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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第39話

「ここまで来たらしばらくは大丈夫でござろう」

 北町の住宅街を屋根を伝って移動すること数分。家と家の間の狭い路地に降りたシノビちゃんは私をそっと地面に降ろしながらそう呟いた。

 フラフラしながらもなんとか自分の足で立つことのできた私は助けてくれた女の子を観察する。

 時代劇やアニメで見るような眼だけが露出している、忍装束。

 腰には刀というには短い短刀を差し、まさに『忍者』と呼ぶにふさわしい恰好をしている子だった。

「あ、ありがと……」

「いえいえ、お礼を言われるほどではござらん。まだあの人たちはあなたを狙っていますから油断できませぬ」

 思い出したようにお礼を言うが彼女はあっけらかんと答えるが命を狙われている私としては重大な問題だ。サングラスの男性はともなくあのドッペルと呼ばれた女の子は――やばい。今度、攻撃を仕掛けられたら私は一瞬で殺されてしまうだろう。

「……」

「……冷静なんですね」

 この後、どうするべきか考えようとした時、シノビちゃんは私の顔を覗き込んで意外そうに声をかけてきた。その目はどこかどうでもよさそうで、本当に気になったから聞いてみたといった感じである。『ござる口調』ではないことからポロっと言葉が零れ落ちてしまったのかもしれない。

「えっと?」

「だって、普通、あんな目に遭ったらパニックを起こすか、拙者に助けを求めるものでござろう?」

 どう答えようかと言葉を選んでいる間に彼女が畳みかけるように続きを話した。

 シノビちゃんの言う通りだ。私はたった数分前、ドッペルに殺されそうになった。いや、本来なら殺されていた。ほんの少し、呼吸のリズムがずれていただけで私は死んでいたのである。

 死にたくないのは本当だ。怖いのも嘘じゃない。あの子を前にすれば冷や汗が止まらなくなるだろうと簡単に予測できる。

 それなのに私は普通の女子高校生なのに不気味なほど冷静だった。シノビちゃんに言われるまでその不自然さに気づくことさえないほどに。

「ッ……」

「まぁ、今はそんなことどうでもいい(・・・・・・)。それ以上に現状を把握することが先決でござる」

「それ、は……そうだね」

「自覚されてもなお冷静なのは拙者としてもありがたい。さて、どこから話したらよいか」

 腕を組んで『うぬぬ』と唸るシノビちゃん。その態度に緊迫感はなく、彼女からしてみれば私の生死などどうでもいいのだろう。

 だから、シノビちゃんは私を助けてくれない。自分でどうにかしなければならないのである。

「では、まずはあなたが命を狙われている理由から話すでござる」

「は、はい……」

「あのドッペルを見たから信じていただけると思うでござるが、この世には人ならざる存在(・・・・・・・)がいます」

「……うん」

 あんな幼い子が私以上の速さで移動し、両手を剣や鞭に変化させていたのだ。気のせいだと見て見ぬ振りをするには私はあまりに彼女から死の恐怖を叩きつけられすぎた。

「しかし、それらは想像上の存在(まがいもの)と呼ばれ、世間一般的には信じられていません。その理由はわかりますか?」

「……」

「それは認知される前に存在を抹消しているからでござる。存在そのものも、映像や記憶などの情報すらも」

 それも納得できる。方法はどうであれ、シノビちゃんの言う『人ならざる存在』が世間に広まっていないのなら今の今まで上手く誤魔化してきたのだろう。

ヤツラ(・・・)を消し続けている組織があり、拙者やあのサングラスの男はそこに所属しています」

「……え? あの人も?」

 てっきり、シノビちゃんとサングラスの男性は敵対していると思ったのだが、まさか仲間だったとは思わず目を丸くしてしまう。そもそもドッペルは『人ならざる存在』だ。どうして、存在を消しているはずの彼と行動を共にしているのだろうか。

