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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第42話

「……」

 満月の光が照らす住宅街。私たち以外の人影はなく、パラパラと小さな瓦礫が地面に落ちる音が続く。

 そんな中、目の前に立つドッペルはこれまでの無表情を崩し、僅かに目を見開いていた。

「……今度は避けた?」

 呟くように言葉を零した彼女の足元は振り下ろした剣によって粉々に砕けている。そう、砕けているだけなのだ。

(何、が……)

 ジンジンと痛む左腕を庇いながらフラフラと立ち上がる。今の状況に混乱しているのは私も同じだった。

 ドッペルの剣を回避した。言葉にするだけならば簡単なのだが、体勢を崩していた私に躱せるわけがなかったのだ。ドッペルだってそれがわかっていたから回避されて驚いたのである。

 しかし、実際、私はドッペルの剣をやり過ごした。周囲を見渡してようやく気付いたが数メートルほど後ろに下がったようだ。それも自分ですら認識できないほどの速さで、である。

 確かに私は他の人に比べ、身体能力は高い方だ。それは私が人間ではなかったからなのだが、それでも人間の域を超えていなかった。だが、今の私は――。

「今度こそ」

 その声にハッとする。一瞬のうちに私の目の前に移動したドッペルは左の剣を私から見て右から左へ振り払うように横薙ぎに剣を振るう。それが、視えた(・・・)

 空気すら斬り裂きそうなほど鋭い斬撃をしゃがんでやり過ごす。そして、姿勢を低くしたまま、彼女の右側を駆け抜けて距離を取る。その間、走る速度が遅くなったとしても彼女から視線を外さない。ドッペルは捕食した相手の能力を得られるため、多種多様な攻撃をしてくる。対処するためには初動を見ていなければならないのだ。

 だが、ドッペルも無闇に手札を見せるつもりはないようで逃げる私の背中へ右の剣先を向け、前と同じように伸ばした。見たことのある攻撃だったので落ち着いて体を捻って回避。

「ちょっ」

 しかし、その途中、ドッペルは無理やり腕を動かして伸ばした剣を私へ振るう。遠心力が乗ったその斬撃をジャンプして躱した。ドッペルの剣は近くの電柱を斬り裂いた後、住宅街の塀にめりこんで止まる。

「わ、わわ」

 剣を飛び越えられるように全力でジャンプしたが、力の制御が上手くできずに2mほど跳んでしまう。何とか着地して動かない左腕を右腕で庇いながら住宅街を走る。

 やっぱり、私の身体能力は想像以上に向上しているようだ。きっかけはわからない。満月を見たから? それとも、命の危険を察知したから? 左腕が動かなくなるほどのダメージを負ったから?

 いや、今はそんなことどうでもいい。ドッペルの攻撃をやり過ごせる手札を手に入れたのだ。これでシノビちゃんの指示通り、時間を稼ぐことが――。





「飛べ、ドッペル」





「う、そ……」

 ――そう思った矢先、目の前の路地からサングラスをかけた男が出てきてドッペルに指示を出した。そう、ティーチャーである。

「はい、ぱぱ」

 ティーチャーの言葉を聞いたドッペルは両手の剣を消し、その場で跳躍。そして、背中から彼女の体の倍はありそうなほど大きな白い翼が生えた。その拍子にたくさんの白い羽がひらひらと宙を舞い、その光景に思わず足を止めてしまう。いや、逃げても無駄だとわかったから止まっただけだ。前にドッペル、後ろにティーチャーがいるせいで逃げ場所がなくなってしまったのである。

 また、これまでドッペルの攻撃をやり過ごせたのは彼女のちぐはぐな行動のおかげだった。さっきだって剣を伸ばすのではなく、斬撃を飛ばす鎌だったら死にはしなかったが躱し切れずに傷を増やしていたに違いない。

 だが、彼女の真価はティーチャーと一緒にいる時に発揮される。その証拠にドッペルは飛んだ後、ティーチャーの指示を待っていた。自分の主なら私を殺す方法を指示してくれると信じているのだろう。

「少し見てたがちょっと強くなったみてぇだな。傷の具合から見て鎌は躱しきれなかったか? 左腕は距離感ミスっただろ。でも、これならもうちょっとだけ耐えられたか。俺が来なければ、な」

 たった数秒、戦況を観察してこれまでの経緯を当てられた。先生(ティーチャー)と呼ばれるほど色々な人に戦い方を叩き込んだ人だ。些細な手かがりから情報を得ることに慣れすぎている。

「……絶望した奴の目じゃねぇな。それにただ死にたくないからって抗ってるわけじゃねぇ。何かを狙ってる? この状況でお前が助かる方法なんて……いや、そうか。時間稼ぎか」

「ッ……」

 駄目だ、この人はまずい。私の目を見ただけで先生(ティーチャー)は答えに行きついてしまった。きっと、私すら知らない時間を稼ぎ切った後の展開さえも。

「なるほど、確かにそれならこの場は生き残れるだろうよ。でも、その先は? どうせ、殺されるんだぞ」

「……それでも私は抗うって決めたから」

「……そうか。その心意気はシノビが好みそうだ」

 シノビちゃんとのやり取りすら見透かされ、私は奥歯を噛み締める。時間を稼ぐという目的がばれた今、私に残された猶予(リミット)は僅か。

「……」

 だから、諦める? バカ言わないで。ここで諦めたら今までと同じだ。流され続け、避けられ続け、抗うことなく、悪意を受け入れ続けた今までの私。

 でも、死ぬまでそんな自分は嫌だ。最期くらい死ぬほど抗って、抗って、抗って……少しでも憧れのあの人のように生きたかった。堂々と、暗い森の中を往くあの人のように。

「それでも諦めねぇって顔だな。こういう輩が一番面倒なんだよ。ドッペル、やれ」

「はい、ぱぱ」

 頭を乱暴にかいた後、先生(ティーチャー)はドッペルに指示を出す。彼女は頷き、右手をあの透明な斬撃を飛ばせる鎌へと変化させる。

「ッ――」

 そして、軽くそれを振るい、私は即座に右に跳んだ。住宅街とはいえ、道はそれなりに広い。私が2回ほど地面を転がってすぐに立ち上がる。その直後、先ほどまで私がいた場所が透明な斬撃によって抉れ、小さな破片が飛び散った。

