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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第36話

「それではホームルームを終わります。日直、号令を」

「はーい、きりーつ」

 赤川君の大胆な宣言から数時間が経ち、今は帰りのホームルーム。榎本先生が連絡事項を話し終え、日直の杏子ちゃんが気の抜けた声で号令をかける。そのまま礼を済ませ、ホームルームは終了して放課後になった。

(まずはクッキーの材料を買って……荷物を持ったままだと大変だから一回、家に戻って――)

 鞄に教科書をしまいながら頭の中でこの後の行動を確認する。南町まで遠いが近くのスーパーは夜遅くまで空いているので十分に間に合う。家に帰って着替えてからエコバッグを持って走れば大丈夫だろう。

「あ、すみません、影野さんと鶴来君、よろしいでしょうか?」

「え?」

「……」

 その時、いつもならすぐに教室を出ていく榎本先生に声をかけられた。顔を上げると先生は申し訳なさそうな表情を浮かべて私たちの前まで移動してくる。

「もし、急用がなければ放課後、少しだけ残っていただけますか?」

「私たち、ですか?」

 まさかそんなことを言われると思わず鶴来君の方へ視線を向けてしまう。彼は眉間に皺を寄せて先生をジッと見ていた。その目には先生の考えを探るような色が見える。

「俺たちが南町住みなのは知ってますよね?」

「ええ、なので遅くなったら私の車で送るつもりです」

「……それなら俺は大丈夫です」

 鶴来君は特に用事はないようで先生のお願いを受け入れた。そして、チラリとこちらを見たので自然と目が合う。

 今日はクッキーの材料を買って、家で鶴来君やあやちゃんのために作る予定だ。それも用事といえば用事だが、さすがにスーパーが閉まってしまう時間まで残らされないだろうし、家まで送ってくれるのなら大丈夫だろう。

「私も大丈夫です」

「ありがとうございます。では、荷物を持ってついてきてください。廊下で待っていますね」

 私たちが了承したのでホッとしたのか、僅かに笑みを零した先生はそう言って教室を出ていく。あの様子だと急いでいるようではないが、あまり待たせるわけにもいかないだろう。

「じゃあ、ひーちゃん、また明日!」

「うん、またね!」

「鶴来もまた明日な!」

「……おう」

 手早く荷物をまとめ、今の様子を見ていたあやちゃんたちと別れを告げる。赤川君の言葉に鶴来君が小さな声で返事をしたのが何故か嬉しくて自然と笑顔になってしまった。

「ほら、行くぞ」

「うん!」

 それを見た鶴来君が顔をと(しか)めながら私を急かし、一緒に教室を出て廊下で待っていた先生と合流する。。

「では、行きましょうか」

 私たちの準備ができたのを確認した先生は廊下を歩き始めた。向かったのは渡り廊下。西棟に用事があるのだろうか。

「あ、あの……」

「はい?」

「結局、私たちに用事って……なんでしょうか?」

「ああ、すみません。まだ話していませんでしたね」

 さすがに用事の内容が気になったので先を歩く先生に声をかける。それで詳しい内容を話していないことに気づいた彼は誤魔化すように笑って謝った。

「お二人には資料室の整理を手伝っていただきたくて」

「資料室?」

 渡り廊下を渡りきり、西棟へ到着した私たちはそのまま目の前の階段を昇る。資料室はまだ行ったことがない。そもそも、行事や授業で使う物をしまっておく場所だ。一般生徒に入る機会はないだろう。

「……でも、どうして私たちなんですか? 整理なら私たちじゃなくても」

「ええ、そうなんですけど……資料室の手伝いはついでと言いますか」

 そこで先生は不自然に言葉を区切る。何か言い辛いことでもあるのだろうか。

「実は本当の目的はお二人とお話しすることなんですよ」

「お話し?」

「……面談みたいなもんだろ。俺たちは南町住みだし、お前は倒れたしな」

「うっ……」

「あ、あはは、鶴来君の言うとおりです」

 確かに担当しているクラスの生徒が倒れたのだ。先生からしてみれば一大事に決まっている。それに――。

「――影野さんたちは南町から通っていますからね。体にかかる負担も他の生徒たちと比べて多いです。なので、話を聞かせていただいて無理をしていないか確認をしようかと」

 『担任として影野さんが倒れた時に助けられなかったのは大変申し訳ありませんが』と口にしながら先生は一つの扉の前で立ち止まる。扉の上には『資料室』と書かれた室名札があった。

「えっと、確かに影野さんたちと面談するのが本当の目的です」

 しかし、何故か扉のドアノブを掴んだまま、先生が話し始める。何事かと隣に立っていた鶴来君を目を合わせた。

「でも……実は、資料室の片づけを手伝ってほしいのも本音でして」

「うわぁ……」

 意を決したように扉を開け、私はその中の有様に声を漏らしてしまう。鶴来君も声は出さなかったものの、目を僅かに見開いて驚いていた。

 棚という棚から段ボールが落ち、床は散らばった資料で埋め尽くされ、窓のカーテンも何故か外れかかっている。この部屋だけ台風に遭ったような惨劇だった。

「酷いものでしょう?」

「酷いって……これはそういうレベルじゃ……」

「そうなんですよね。先日、整理したはずなのにいつの間にかこんなことになってるんです」

 私の言葉にため息を吐きながら答える先生だったが、その内容がいまいち理解できなかった。てっきり、ずっと放置されていたせいでこんな状況になっていると思っていた。しかし、先生の言い方ではまるで誰かがここを(・・・・・・)荒らしている(・・・・・・)みたいだ。

