ではないだけで殺されるなんて。人外だったとしてもれっきとした生物です。同じ地球で生きているのであれば平等に生きる権利を与えられるべきだ。そういった考えを持つ人たちが集まった組織なんです」

 榎本先生は導くように私に手を差し伸べた。いつも教室で教壇に立った時に浮かべる人を安心させるような笑みを浮かべ、優しい声音でそっと告げる。

「だから、私たちが責任を持ってあなたを救います。さぁ、一緒に行きましょう」

「……」

 突然の誘いに私は困惑してしまい、彼の言葉を飲み込むのに時間がかかり、呆然とその手を眺める。もしかして、先生についていけば助かる? 少なくとも幻影(ファントム)さんが所属するという『ストライカー』から逃げられる? まだ、生きていられる。

 思わぬ救いの手に生唾を飲み込む。心臓が目障りなほどバクバクを鼓動を打っている。その影響なのか、血の巡りが早く少しずつ呼吸が乱れ始めた。

(殺されない……私、生きられるんだ……)

 本当に救われるのか? 信じていいのか? 大丈夫なのか?

 もちろん、不安はある。それでも理性が少しでも生きられる可能性があるのならその手を取れ、と訴えかけてくる。

 そうだ、当たり前の話だ。このまま彼の誘いに乗らなければ私は殺される。化け物として討伐される。

 死を回避できるのなら誰だってそれに縋りつくに決まっていた。

 ゆっくりと、私の右手が彼の方へ伸びる。導かれるように少しずつ、それでも確実に。このまま先生の言う通り、彼の手を取れば私は――。







 ――ダメ!







「っ……」

「影野さん?」

 何故か、右手が止まった。理性は早く彼の手を取れと言っているのに本能がそれを踏み止まらせる。そのせいで私の手は僅かに震えていた。

 私の動きが止まったからか、榎本先生は怪訝そうに目を細める。当たり前だ、彼の手を取れば助かるのに躊躇っているのだから。

「確かにいきなりこんなことを言われても不安になりますね。でも、安心してください。あなたのことは必ず守ります」

 私を安心させるために柔らかい笑みを浮かべた。きっと、普通の人なら何も悩まずに彼についていっていただろう。

「そうじゃ、ないんです……」

 伸ばしたくなる右手を左手で掴み、抑えるように胸元へ。甘い言葉に誘われ、何も考えずに流されそうになった。そうだ、これでは今までの私と何も変わらない。

 誰かに言われるままにそれを受け入れ、酷いことを言われても特に反論せず、自分から行動したことがなかった。

 そんな私が情けなくて、嫌いで、変えたくておじさんたちの反対を押し切ってこの街に来た。

 そして、私なりに頑張って……友達ができた。友達になりたい人ができた。憧れの人に出会えた。

「…………」

 だから、もう一度だけ考えたかった。

 上辺だけの言葉だけじゃない。

 損得勘定だけじゃない。

 今の状況、色々な人の思惑、行動したことによって迎えるであろう結末、そして――自分の気持ち。それらを忘れず、本当に自分にやりたいことを、しなければならないことを、その答えを導く。それが私なりのあの人へ近づくための第一歩。

 考えろ。考えて、考えて、考えて。答えが変わっても、変わらなくても考え抜いた納得のいくそれなら――。










「……ごめんなさい。私は先生についていきません」









 ――それで死んだとしても私は後悔しない。だって、今まで流され続けてきた私が出した精一杯の答えなのだから。

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