「その辺りの話をすると長くなってしまいますが……簡単に言うとドッペルはあの男の相棒(バディ)でござる。組織公認の例外、とも言えるでござるな」

 疑問を口にするとシノビちゃんは手短に補足してくれる。時間がないのは本当なのだろう。彼女は少し早口で続きを話し始めた。

「とにかく、この世には存在してはならないヤツラとそいつらと戦う組織があるってことだけ把握していればいいでござる。まぁ、組織といってもヤツラの抹消以外にも色々こなしている、万事屋みたいな感じでござるが……」

「あ、ご、ごめん」

 反射的に謝るがそれでも私は思考を止められない。シノビちゃんの話に嘘はないだろう。だからこそ、彼らが私の命を狙う理由がわからない。

 私の知らない間にヤツラに関する情報を知ってしまった?

 万事屋のような組織と言っていたし、おじさんたちの仕事関係で何かトラブルがあって身内である私が狙われた可能性もある。

 もしかしたら、何か勘違いで私を狙ってしまったのかも? それなら話し合いで解決できそうなので私としてはそれが一番望ましい。

「じゃあ、本題に入るでござる」

 そんな夢見る子供のような楽観的思考を巡らせているとシノビちゃんは躊躇うことなく、確信に触れる。まるで、心底どうでもよさそうに。








「あなたが命を狙われているのは――あなたが化け物(ヤツラ)だからです」








「……え?」

 私が、何? 彼女はなんと言った? 聞き間違い?

 そうだ、そうに決まっている。だって、私は幼い頃、おじさんたちに拾われてから(・・・・・・)ずっと普通に暮らしていた。だから、そんなはず――。








「――心当たりはありますよね?」







「ッ……」

 私の心を読むようにシノビちゃんに問われ、私は呼吸を止めていたことに気づく。

 蘇るのは高校生になって初めて受けた体育の授業。その時、体力テストで化け物染みた(・・・・・・)結果を出した。ただの女子高校生が世界記録に近いタイムを残してしまったのである。

 それに加え、あの不自然な喉の渇き。ただの生理現象だと言い張るには私は非常識(ファンタジー)を知りすぎた。

「こちらとしては今まで見つからなかったことが不思議なんでござるが……あなたは高校入学を機にその異常性が表に現れた。違います?」

「そ、れは……」

「あ、別にあなたの主観はどうでもいいのです。結果としてあなたは組織に目を付けられてしまったのですから」

 彼女の声が少し遠くに聞こえる。ドッペルに殺されそうになった時は不思議なほど冷静だったのに自分が人間ではないと言われた瞬間、心臓が痛いほど悲鳴をあげ、顔から血の気が引いていくのがわかった。

「あのお方もそれがあったから拙者を見張り役としてあなたの傍に付けさせた。ですが、組織はあなたのことをもっと危険視したのでしょう」

「危険視? それって……」

「はい、あの男です。あの男は人間の才能を見抜く力を持っております故……最後の駄目押しとして派遣されたのでしょう」

「才能を、見抜く」

 そういえば、あの男性は最初、サングラスをかけておらず、私を見た後、『何も見えない』と言っていた。それは、つまり――。







「――あの男が見抜けるのは人間の才能(・・・・・)のみ。つまり、才能が見えなければ人間ではない(化け物である)ということです」

 






「ぁ……ああ……」

 目の前に立つ黒装束の女の子がぐにゃりと歪む。いや、異常なのは私の視覚か。

 理性が考えるなと拒否反応を起こす。でも、もう知ってしまった。わかってしまった。納得してしまった。

「まぁ、何となく察してはいたでござろうが……拙者もあのお方の命がなければ本来、あなたを討伐していた身。あまり拙者に期待しない方がいいでござる」







 私が、化け物であること。

 そして、たとえあの人たちから逃げられたとしても私が生きている限り、命が狙われ続けることを。







 私は――理解(じかく)してしまったのである。

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