「あ、そうそう。その噂がいつの間にか流れていて学校の七不思議の一つにもなってるんですよ」

「学校の七不思議?」

 ホラー物のアニメや漫画に出てくる単語に首を傾げてしまう。確かに学校ならではの噂話は存在していてもおかしくないが、この資料室もその一つだとは思わなかったのである。

「どんな内容なんですか?」

「さっき言ったような内容ですよ。資料室には部屋を荒らす幽霊が憑いているみたいな感じです」

 あまりそういったオカルトは信じていない私でもこの資料室を見れば本当に幽霊の仕業なのかもしれないと思ってしまう。そんな話をしていると鶴来君は小さくため息を吐いて資料室の中へと入っていってしまった。

「おっと、すみません。早く始めてしまいましょうか」

「あ、はい!」

 そう言った先生は鶴来君の後を追い、私もそれに続く。先に進んでいた鶴来君は散らばる資料を踏まないように器用に避けながら窓まで辿り着き、窓を開けた。4月の少しだけ冷たい風が資料室の中を駆け抜ける。

「さて、早速ですが、色々とお話聞かせていただきますね。影野さん、体調は大丈夫でしたか?」

 榎本先生は床に落ちていた資料を拾いながら話を始めた。鶴来君は難なく奥まで辿り着いたが床は資料でほとんど埋め尽くされている。そのため、最初は床の資料を片付けるつもりなのだろう。

「えっと、今は大丈夫です。むしろ、調子がいいくらいで」

 私も先生と同じように資料を拾いながら答える。あれから私の体は倒れたことなど忘れたようにすこぶる調子がいい。それこそ調子がいいと思っていた状態が実はそこまで調子がよくなかったとわかってしまうほどだ。

「おや、倒れてしまうほどの貧血だったと聞いていましたので心配していたのですが……それならよかったです」

 私の答えが意外だったようで作業する手を止め、顔を上げた先生はそう言うと優しく微笑んだ。それから先生は私から目を離し、棚の整理をしている鶴来君へと声をかけた。

「鶴来君はどうですか?  何か困っていることなどはございませんか?」

「……いえ、今のところは」

「そうですか。自宅が遠いと何かと大変でしょうし、困ったことがありましたらいつでも言ってくださいね」

「はい」

 鶴来君は頷くものの、彼の性格を鑑みるに相談はしないだろう。それがわかっているのか、榎本先生は私の方を見て困ったような笑みを浮かべ、肩を竦めた。それにつられて私は苦笑してしまう。

 それから資料室の片づけをしながら先生の質問に答えていく。時々、全く関係のない話に脱線してしまうこともあり、もしかしたら榎本先生は話をするのが好きなのかもしれない。自然と私の口数も増え、資料室に片づけはそれなりに賑やかな雰囲気で進んでいく。もちろん、鶴来君は必要最低限の言葉しか発しないので話すのは主に私と先生だけだったが。

「結構、片付きましたね」

「あ、ほんとですね」

 先生の呟きに動かしていた手を止めて、資料室を見渡す。背の高い鶴来君が棚などの高い場所を、私と榎本先生がその他の部分を担当していたおかげでスムーズに作業も進み、気づけばあれだけ汚かった資料室は見違えるほど綺麗になっていた。すでに時刻は17時半を過ぎているがこれならもう少しで資料室の片づけも終わりそうだ。

(これなら材料を買いに行く時間はありそうかな)

「……っ」

 内心、ホッとしていると何かに驚くように肩を震わせたのは鶴来君だった。彼の方から微かにバイブ音が聞こえるので電話かメールが来たのかもしれない。

 私の予想が当たっていたようで彼は制服の内ポケットから今の時代では珍しい二つ折りのガラケーを取り出して画面を眺め始めた。そして、少しだけ目を鋭くさせ、パタンと携帯を閉じる。しかし、彼の表情は硬いままだ。

「何か、あったの?」

「……いや」

 気になって声をかけたが鶴来君は詳細を話す気はないようでそう小さく答えるだけだった。知り合ったばかりなので仕方ないのだが、明らかに何かがあったのにそれを話してくれないと少しだけ寂しくなってしまう。いつか、些細なことでもいいから彼から頼られたい。そう、願ってしまうのは私の我儘なのだろうか。

「急用ですか?」

「……」

 彼の様子がおかしいことに先生も気づいたようでそう質問すると鶴来君は黙り込んでしまう。言葉にせずとも彼のその態度が答えそのものだった。

「……もし、用事ができたのでしたら先に帰っていただいても大丈夫ですよ。ね、影野さん?」

「え、あ、はい! 鶴来君、あとは私たちでやるから!」

「……わかりました。では、お願いします」

 いきなり話を振られたので驚いてしまったがコクコクと頷く。それを見た彼は数秒ほど考えた後、覚悟を決めたようにそう言って床に置いてあった鞄に手を伸ばした。

「あ、ですが……すみません、車で家まで送るという話は……」

「わかってます。自分はそのまま帰るんで影野だけ送ってください」

「もちろんです。むしろ、申し訳ないです……私が資料室の片づけなんか押し付けなければこんなことにはならなかったのに」

「いえ、気にしてません。では」

 先生の謝罪に対して淡々と返した鶴来君は私の横を通り過ぎ、資料室を出ようとするがドアノブを掴んだところで動きを止め、こちらを振り返った。彼を目で追っていたので自然と私たちの視線が交わる。

「あ、ま、また明日……」

「……ああ」

 小さく手を振って告げた別れの言葉。彼は小さくそう返すだけでそのまま資料室を出て行った。ガチャリと音を立てて閉まった扉を眺め、そっとため息を吐く。

「……では、終わらせちゃいましょうか」

「……はい」

 夕焼けを沈みかけた資料室で私たちは作業を再開する。鶴来君が去った後だからだろうか、それとも作業に集中していたからだろうか。作業が終わるまでの間、あれだけ話していた私と先生の間に会話はなかった。

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