「左を鞭へ。どっちでもいい、当てろ」

 それを見た先生(ティーチャー)が追加で命令する。ドッペルの左腕が金属でできた鞭に変わり、両手を振り上げて同時に降ろす。透明な斬撃と鞭が一気に私へと迫る。

(躱す? 鞭なら受けられる? いや、どっちも駄目)

 僅かに空間が歪むとはいえ、向上した視力でも透明な斬撃を捉えきれない。それに今度は鞭もある。透明な斬撃を回避したとしてもドッペルなら鞭の軌道をずらして確実に直撃させてくるはずだ。動かない左腕を庇いながら躱しきるのは不可能に近い。

(それ、なら!!)

 引き延ばされる思考。私が導き出した答えは前進(・・)。あの時、透明な斬撃は当たっていないのに私の全身を小さく斬り裂いた。おそらく透明な斬撃の周囲にも細かい斬撃が飛び回っているのだろう。また、鞭はその斬撃に当たれば軌道がずれてしまうはずだ。だから、ドッペルは透明な斬撃に重なるように鞭を振るえない。




 そう、私が生き残る唯一の方法は透明な斬撃と地面の僅かな隙間へ身を投げること。




「ぅ、あああああああああ!!」

 目の前に空間の歪みが迫る。そして、私は野球で走者がセーフになるためにベースへ頭から滑り込むように前へ跳ぶ。私の頭上を透明な斬撃が通り過ぎていく。その時、細かい斬撃が私の背中を掠り、制服の破片が宙を舞う。

 でも、透明な斬撃は私の命を斬り裂けなかった。それは透明な斬撃が真下を通り過ぎる私を鞭から守る盾へ変わる。その証拠に私を狙った鞭は透明な斬撃に当たるとあらぬ方向へ弾かれてしまった。

「うっ」

 ヘッドスライディングしたものの左腕が使えない今、受け身を取れない。だからこそ、あえて右腕から地面に落ち、そのまま地面を転がって片膝を着く形で止まる。

「ぁ……」

 すぐに動こうと顔を上げ、目の前にドッペルが立っていることに気づいた。白い翼はなく、無表情で私を見下ろしている。そんな彼女の背後に満月が見えた。

「広範囲だ。逃がすな」

「はい、ぱぱ」

 後ろから先生(ティーチャー)の指示が飛ぶ。きっと、私が見たことのない攻撃だ。回避できる? いや、先生(ティーチャー)が指示出したように広範囲の攻撃をされたら完全に躱しきれないだろう。そして、動けなくなったところを殺される。

「はぁ……はぁ……」

 私たち以外誰もいない住宅街に私の荒い呼吸音が微かに響く。息が苦しい。擦り傷が日焼けした皮膚がヒリヒリと痛むように体を蝕む。左腕は痛みよりも熱を帯びているようで予想以上にまずい状態かもしれない。

 目の前に立つ女の子(ばけもの)が怖い。後ろに立つ(ひと)が恐ろしくて仕方ない。今すぐにでもここから逃げ出したい。むしろ、命を差し出したほうが楽になれるのかもしれない。

 そんな思考は先ほどまで(・・・・・)私の頭の中で巡り回っていた。

 でも、今は違う。私を殺そうと右腕を振り上げたドッペルすら見ることなく、ただ一点――空に浮かぶ満月を背に立つ、黒い影しか目に映らない。あまりにその影が黒すぎて白い光に映し出された影絵のように見えた。

「あ、なた、は……」

 震えた声で独り言のように呟く。それが聞こえたのだろうか。その影はゆっくりと手に持っていた青白く光る弓に青白い矢を番えた。一瞬、バチリと微かにその弓矢にノイズが走ったが、それらはしっかりと形を保っている。

「ッ……来たか、ファントム(・・・・・)!」

 私の視線を追いかけ、サングラスの男が黒い影に気づき、悪態を吐いた。これが、シノビちゃんが教えてくれた、私が生き残る方法。時間を稼ぎきった報酬。

(ファントム、さん……)

 輪郭がぼやけ、本当にそこに存在しているのか信じられなくなってしまうほど気配が薄い。黒い外套とフードを深く被っているせいで性別はわからない。ここからでは背丈もいまいち把握しきれない。

 でも、あの立ち姿は何度も夢で見た。何度も、何度も夢に見た(・・・・)、憧れの――。

 あの凛とした佇まいを私が見間違えるはずがない。そう、あの人こそ、私が何度も会いたいと願った夢の人影だ。

「……」

 その影、ファントムさんはぎりぎりと矢を引き絞る。その矢が向くのは()だった。

「ぁ……」

 パシュ、という小さな空気を割く音と共に彼、もしくは彼女から放たれた矢は真っ直ぐ、こちらへと――。

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